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荒廃世界《北欧/スカンディナヴィア》  作者: 威剣朔也
2.勃発
11/23

2-6


    *


――悲しみを抱くあなたに、忍耐を与えましょう。


――真っ直ぐに進むあなたに、勇気を授けましょう。


――優しいあなたに、大切な思い出を残しましょう。


――嗚呼、だからどうか。


――一人で泣くあなたに、幸が在りますように。


    *



 瞼を開くと、そこには見知らぬ天井が在った。

 鈍くくすんだ白に、眩さを覚える灯り。痛む身体はおそらく寝具であるベッドに横たえられており、そのベッドを囲むようにして大きな布が周囲を囲っている。鼻につく臭いは嗅ぎ慣れない薬品の匂い。それら全てを総計し、オレは今居る場所を「医務室」なる場所だと断定する。


「と、いうか……オレ……生きて、いるのか?」


 【陸上探査艦‐ŋ(ユングヴィ)】を襲ってきた【邪竜(ワーム)】たちを倒しきった矢先に【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】に襲撃され、最終的には身体をずたずたにされた。それこそ、死んでいるのが当然で在るべきほどにまで。

 あの時の出来事を断片的に思い出しながら、ニアズは手から伝わってくる温かく柔らかな肉の質感に小首をかしげた。

 そういえば、腕は【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との戦闘で失ったはずではなかったか? 生命力の強い竜種を祖としているとはいえ、欠損した腕は勿論、内臓や骨さえをも元通りになることなどまずないと思うのだが。

 自身に備わる治癒能力の高さに驚きつつ、ニアズは失った腕の先にある手を見やる。するとそこには、オレの手を握った状態で上半身をベッドに預けて眠るヒルデの姿があった。


「ひる、で……?」


 【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】越しに、オレや【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の戦いを見守っていただろうヒルデには、かなりの心配をかけてしまったに違いない。

 手を握ったまま眠る彼女の柔らかく温かな熱をゆっくりと解き、オレはフードごしに彼女の頭をゆるく撫でる。そして自身の状態を確認するために、己の身体へと視線を下ろす。

 着ているモノは、薄みがかった青の簡易的な服。肉体そのものは痛みを感じているが、怪我らしい怪我が残っているわけでもないのか、包帯は巻かれていない。勿論、失ったはずの腕は生え戻り、刺された腹やわき腹に穴も開いていない。

 ただ移動や着替え。ひいては医者による診察の際に身体を調べられていることは明白だ。

 意識の無いうちに身体に触れられ、調べられている。当然のことながらも、その事実に行き当たったニアズは気だるげに「はぁ」と息を吐いた。

 ヒトとしては異様に早い肉体の治癒速度と、死の淵にいようとも息を吹き返す生命力の強さ。更には、落下の際にヒトの姿に戻りつつあったとはいえ、完全に鱗などが身体から失われていたと言い切れない記憶。

 おそらく。否、絶対に。オレが竜種を祖としていることが露見している。

 嗚呼。露見するのであれば、せめてソールを筆頭とした同班の者たちに、オレが彼らの信頼に値する人物であることを理解されてからが良かった。

 出会ったばかりで、信頼に値しないであろうオレを、果てして彼らは認めてくれるのだろうか? いつかの故郷のように、聞こえない目でオレの死を願わないだろうか。見えない口でオレの生を呪わないだろうか。

 胸中を渦巻く憂鬱な気持ち。黒く蜷局をまくその感情を抱えながら、ニアズは心を落ち着けるべく再度ヒルデの頭を撫でる。すると、その振動で目が覚めたらしい。フード下で瞼を下ろしていた彼女が、ぴくりと動き、顔を上げた。


「……にあず、さん?」


 ぱちり、ぱちり。と瞬きをし、空色の瞳にニアズの姿を映すヒルデ。彼女はずい、と自身の顔を彼へと近付けると、「ニ、ニアズさん! 具合は悪くない? 気持ち悪くない? わたしが誰だか分る?」と半ば慌てたようにベッドへと身を乗り上げ、ニアズの肩を掴んだ。


「ヒルデ、……具合は悪くないし、おそらく体調も大丈夫だ」

「そ、そう? なら、よかった……よかった……」


 掴んでいたニアズの肩から手を放し、乗り上げていたベッドからおずおずと降りるヒルデ。その身体は小刻みに揺れており、泣いているのだと判断したニアズは、ヒルデの頭を再度フード越しに撫でた。


「悪い、心配させたな」

「わたしっ、無茶しないでって、言ったのに!」

「そうだったな。……すまない」

「うぅう……」


 すんっ、と鼻を啜り、涙を拭うヒルデ。ある程度の間を置いた後、拭き入れたらしい彼女はパッと頭を上げ、やや目元を赤らませた顔でオレを改めて見つめた。


「そ、それで……えっと、こんな時に、ニアズさんに質問なのだけれど」

「なんだ……?」


 ヒルデからの言葉に、好奇心が溢れていた時のソールと似たような物を感じながら、オレは彼女からの言葉を待つ。そうすれば彼女は小さな唇を開き、すぅ、と息を吸いこんだ。


「ニアズさんは、竜種の血を引いているの?」

「――ッ!」


 ヒルデの口から飛び出た言葉に、ニアズは一瞬身体を固まらせる。

 嗚呼、やはり。オレが竜種を祖としていることが露見しているのか。

 医者を筆頭とした関係者には知られていると覚悟はしていたが、まさかヒルデにもその情報が伝わっているだなんて。

 シグルズさんから「気にかけてほしい」と頼まれていたヒルデ。出会ったその日の内に、「守ってやらねばならない」という使命感を、庇護欲をオレに抱かせたヒルデ。そんな彼女が、故郷の者たちのようにオレの死を願い、生を呪ったなら? オレは、オレはどうすればいい?

 再度渦巻きはじめた憂鬱な気持ちから、「言いたくない」と唇をきつく噛む。だが、既に知られてしまっている以上、此処で黙っていたとしても何の意味もないだろう。むしろ、彼女の内にあるオレへの疑念が増すだけだ。

 今この状況を改めて判断し、ニアズは躊躇いながらも「ああ、そうだ。オレは竜種の血を引いている」と肯定する。すると、ベッド脇で彼を見ていたヒルデが「そっか。便利だね!」と朗らかに笑った。


「は……?」


 不安を一掃するような、それこそ晴れやかな空を思わせる笑顔で言い切ったヒルデに、ニアズは目を見開く。


「ヒルデは……オレの持つ竜種の力が恐ろしくは無いのか?」

「え? 怖いとは、思わなかった……ですよ?」

「それは何故だ?」

「だって、すごい! って思ったから。それだけじゃ、いけないの?」


 つまりヒルデは、恐怖を抱くより先に羨望したという事だろうか?

 にわかには信じがたいヒルデからの言葉。ソレを素直に受け止められずに居れば、オレの心中を機敏に察したらしい彼女が畳みかけるようにして小さな唇を開いた。


「竜種の血を引いていようとも、ニアズさんはニアズさんだもの。怖いだなんて、思わない。むしろ【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】と戦えるその強さが、わたしはすごく羨ましい」


 流石親娘と、言うべきだろうか。シグルズさん同様にオレを認めたヒルデに感極まりかけるのを堪えながら、「【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】と戦えたのは、ヒルデの母親である【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】のおかげだ」とオレは訂正する。


「へへー! ママ、すごいでしょ!」

「嗚呼。すごく強くて、頼りになった」


 【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】のことを、まるで自分のことのように喜ぶヒルデ。そんな彼女を見ながら「操縦者に礼を言いに行かないとな」と零し、ニアズはヒルデの頭へ手を伸ばす。


「ありがとうなヒルデ」

「……え?」

「ヒルデも【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】でソールたちを守ってくれただろう? それで、ソールたちは今、」


「どうしているか、分かるか?」と訊ねようとした瞬間、目の前のヒルデが「あの人たちなら無事だよ」と素っ気のない声色で口を挟んできた。

 以前の会話でも他者に対して興味なさ気だった彼女だが、何か理由があるのだろうか?


「大それた理由なんてない。ただわたしは、あの人たちが嫌がるから関わらないようにしてあげているだけ」


 まるでオレの心を読んだかのようにして言い放たれたヒルデの言葉。ソレを放った本人である彼女は、話題のズレを正すようにして「それより」とオレが着る服の袖を引っ張った。


「ニアズさんは他人の心配をするより、自分の心配をするべきだと……わたしは思うの」

「そう、か? 今のところ、身体中が痛いだけで、特に問題は無いと思っているんだが」

「それは今だから……です。少なくともニアズさんは、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との戦いで、心臓を含めた内臓の幾つかを貫かれ、死んでいたのですから」


「死んでいた」と、言いきったヒルデに、オレは「何の冗談だ?」と訊ね返す。

 確かに目覚めた際、自分が生きていることに驚きはしたが――。


「うん、そう。死んでいたの。ニアズさんは、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】に殺されたの」

「何故そう言いきれるんだ?」

「だって、わたしが死んでいたニアズさんを蘇らせてあげたから」


 ふふっ、と喜ぶように笑むヒルデ。無邪気さえある彼女の表情を見た瞬間、オレの身体に悪寒が走る。

 彼女はいったい何を言っているんだ? 戯れ言として流すべきではないヒルデの言葉に狼狽えるオレを見ながら、目の前の子供は愛おしげに唇を開く。


「ねぇ、ニアズさん。ニアズさんは、パパと一緒にいろんな場所を巡ったのでしょう?」


 ずるり、と這い寄るようにニアズの身体に乗り上がり、彼の顔に自身の顔を近付けるヒルデ。至近距離に迫った彼女を前に、「……ああ、そうだが」とニアズが肯定すれば、そろりとヒルデが彼の頬に自身の小さな掌を添えた。


「なら、花人っていう人達の事も当然知ってるよね? 知っているに、決まってるよね? パパが教えていないはずが、ないもんね?」


 食い入るようにオレの瞳を見つめ、真正面から視線を交わらせてくるヒルデ。そんな彼女の口から出てきた「花人」の名称に、オレはコクリと頷いてみせる。


「ああ、教えてもらった。身体に『花』という希少価値の高い植物を植えた人のことだろう? 確か、ソレを植えれば病気や怪我にも負けない、強い肉体を手に入れることが出来るようになるんだよな?」


 シグルズさんと旅をしていた時に、再三教えてもらっていた『花』についての情報。その一つを口にすれば、ヒルデは「うん、正解!」と声を上げた。


「誰しもが欲しいと叫び、奪い合う奇跡の『花』! 身体を襲う災いから逃れ、安寧を約束する幸いの『花』! そんな『花』を貰えたニアズさんは、果報者だね!」


「ねぇ、そうでしょう?」とオレの両頬を掴み、嬉々とした笑みを浮かべるヒルデ。そこに居るのは、何の邪念も持たない、ただ無邪気な子供が一人。だが、だが――オレの口から出たのは「は?」という、間の抜けた声だった。

 『花』を植えたことによる身体強化については、有益であることを認めよう。しかしそれ以外のことについても、オレはシグルズさんから教えられている。


「『花』は俺たちみたいな荒くれ者なら誰だって喉から手が出るほど欲しい代物だ。だがな、ニアズ。絶対にその欲に負けるんじゃねぇぞ。……あ? どうしてか、だって? そりゃあな、『花』は宿主となった生物の精神を汚染し、狂わせ、最期は肉体を土に変えるからだ。だから、絶対に『花』を身体に植えるんじゃあねぇぞ」


 再三、強い口調で「『花』を植えるな」と教えてくれたシグルズさんの声。ソレを脳内で再生させている間にも、目の前の彼女は無垢な笑みで「ねぇ、嬉しいよね?」とオレからの肯定を待っていた。

 自身の行いが誤りであったことを知らず、喜びが当然であると疑わないヒルデを否定なんてしたくない。だが彼女の知識が誤りである以上、放置し続けるわけにもいくまい。特に、恩人でもあるシグルズさんの子たるヒルデとなれば殊更に。


「……しくなんて、ない」

「え?」

「嬉しくなんてないっ、」


 怒声にならぬよう気を使いながら、オレは自身の両頬を掴むヒルデの手を引き剥がす。


「どうして、そんなことをした。得体の知れない危険なモノを、何故勝手に植えた……っ」

「だ、だって! ニアズさんに死んでほしくなかったから!」

「――っ!」


 死んでほしくなかったから。


 ヒルデが吐き出した、『花』を植えた理由。それは単純明快であり、オレにでも十分理解出来る代物だった。だが例え理由が理解出来たとしても、希少価値の高い『花』を植えるという行いを、はたして子供である彼女が一人で成し遂げられるのだろうか?

 誰かが彼女に『花』の偏った知識を吹き込み、『花』を渡したのではないだろうか。それこそ、竜種を祖とするオレこの身体を実験台として使用するために。と、胸中で蜷局をまいていた黒の感情がうねりはじめれば、目の前にいるヒルデの顔が徐々に怯えへと変わっていく。


「生きてほしい、って。死なないで、傍に居て……って、思っては、いけなかったの?」


 肩を揺らし、零されたヒルデの言葉。それに応えるために、ニアズは「危険性と手段は、きちんと考えるべきだ」と冷静に言葉を返す。


「で、でもこの『花』は……得体の知れないモノでもなければ、危険なモノでもないよ?」

「根拠は?」

「だってこれは、パパがわたしに植えてくれた『花』だもの。危ないわけが、無いよね?」


 シグルズさんがヒルデに植えた『花』? ということはつまりヒルデは花人であり、彼女に植えられている『花』がオレに移植されたということか?

 まさか、そんなわけが。とニアズが目の前にいるヒルデを食い入るように見つめれば、彼女は徐に自身の頭を覆うフードに手を掛け、ソレを取り払った。


「ヒルデ、お前……」


 『花』特有の香りだろう。甘やかな香りと共にそこに在ったのは金の長い髪と、そこから伸びる幾つもの白い花だった。

 その花の根を探るために手伸ばし、彼女の柔らかな髪に触れ探る。そうすれば、その白い花は彼女の頭皮から生え伸びていることが分かった。むしろそれどころか、彼女の身体の至る所――耳の裏や、首の後ろからもその『花』は生え伸びていた。


「……花人、なのか?」


 身体から『花』を生やしているのは、花人である証。その証しを確認してしまったニアズは、ヒルデの瞳を見定める。しかし彼女は言葉を発する気が無いのか、彼からの言葉に答えない。

 嗚呼、そもそも。そもそもだ! オレに『花』が危険だと教えたシグルズさんが、どうして娘であるヒルデに『花』を与えているんだ!? それとも、娘に『花』を与えてしまったからこそ、ソレが危険な代物であると知ってしまったのか? ああ、くそっ! こんなことになるのだったら、数日だけでも良いからと無理を言ってシグルズさんに着いて来てもらうんだった!

 遅すぎる後悔をしながら、オレは「過ぎたことは、仕方がない」と思考を切り替える。行われてしまったことは、変えられない。であれば今考えるべきことは「これからどうするか」だ。

 『花』の利点としては、ヒルデとの会話でも出たような「強い肉体を手に入れられる」という事。反して欠点は「『花』による宿主への精神汚染と、土化」。その精神汚染や土化がいったいどれだけの速度で進むのかは知らないが――早いうちに取り除いてもらった方が良いだろう。

 己の中でそう意思を固めたニアズは、ヒルデの幼く、小さな手を掴む。勿論、彼女を傷つけることのないように、優しく触れることを心がけて。


「ヒルデ」

「……なに」

「オレを助けてくれてありがとう。ヒルデが『花』を与えてくれたから、オレは生きているんだろう? だったら、まずは礼を言うべきだったよな」

「……お礼なんて、いらない。わたしが、わたしの想いに従って、勝手にしたことだもの。だから、お礼なんて、言われる筋合いもないし……言いたくだって、ないでしょう?」


 オレの手から自身の手を引き抜き、ヒルデは涙を堪えるようにして顔を俯ける。嗚呼、守ってやらなければならない彼女を、今すぐに抱きしめて、慰めてやりたい。

 逸る使命感と庇護欲。その二つを抑えながら、ニアズは「なら、」と口を開いた。


「オレの身体から『花』を取り除いてくれ」

「それは無理……です」

「どうしてだ?」


 焦りそうになる自分を押さえつけながら、ニアズはヒルデに問いかける。


「だって、もう『花』はニアズさんの心臓や内臓が在った部分に根付いて、失われた臓器の代代わりにニアズさんを生かしているから。ソレを取るってことは、殺すってことだもの」

「――な、」

「でも、そうだよね。普通のヒトは、きちんと自分を律せるような、ニアズさんみたいに正しい人は、きっと……望まないんだよね。フィオナちゃんやヴィーザルさんだって、わたしの『花』を欲しがったことは無いし。そっか、そうだよね。望まない物を、無理矢理、自分勝手に入れられたんだから、怒られて当然だし……そんな風だからみんな、わたしを気味悪がるんだ」


 自身の髪から伸びている白の『花』。ソレを無造作に握り潰し、ぶちぶちと毟りはじめたヒルデ。自傷めいた行いをし始めた彼女を止めるべく、オレは彼女の細腕を掴む。


「ヒルデッ、止めろ!」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいニアズさん! わ、わたしはただっ……ニアズさんに、死んでほしくなかっただけ。でも、正しい行いは、見殺しにしておくことだったんだよね……っ!?」


 身体を震わせ、空色の瞳から涙を零すヒルデ。だが彼女はそんな状態でありながらも、無理矢理に溌剌とした笑みを浮かべてみせてくる。


「で、でも大丈夫、です! えっと、『花』の再生速度が追い付かないぐらいの熱量で『花』もろとも身体を燃やして、破壊しつくしてしまえば、ちゃんと死ねるから! ……うん。わたしが責任を持って、ニアズさんのことを殺すから。だから心配しないで、ください!」


「ね?」と、ヒルデがそう言った瞬間、ニアズたちが居るベッドを囲んでいたカーテンが、勢いよく開かれる。


「よーっす、ニアズ! もう一週間経ってんだからいい加減起きたら……って、起きてる!?」


 折悪く入って来た挙句、雰囲気をぶち壊すように叫んだソール。目を見開く彼の後ろには、マォとシェリーも居るらしく、「えっ、ニアズ起きてるにゃ!?」や「ソールさん、早く入ってください」との声が聞こえてくる。


「さっき起きたばっかりでな、少しヒルデから話しを聞いていたところで――」

「ヒルデ?」


 今まで気付いていなかったのか。或いはわざと気にしないようにしていたのか。ソールがヒルデを視界に入れた瞬間、顔をしかめた。


「あ、」


 思えばこの現状ではオレがヒルデを泣かせたように見えるのではないだろうか?

 掴んでいたヒルデの細腕から手を離し、「ヒルデ、そろそろ泣き止め」と彼女の背に手を伸ばす。だが彼女はオレの手を押し退け、素早く自身のフードを被ると、乗っていたベッドの上から飛び降りた。


「ニアズさん、準備が出来たら言うから。それまで、待っててね」


 口早にそう言い切り、ニアズと視線を交わすことなくカーテンの外へと駆け出るヒルデ。

 彼女が立ち去ったその場に、神妙な間が出来たことをひしひしと感じていれば、その光景を目にしていたソールが、「なぁ」と話しかけてきた。


「ニアズはアイツ……ヒルデリカと仲、良いのか?」

「まあ、悪くは無い……とは思うが。今は、どう思われているかは分からないな」


「泣かせてしまったし」と正直に答えると共に、念のための補足としてオレは「ヒルデの父親がオレの師匠であるシグルズさんだから」とも告げようとする。だがそれより早く、ソールが「あんまり、他のヤツのことを悪く言いたくはないんだけどさ」と口を開いた。


「俺やマォが此処に入ってから数年は経ってるんだけど、ヒルデリカのヤツ、その時から一つも成長してないんだ」

「な、なんだよそれ。冗談か?」


 数年経っていながら、成長せずにいる? 生物である以上、子供から大人になって、そして老いるはずだ。世間の常識がやや欠けている自負のあるオレでさえ、そんなことは知っている。

 だがソールはオレの目を真っ直ぐに見据え、「嘘でも、冗談でもないぞ」と言い切った。



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