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荒廃世界《北欧/スカンディナヴィア》  作者: 威剣朔也
2.勃発
10/23

2-5


 【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】が現れて数分も経たぬ間に出来上がったのは、惨憺たる光景だった。

 大きく破壊され、深く抉れた甲板。そこに転がるのはソールやヴィーザルを含めた顔見知りの仲間たちと、名も知らぬ他班の戦闘員たち。

 頑丈であるが故に、唯一この場で立てているオレは、「くそっ」と悪態を吐く。

 甲板ごと仲間たちを屠った挙句、「まだ足りない!」と吼えるようにして、二つに結われた髪から分たれた幾本もの槍を振り乱す【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】。その身体は人型機械たる【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】を二十メートル程にまで引き延ばしたかのような代物だが、外殻は【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】と比べようもないほど硬く、修正能力も凄まじい。


「挙句、今まで出会ったどの【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】よりも気性が荒いとなれば――、なかなかにキツイな!」


 シグルズさんとの旅の中で幾度か接敵したことのある【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】。そのどれもが荒々しく、シグルズさんでさえ討伐するのにひどく手を焼いていた。が、今ここに現われた個体は、その中でも群を抜く程の気性の荒さだろう。


「だとしても! オレには『戦う』以外の選択肢は無いわけだが!」


 剣に改めて光子の熱を纏わせ、ニアズはその刃先を上空の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】へと向ける。

 正直足場の悪いこの甲板で戦いたくはない。だが現状において立っているのはオレのみであり、尚且つ「弱者救済」をシグルズさんから直々に言いつけられている以上、「仲間を守らない」という選択肢はあり得ない。

 否、むしろ仲間を守るのは【呪い在りし竜(ファヴニール)】を祖とする強者として、当然の役割だろう。

 となれば、オレが出来ることはただ一つ。仲間たちが転がる【陸上探査艦‐ŋ(ユングヴィ)】から【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を引き離し、あわよくば打ち倒すことだけだ。

 ソレを果たせるか。という確証はないが、行動に移さねばどうにもならないだろう。と断じたニアズは【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】目がけて光子の斬撃波を撃ち放つ。しかしその攻撃は【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の外殻に軽く傷をつけた程度で、その傷もまたすぐに修復されてしまう。


「AAAAAA!」

「ほら、来いよ【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】!」


 相手を煽るように声を上げ、二度、三度と光子の斬撃波を撃ち放つニアズ。彼の兆発に煽られ、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】は今一度「AAAAA!」と咆哮し、幾本もの槍をニアズ目がけて穿ちはじめる。

 一撃、二撃と穿たれる殺意の籠った攻撃。ソレを寸前のところで躱しながら、反撃の機会を窺うが、このままでは甲板が破壊しつくされるのも時間の問題だろう。

 それに、仲間たちが居るこの場から【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を引き離すとしても、オレに在る手段と言えば【呪い在りし竜(ファヴニール)】の翼か、脚のみ。しかし、ソレを人目があるこの場で解放するだけの度胸が、オレにはない。

 聞こえない目が、オレの死を願う。見えない口が、オレの生まれを呪う。シグルズさんに肯定されたことで強制的に「終い」とし、瞼の裏に隠した過去。脳裏をよぎるソレを噛みしめるも、オレは目の前に居る【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】から目だけは離さず、打ち倒すまでの道筋を脳内で辿る。

 理想としては、船の上や周囲は竜脚で乗り切り、船から離れた場で【呪い在りし竜(ファヴニール)】の翼を解放する……なのだが、高望みが過ぎるだろうか?

 仲間たちに攻撃が当たらないようにと細心の注意を払い、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の攻撃を躱し続け、尚且つ徐々に船の縁へと寄るニアズ。だが、それにも限界が訪れたらしい。大きな衝撃音と共に、船の煙突部が根元からへし折れ、仲間であるソールたち目がけて落下しはじめる。


「なっ……!」


 迫り来る煙突からソールたちを庇うべく、脚をそちらへと向けるニアズ。だが船の縁にまで来ていた彼の立ち位置では、()()()()()()


「クソッ!」


 だが、行かなければ。間に合わなくとも、手を伸ばさなければ。

 やらずに後悔するより、やって後悔した方がマシ。

 脚に力を籠め、【呪い在りし竜(ファヴニール)】の力を一部開放したニアズは一足飛びに甲板を駆ける。

 嗚呼ッ! せめて煙突の落下位置だけでも変えられれば!

 賭けではあるが、光子剣から放てる斬撃波でどうにかできないか。とニアズが行動に移すべく、脚を止めた刹那――純白の飛行物体が落下する煙突に体当たりし、そのまま薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】目がけて突進した。


「なっ!?」


 突然の出来事に我が目を疑うニアズ。だがいくら目を瞬かせてみても、目の前に映る光景は何一つとして変わらない。

 純白の飛行物体は、ヒルデが「ママ」と呼んだあの【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】で間違いはない。だがその形は「白鳥」と呼べる代物ではなく、むしろ【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】に酷似した人型だ。

 いったい、何が、どうなっている?

 目の前の光景を理解するためによぎる疑問。だがそれに答えは無く、ただ人型となった純白の【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】が、薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】と空中で攻防しているという現実だけが突き付けられる。

 大きさとしては【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の二倍以上ある【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】に軍配が上がるものの、俊敏さに関してだけは【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】が【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】よりも勝っているらしい。上手く【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】からの攻撃を躱す【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】に一旦勝負を預け、オレは点々と転がる仲間たちを一か所に集めるべく甲板を駆ける。すると、唐突に「ニアズさん」と、オレを呼ぶヒルデの声が聞こえた。


「ヒルデッ!?」


 慌てて辺りを見渡すも、ヒルデの姿は影も形も見られない。目まぐるしささえある現状に頭が追い付けず、とうとう幻聴まで聞こえ始めたか? と内心焦れば、「あ、こっち。……えっと、【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】からです!」と、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の出現と同時に、一斉にその動きを停止させていた【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】の内の一つが身体を起こし、オレに向かって手を振った。


「まさか、ヒルデか?」

「はい、ヒルデリカです」

「――っ、ヒルデ。ソールたちを頼めるか?」


 年端もいかない子供。ましてやシグルズさんから「気を掛けてほしい」と言われているヒルデに、何かを頼むなど本来はするべきではないだろう。だがオレからの頼みをヒルデは「任せてください。此処まで近くにいれば、この子たちもわたしの指示に従えますから」と即座に受け入れ、自身が指示をだせるであろう手近な【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】にソールや他の戦闘員たちを運ばせ始めた。


「この人達のことは、わたしたちに任せて……ください」

「ありがとう。頼んだぞ、ヒルデ」

「はい。頼まれました」


 顔が見えていれば、きっと笑みを浮かべているであろうヒルデ。彼女が操る【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】から離れようと身を翻せば、「あの、ニアズさん」とヒルデの声がオレを呼びとめた。


「どうした?」

「フィオナ……艦長さんたちが直に来ると思うので、あまり無茶はしないで……ください」

「分かった。ヒルデも無茶はするなよ」


 彼女の動きに連動しているのだろうか。こくんと頷いた【|自己修復人形《バ-クティリエ・ロイド》】。その後ろでは、散り散りとなっていた戦闘員たちを集めきったのか、数十体もの人形たちがその場で徒党を組み、外部に向けて防御壁を展開しはじめる。


「じゃあ、後は頼んだぞ」


「はい」と答えたヒルデにソールたちのことを預け、オレは【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との戦闘を再開させるべく、改めて光子剣に光子を纏わせる。


「……思い出せ。思い出せ! オレは、シグルズさんからこの世界を生き抜くための術を教えてもらったんだろ!」


 野営の仕方を、自身の在り方を。そして、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)狩人(ハンター)】の名を冠しているシグルズさんだからこそ教えられる【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との戦い方を、オレは教えてもらったはずだろう!


「ニアズよぉ、もし【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】と戦う。なんて時が来たら、狙うべきは胸部だぞ。なんでかって? そりゃあアイツらの胸部外殻は固いが、その下には必ず心臓となる核があるからだよ。それにその核を破壊しきらない限り、アイツらは自動的に修復されちまうからな――」


 【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との戦闘となった場合について語るシグルズの声を脳裏に響かせ、ニアズは光子剣に光子を溜める。そして【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】が【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】から離れた瞬間を見計らい、溜めた光子を斬撃波として勢いよく撃ち放つ。


「【怒剣・斬波(グラム・スラッシン)】ッ!!」


 ニアズの放った高火力を伴う光子の斬撃波が、空を飛ぶ【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の身体へと直撃する。しかし距離がそれなりに離れているせいで、威力が弱まったのだろう。【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】についた傷は焦げ混じりの裂傷程度であり、その傷はすぐさま修復され、瞬く間に消え去ってしまう。


「やはり、倒すなら接近戦に持ち込まないと無理か!」


 背に【呪い在りし竜(ファヴニール)】の翼を生やせば、空を飛び、近付くことは可能。だが【自己修復人形バ・クティリエ・ロイド】越しにこの場を見ているヒルデや【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の搭乗者がいる手前、やはり使いたくはない。

 しかし、その二人の目の届かない部分の強度を上げておく程度であれば問題ないだろう。

 要は、知られなければ良いのだから。と判断したニアズは、黒衣下の部位に意識を集中させ、【呪い在りし竜(ファヴニール)】の力を解放する。だがニアズの意思に反し、その竜化は黒衣下外である項部位や頬、袖口から伸びる手にまで現れていた。


「……この程度であれば、誤差で済むだろ」


 靴という体で表に出している竜脚もあるのだし、手も「手甲の一種」だと言い張れば大丈夫だろう。それにうなじや頬部分は、近付かれさえしなければ、目にも止まらないだろう。

 硬い鱗と鋭利な爪を伴う手で光子剣を握り直し、一段と竜化を増させた竜脚で一歩、その場を進もうとすれば、人型の姿をした純白の【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】がオレの前へと降り立ち、自身の大きな掌を差し伸べてきた。


「乗れ、と?」

「Pi」


 返事なのだろう。【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】から放たれた電子音を、了承の意として捉えたニアズは、差し伸べられた白の掌の上に乗り上がる。すると【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】は軽い浮遊感を伴って宙へと浮かび上がり――【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】へ一直線に飛翔しはじめた。

 頬を守る鱗が無ければ、頬肉を切っていたであろう強い風圧。それに耐えながら前方へと迫る【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を睨めば、薄紅の巨躯の胸部が開かれ、そこから砲口が突き出される。

 確かアレは、胸奥にある核から抽出されるエネルギーを光子光線として撃ち放つ部位。シグルズさんから教えてもらった話では、確か光子光線発射前には光の集束があり、発射後は三秒ほどの反動がある――とのことだったはずだ。


「気を付けろ! 光子光線が来るぞ!」


 突き出された砲口に光が集束するのを見たニアズが叫んだ直後、発射される膨大な熱量を伴った光子光線。それを間近で【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】は回避し、ニアズは【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】が放った光子光線の先である地上を見下ろす。


「……なんだ、これ」


 雪が覆う白の大地が深々と割け、その奥で煌々とした熱の塊が液体状に融けている。

 【邪竜(ワーム)】迎撃の際に放っていた【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の光子光線とは明らかに威力が異なる【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の光子光線の威力に息を飲むニアズ。辛うじて【陸上探査艦‐ŋ(ユングヴィ)】は無事であるが、もしあの攻撃が当たっていたら船の外にいるソールたちは勿論、船内にいる人間の命も危うかっただろう。「当たらなくて、良かった……」と胸をなで下ろしつつも、ニアズは即座に「だとしても」と言い直す。

 この状況を前に、ただ安堵するわけにはいかない。何故なら既に、反動時間となる三秒を超えているのだから。

 【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】のはるか上にまで上昇し、下方に居る標的目がけて降下する【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】。ソレを近付けまいとするように、【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】は胸部の砲口から二発、三発と次々光子光線を発射させる。

 しかし、オレという荷物を抱えていながらも持ち前の小柄さを生かして【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】はその全てを躱しきり【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】との距離を一気に詰める。


「また強いのが来るぞ!」


 目前に迫る【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の胸部。そこに在る砲口が通常時より長い光の集束を行っているのを見たニアズが叫べば、【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】が身を捩り、射出された光子光線を至近距離で回避する。


「後は任せろ!」


 だんっ、と乗っていた【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の掌から【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の胸部へと飛び移ったニアズは、膨大な熱量を放ち終えた反動で次を放つことのできない砲口へ自身の光子剣を突き立てる。


「【怒剣・解放(グラム・バースト)】!!」


 光子剣から放出された多量の熱量を伴う光子。自身の身体に直接その光子を叩きこまれた【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】は勢いよくその身体をのけ反らせ、胸部に居るニアズへと大きな手を伸ばす。が、その手は、背面より【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を捕えた【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】によって止められる。


「助かる!」


 せっかく【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】が作り出してくれたこの好機を、逃すわけにはいかない。

 砲口に突き立てていた光子剣を引き抜き、すぐさま胸部の繋ぎ目部分に剣を突き立て直す。そしてテコの原理で隙間を作りだし、鋭さを得た爪をその部位に入れ、即座に砲口ごと無理矢理こじ開ける。そうすれば、ヒルデ程度の小さな子供であれば余裕で入りそうな赤の球体がその姿を現した。


「AAAAAAAA!」


 心臓である核を露出させたと同時に咆哮する【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】。しかも、自身の心臓間近にいるオレが気に入らないのか、背面を【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】に捕えられていながらも大きく身を捩らせはじめる。


「っ!」


 揺れる【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の身体から振り落されないようにと竜脚の足爪を立て、核に突き刺すべく光子剣を振り上げ、――下ろす。

 だがその寸前で、オレの脇腹に抉るような痛みが走った。


「な……っ」


 痛みを発する箇所へと視線を向ければ、髪を模した【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の槍が一本、オレの身体に深々と突き刺さっていた。


「くそ……!」


 しかし、この程度の痛みで手を止めるオレではない。

 振り上げたままの光子剣を振り降ろすべく腕に力を込めれば、更にわき腹、ひいては腰、背、脚、腕に【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の槍が幾本も。そして、深々と突き立てられる。


「ぐあぁああああっ!」


 【呪い在りし竜(ファヴニール)】の鱗で作った黒衣や、黒衣下で身体を守る鱗をものともせず、深々と突き刺さる【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の槍たち。それらは共通の意思を持った生き物のようにオレの身体を軽々と持ち上げ、一息に振り抜いた。


「――っ!」


 深々と突き刺さっていた槍の刃先が、骨や臓器を巻き添えに引き抜かれ、オレは声も出せぬまま空に弾きとばされる。

 嗚呼、嗚呼! あと少しで【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を屠れたのに!

 重力に伴い、落下し続ける身体は徐々に【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】や【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】から遠のいていく。徐々に小さくなる二つの姿に手を伸ばそうとするが、手は腕ごと【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】の髪に切り落とされたらしく存在さえもしていない。


「く、そ……」


 背から【呪い在りし竜(ファヴニール)】の翼を生やそうとも、著しい欠損故か生やすことが出来ない。むしろそれどころか、身体から徐々に鱗が剥離し、傷口からは血液や肉が零れ出ていっている。


「……そん、な」


 意思に反し、「ヒト」へと戻る身体。その感覚を厭わしく思いながらも、オレは空高くに浮かぶ薄紅の【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】を睨みつける。だがソレはあまりにもあっけのないほど揚々と空の奥へ――茜色をくすませる夜の黒へと、消えてしまった。


「どう、して……」


 【邪竜(ワーム)】たち同様に目的不明の襲来を果たし、去った【戦乙女(ヴァルキュリヤ)】。巨躯たる薄紅の肢体が消えた空を力なく見続けていれば、徐々に視界が霞みはじめる。

 嗚呼、オレも此処で終わりか。

 シグルズさんから託されたヒルデのこと。ヒルデに託した仲間たちのこと。多少の心残りこそあるが、この高度からの落下には【呪い在りし竜(ファヴニール)】を祖とするこの身体であっても耐えられまい。それも、腕や内臓を欠損しているとなればことさらに。

 落下し続ける中、「終わりはどうせ一瞬だ」と言い聞かせ、オレは自身の死を甘んじて受け入れ、許し、瞼をゆっくりと下ろす。だがその間際に、――見えてしまった。



 落ちるオレを追うように降下し、手を伸ばす【凱ノ乙女(シグルドリーヴァ)】の姿を。



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