(18)ちょっとしたトラブル
味、量ともに満足できる食事を済ませた二人は、午後も健脚を発揮してあちこちを見て回った。
「こっちの方には運河もあったんですね。知らなかったです」
幅広い運河を小舟が行き交う様子を、アメリアは興味深そうに見やった。そんな彼女に、ルーファが幾分心配そうに尋ねる。
「ついいつもの調子で随分歩いてしまったけど、疲れていないかな?」
「鍛えてますから、全然大丈夫です。まだまだ歩けますよ? 一日中山登りできる程度には、体力はありますから」
自信満々に応じた彼女に、ルーファは笑いを誘われた。
「それは良かった。疲れたなら帰りは乗合馬車で戻ろうかと思っていたんだが、その心配はなさそうだ」
「はい、ちゃんと歩いて帰ります」
「せっかくだから船着き場の他に、乗合馬車の待合所の場所と乗り方も教えておくよ」
「そうですね。お願いします」
歩きながらルーファが説明する内容に頷きながら、アメリアは今日一日の成果に満足していた。
(竜の国でも王都は大きかったし賑やかだったけど、やっぱり色々と違うことがあるわね。今回教えて貰って良かった)
そんなことを考えながら角を曲がったところで、少し先から何やら剣呑な叫び声が響いてくる。
「……んだと!」
「……だろうが!」
「何だ?」
「何だか向こうが騒がしいですね?」
「アメリア、念のため俺の後ろについて歩いてくれるかな」
「分かりました」
ルーファもすぐに気がついたらしく、微妙に警戒度を上げてアメリアに指示する。それを聞いたアメリアは、腕に覚えはあったものの大人しく彼の背中に隠れるようにして足を進めた。そのまま通りを進んでいくと、二人の男が怒鳴り合っており、その周囲に人垣ができているのが目に入った。
「ふざけんな! 全然効かねえ咳止めを、散々高値で売りつけやがって!」
「効かないのは、あんたのお袋の性根が曲がっているからじゃないのか!?」
「言うに事欠いて、貴様!!」
「もう止めろ!」
「お前も言い過ぎだ!!」
男二人が怒鳴り合うだけに留まらず、掴み合って殴り合い始めたため、さすがに周囲が割って入って制止しようとする。少し離れた場所から、アメリアはその様子を呆然と眺めていた。
「あれって……、薬店ですよね。そこの店主と患者みたいですけど……」
そこでルーファは、渋面になりながら説明を始めた。
「アメリアは知らなかったみたいだが、咳止めの流通が悪くて値段も高止まりしていて、最近あちこちで揉め事が増えているんだ」
「そうだったんですね……。じゃああの人に、うちに来るように言って」
「それは止めておいた方が良いな」
「どうしてですか!?」
親切心で男達の所に近寄ろうとしたアメリアだったが、その腕をすかさずルーファが捕えた。加えて制止された事に納得がいかなかったアメリアが声を荒らげたが、彼は真剣な面持ちで問い返してくる。
「今のところ君の所には咳止めがあるが、それは近辺の希望する患者には渡せる量だろう? 声高に咳止めがあると宣伝して、客が押しかけたらどうなる?」
「いえ、あの、でも!」
「それに客を取られた薬師が、嫌がらせのためにわざと君の所に咳止めがあると薬師組合ぐるみで宣伝しそうだ」
「え? どうして宣伝するのが嫌がらせになるんですか?」
本気で意味が分からなかったアメリアが、キョトンとした顔になった。そんな彼女に、ルーファが冷静に言い聞かせる。
「それでああいう面倒な客が大挙して押し寄せて、咳止めを手に入れられなかった事に激高して、暴動を起こさないとも限らない」
「そんな大袈裟な」
「あながち、そうでもないんだよ。最近、微妙に治安が悪くなっていてね。咳止めの他にも、入手が滞りがちな薬材が幾つかあるらしい」
「そうだったんですか……、知らなかったです」
真剣な面持ちでの説明に、アメリアは納得せざるを得なかった。そして沈痛な面持ちで頷いたところで、新たな声が聞こえてくる。
「おい、止めないか!」
「往来で喧嘩しているというのは、お前達だな?」
「これ以上騒ぎ立てるなら、ちょっと一緒に来て貰おうか」
向こう側の人垣を割って、揃いの制服を着た複数人の男達が揉めている男達の仲裁に入ってきた。それを見たルーファが、安堵したような声を漏らす。
「ああ、警備隊が来たな。誰か、近くの詰め所か巡回中の彼らに通報したのか」
「げっ!?」
「どうかしたのか?」
「いえ、あの……、兄さんがいまして」
狼狽した声を上げた途端、再び自分の背中に隠れるように引っ込んだアメリアに、ルーファは身体を捻って怪訝そうに尋ねた。そして彼女の台詞を聞いた彼は、改めて集団に目を向ける。男達の年齢は高めであり、若い男は一人だけのため、ルーファはすぐに見当を付ける。
「ええと……、年齢から考えると、あの黒髪の?」
「そうです。今日、仕事を休んで付いていくとか言われないように、家でゆっくり休んでるって言っておいたんですよ。家から結構離れたここにいるのを見られたら、何を言われるか」
背中から狼狽の気配が伝わってきたことで、ルーファは笑いながら提案する。
「お兄さんに挨拶したい気持ちもあるけど、今日は止めておこう。さっさとここを離れようか」
「そうしましょう!」
すかさず同意したアメリアを誘導しながら、ルーファはサラザールに気付かれることなくその場を後にした。




