(13)ふとした疑念
その日、常連客のエルマに頼まれて近くの彼女の家に出向いたアメリアは、無事に患者の処置を終えて居間でお茶をご馳走になっていた。
「わざわざ家まで来てくれてありがとう、本当に助かったわ」
店をランデル達に任せて義父の怪我の対応をしてくれたアメリアに対し、エルマがしみじみとした口調で礼を述べる。それにアメリアは笑顔で首を振った。
「気にしないでください。転んであんなに酷く身体を打ち付けてしまったんですから、とても歩けませんよ。でも、打ち身だけで済んで本当に良かったですね。この何日かは痛むと思うので痛み止めの内服を出しておきますが、あとは湿布だけで大丈夫の筈です」
「本当に安心したわ。もし骨が折れていたりしたら、医師に見て貰わないといけなかったもの。そうしたら、凄いお金がかかってしまうし。仕方がない事だけどね」
「そうですよね……」
女二人で苦笑の顔を見合わせたものの、アメリアはこの時、心の中にモヤモヤとしたものを抱えていた。
(本当に外科的処置は、医師にしかできないことになっているわけね。命に関わることなのに、どれだけお金を取っているのかしら)
そんなことを考えているうちに、ふと気になったことを口にしてみる。
「ところで、ナジェルさんの部屋に入った時に感じたんですが、何か良い香りがしていましたね。お花が飾ってあるわけでもないのに……。処置に集中して、さっき聞くのを忘れていましたが」
その問いかけに、エルマが即答する。
「ああ、それならあの虫除けね」
「はい? 虫除け、ですか?」
「現物を見た方が早いわね。今持ってくるから、そのまま飲んでいて」
「すみません」
すかさず立ち上がったエルマは、そのまま居間を出て行った。アメリアが一人でお多を飲んでいると、それほど待たされずに彼女が戻ってくる。
「これよ。 知らなかった?」
「はい、初めて見ました。これが虫除けですか……」
差し出されたそれは木製の小さな鳥籠のような形状で、底にはぐるりと周りを取り囲む受け皿のような溝があった。その中央には何かの蔓で編んだような網目模様の円筒があり、その中に薬草らしき物が摘められているのが分かる。冷静にアメリアが観察していると、エルマが説明を始めた。
「夏頃に、凄く虫が発生したことがあったでしょう? その時に虫除け効果が抜群だったから、王都中で流行したの。……あ、その頃アメリアさんは、まだ王都にはいなかったわね」
話の途中で思い出したエルマは、確認を入れてきた。それにアメリアが頷いてから尋ね返す。
「ええ。夏に虫が大量発生していた話は聞きましたが、虫除けの話までは知らなかったです。そんなに防虫効果が凄かったのですか?」
「そうなのよ。この木製の籠の中に薬草を入れて、それに特製の香油を垂らして成分をゆっくり放出させるようにすると、防虫効果を発揮して持続するらしいの。香りが良くて気持ち落ち着かせる作用もあるから、虫がいなくなってからもそのまま使っている人が結構いるみたいね。お義父さんもそうなのよ」
どうして虫が出なくなった現在でも使っているのか、尋ねる前にエルマから話して貰ったことで、アメリアは納得した。しかし微妙に違和感を覚える。
「そうなんですか。ちなみにこれって、どこで売ってるんですか?」
「この近辺だとゴーシュさんのお店ね。詰め替え用の薬草と香油のセットも売っているから、香りが立たなくなったら新しいのと入れ替えて使うようにするのよ」
「それで長く使っているんですね?」
「ええ、そうよ。でも香りを楽しむだけに使うなら、それほど高くはないけど継続するとなると、少々贅沢かもね。だから虫除けが不要になったら使うのを止めて、来年に向けてしまい込んでいる人が多いと思うけど。うちはそれくらいだったら、別に問題なく使えるから」
そこまで話を聞いたアメリアは、ちょうどお茶を飲み終わったこともあり腰を上げた。
「そうなんですね。ご馳走様でした。それではお大事にしてください」
「こちらこそ、ありがとうございました」
互いに笑顔で別れの挨拶をしてから、アメリアは街路を歩き出した。しかし真剣な顔つきで、つい先程耳にした話について考え込む。
(さっきの話、何だか妙に引っかかる。虫除けで、静穏作用? そんな薬草があったかしら?)
しかし悩んだのも束の間、アメリアはすぐに目的地を変えた。
「さっきはちらっと中身を見せて貰っただけだったし、とにかくじっくり現物を見てみない事には何とも言えないわね。取りあえず、行ってみましょう」
自分自身に言い聞かせるようにそう口にしたアメリアは、エルマに教えて貰った店に向かって歩き始めた。




