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竜の薬師は自立したい  作者: 篠原 皐月
第2章 世知辛い世間

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(34)保護者達のあれこれ

「エマリール様。お呼びと伺いましたが、我らに何用でございますか?」

 使いの者が来たため急いで城に出向いたユーシアは、同様に呼び付けられたリドヴァーンとタウラスに途中で合流し、三人で城の一角に向かった。通された部屋で待っていたのはエマリールであり、彼女はユーシア達を見ると手振りで椅子を勧める。


「ああ、ユーシア。リドヴァーンとタウラスも呼び付けてしまってすまんな。お前達に、見て貰いたい物がある。まずは座ってくれ」

「失礼いたします」

「この顔ぶれであれば、アメリアに関する事でしょうか?」

「そう言えば、国を出てからひと月半になりますか。元気にやっているとは思いますが」

 三人が座りながら推察を述べると、エマリールが話を切り出す。


「そのアメリアから手紙が届いてな。皆、目を通してくれ」

「エマリール様宛の物を? 宜しいのですか?」

「ああ、構わん」

 意外そうにユーシアが確認を入れたが、エマリールは重々しく頷いて彼女に封書を差し出した。彼女は慎重に便箋を取り出し、無言のまま内容に目を走らせる。そして次にリドヴァーンに、それを手渡した。対する彼も静かに読み進め、次のタウラスに回す。


「ふむ……。未だ慣れない所はあっても、サラザール殿に色々教えて貰いながら、日々の暮らしと薬師としての仕事に精を出しているようですな。ご近所とも仲良くやっているようで、何よりではないですか。交友関係も広がっていると見えますし」

 満足そうに頷きながら、タウラスは元通り便箋を折り畳み、封筒に入れてエマリールに返却した。しかし彼女はそれを受け取りながら、タウラスに鋭い視線を向ける。


「感想はそれだけか?」

「それだけと仰いますと?」

「確かに、所々に失敗談を織り交ぜながらも、健気に奮闘している様子が伝わってくる文面だが、妙に怪しい」

「はぁ? 怪しいと仰られても……、どこがどう怪しいと感じられるのですか?」

 全く意味が分からなかったタウラスは、本気で首を捻った。するとエマリールは素早く先程の便箋を取り出し、テーブル上に広げる。そして勢いよく複数の箇所を指さしながら、眼光鋭く力説した。


「この、前後はきちんと整った文字列なのに、ここだけ微妙に文字が歪んでいる所とか、発作的に握り締めてしわになった所を必死に伸ばしたようなここの跡とか、汗か涙が落ちてインクが滲んだようなここの所とか、同じ名前を何度も書き間違って線で消している所とかだ!! 貴様の眼は節穴か!?」

 盛大に叱りつけられたタウラスは呆気に取られ、次の瞬間懐疑的な表情で応じる。


「……それは少しばかり、気の回し過ぎではございませんか?」

「断じて違う!! 母親としての勘だ!! 絶対に何か妙な事に巻き込まれて難儀して、それを必死に隠そうとしているに違いない!! そういう事態になるのを防ぐために付けてやったというのに、サラザールの奴は何をしておる!! あのうつけ者がぁぁっ!!」

 気のないタウラスの反応が逆鱗に触れたらしく、エマリールは激高しながらテーブルを殴りつけつつ己の息子を罵倒した。この事態をさすがに傍観できなかったユーシアとリドヴァーンは、揃って穏やかな口調で彼女を宥める。


「エマリール様、落ち着いてくだされ。それはさすがにタウラスが申した通り、気の回し過ぎだと思われます」

「アメリアも、自分の手に余る事を隠したりはしないでしょう。サラザール殿と協力して、日々奮闘している筈ですよ」

「私の考え過ぎだと言うのか?」

 険しい視線を向けてきたエマリールに微塵も臆さず、年長者二人は笑顔で言い聞かせる。


「手塩にかけたお子様が心配なのは分かりますが、ここはぐっと堪えて子供の成長を見守るのが母親としての務めかと」

「子離れ親離れの時期には、避けて通れない葛藤ですね」

「…………」

 重ねて言い諭されたエマリールは、憮然とした表情になった。しかしそれ以上悪態などは吐かず、深い溜め息を吐く。


「分かった。私が考えている程、問題ではないのだろう。このままもう少し、様子を見ることにする」

「そうしてください。連絡員は定期的に派遣しておりますから、異常があればすぐに対処させますので」

「ああ。よろしく頼む」

 そこでエマリールは真顔で頷いた。しかしそれに頷き返したユーシアとリドヴァーンの心中は、穏やかではなかった。


(リリアの報告内容など、そのまま正直にエマリール様のお耳に入れるわけにはいくまいて。はてさて、これからどうしたものか……。取り敢えずは、調査員の動員状況を見直しておこうかの)

(ランデルの奴……、いつの間にか向こうの国に行っていたと思ったら、とんだ事態に巻き込まれおって……。アメリアの生活が軌道に乗るまで帰って来るなとは言ったが、ちゃんと落ち着くのだろうな?)

 そんな動揺を押し隠しつつ、ユーシアとリドヴァーンは素知らぬ顔でエマリールの前から辞去した。



※※※



 城に手紙を届け、直属の上司に報告を済ませたリリアは、すぐにアメリアの元に戻って来た。


「どうしてお前まで、ここで暮らすことになるんだ!?」

「仕方がないでしょう!? ある程度正直に報告したら、さすがにこれ以上不測の事態を引き起こさないように、しばらくここに常駐するようにユーシア様から指示されたんだから!!」

「何だって!? 俺がいれば十分だろうが!?」

「十分だったら、こんな事態にはなっていないわよっ!!」

 ぎゃいぎゃいと言い合うサラザールとリリアを横目に、ランデルがどこか申し訳なさそうにアメリアに囁く。


「ええと……、実は俺も、ユーシア様経由で事の次第を聞いたじいさんから、当面戻ってくるなと言われてしまって……」

「平凡な人間の薬師になろうと、決心して出て来たのに……。どうして構えた薬師所が、竜の住処すみかで魔術師の溜まり場になっちゃうのよ。本当に勘弁して……」

 がっくりと肩を落としたアメリアに対して、ランデルは申し訳なさそうな表情になりながら憐憫の眼差しを送った。








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