(32)現状把握
「今日はそんな事があったのか……」
夕食後。いつもと同じように日中の出来事をアメリアから一通り聞いたサラザールは、僅かに顔を歪めながらランデルに物言いたげな視線を向けた。それを受けて、ランデルが真顔で言葉を返す。
「お前の言いたい事は分かる。アメリアに危ない橋を渡らせたくないのは、俺も同じだ。だが正直に言わせて貰えば、人間側というか、魔術師側の話を聞いてみたいと思ったのも事実だ」
「他にもカートさんとシェリーさんが来てくれたから、同じようにさり気なく聞いてみたんだけど……。二人とも、サイさんと似たり寄ったりの反応だったわ」
「竜を忌避するわけではないが、下手に口に出すのは止めておいた方が良いと真顔で忠告された。『魔術が使えない魔力持ちなんてことが周囲にバレたら、保守的で過激な奴らに何をされるか分からないから』とまで言われたぞ」
神妙に二人が語った内容を聞いて、サラザールは思わず溜め息を吐いた。
「これまで意識して魔術師組合や魔術師とは距離を置いていたから知らなかったが、そこまで言うのか……」
そこでアメリアが、難しい顔になりながら話を続ける。
「ここまで言うって事は、竜の血を引いている魔術師の皆さんって、子供の頃から相当肩身が狭い思いをしてきたり、嫌がらせの類を受けてきたって事よね?」
「もう迫害ってレベルじゃないのか? 一応対外的には魔術師って肩書で普通に生活できているが、逆に言うと職業選択の自由なんてなさそうだし。魔力持ちの子どもを魔術師塔に放り込んで魔術を訓練させて、魔術師として働けるようにして出すって感じっぽいしな」
「魔術師の人って組合規定のローブを纏っているけど、それで判別できるのよね。不思議と魔術師の皆さんがいる時は、店に他のお客さんが入って来ないなとは思っていたけど……」
「今考えると、他の客が入ろうとした時にガラス戸越しに魔術師の姿が見えたから、出直してたんだろうな……」
「別に怖がったり、嫌がる事は無いじゃないの……。同じ人間なのよ?」
「同じ人間に対してビビっているなら、竜の姿なんか目にした日には卒倒するな」
「それに……、シェリーさんと色々話し込んだ時に、昔結婚を約束した人がいたけど、相手の家族に結婚相手が魔術師なんて許さないと反対されて、婚約破棄されたって……」
テーブルを見下ろしながら、アメリアが握った拳を微かに震わせながら呻くように言い出す。その時の光景を思いだしたランデルは、溜め息を吐いて応じた。
「空気、すごく重かったな……。泣き出されたらどうしようかと思った」
「思い出したら、猛烈に腹が立ってきた!! 何よそれ!? 竜の血が入っていると言っても、人間と全然変わらないのに!! 結婚するくらい好きだったら、家族に反対されたくらいであっさり諦めたりできないんじゃないの!? ろくでなしの根性なし野郎よね!!」
「…………」
激高しながら勢いよくテーブルを叩いたアメリアだったが、何故か男二人は無言のまま顔を見合わせた。その反応を訝しく思いつつ、アメリアが声かける。
「二人とも、急に黙ってどうかしたの?」
その問いかけに、サラザール達はどこか遠い目をしながら応じた。
「ああ、いや……、ちょっと思い出した事があって……」
「頭の固い保守的な奴って、人間の国でも竜の国でも変わらず存在するんだなぁと」
「何?」
不審そうにアメリアが詳細について尋ねると、男二人は一瞬顔を見合わせてから話し出した。
「アメリアには教えていなかったと思うが、ルディウス叔父上に結婚の話が持ち上がった時、ちょっとした騒ぎが持ち上がったんだ」
「騒ぎって、どんな?」
「レティー叔母上が亜竜なのは、アメリアも知っているよな?」
「勿論知っているわよ? でも過去に人間の血が少し混ざっているって言っても、普通の竜より寿命が少し短めになる他は、特に変わりはなくて魔力が十分で魔術も使え……」
何気なく話しているうちに、ふと頭の中をよぎった可能性に、アメリアは顔色を変えて兄を問い質した。
「ちょっと待って。まさかレティー叔母様が亜竜だから、ルディウス叔父様と結婚なんて許さんとか、馬鹿な事を言い出した人がいたの!?」
「ああ、頭の固いくたばりぞこないのジジイが何人か」
淡々とした口調で告げられた内容を耳にした途端、アメリアは先程以上の勢いで怒声を放った。
「それ、どこのどいつよっ! レティー叔母様は立派な竜じゃない!! 一言、文句を言ってやる! いえ、それじゃあ済まないわ。でも力では敵わないから、ここは一つ一服盛って」
「アメリア、落ち着け。その連中、エマリール様から直々に制裁を受けたから。その後は国の辺境で蟄居してる」
「え? 制裁って、何?」
慌てて口を挟んできたランデルに、アメリアは怪訝な顔を向けた。すると男二人がしみじみとした口調で述べる。
「あいつら……。当時既に母上が叔母上を可愛がっていたのは一目瞭然だったのに、人前であんなことを口にして無事に済むと思っていたんだろうか……」
「済むと思っていた、迂闊過ぎる馬鹿だったんだろうさ。エマリール様、情け容赦なく殴り倒して蹴り倒して踏みつぶしたよな……。誰も止めに入れなかった……」
「止めに入ったら同じ目に合うって分かっているのに、そんな酔狂な奴はいないだろう。あの光景は、実の息子の俺でも衝撃だった」
「ああ。俺にとっても、子供の頃の一番のトラウマだな」
(なかなか壮絶な制裁だったみたいね……。でも兄さんやランデルがここまで言うなんて、一体どんな状況だったのかしら?)
ほんの少しだけ興味をそそられたものの、アメリアは不用意な発言を控えた。するとサラザールが、気を取り直したように話を続ける。
「話を戻すが、竜の血を引いている魔術師は普通の人間にとって十分脅威の対象で、竜そのものに至っては存在するのが明らかになったらパニックを引き起こしかねないというのが、現状なわけだな」
「確かに、そういう事よね……」
「アメリアの、竜と人間の間で友好的な関係を結べればよいとの気持ちは分かるが、今の段階では迂闊な事は口にしない方が良いな。まず生活基盤をきちんと確立させることが最優先だ。分かるな?」
「重々、気をつけます」
気落ちして項垂れながら、アメリアは素直に言葉を返した。するとここで勢い良く食堂のドアが開けられた。