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竜の薬師は自立したい  作者: 篠原 皐月
第2章 世知辛い世間

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(25)見当違いの推測

 とある貴族を介して依頼を受けた魔術師組合(ギルド)は、通常とはかなり毛色が異なる依頼であった為、簡単な下調べを済ませてから依頼主の所に一人の魔術師を送り込んだ。若手の中でも随一であるバルナーは、押し付けられた仕事に対して溜め息しか出なかった。更に直接依頼人と面談して話を聞くと、頭痛を覚えてしまった。


「アルテオさん……。申し訳ないが、今の話が良く理解できなかったので、もう一度説明して貰えないだろうか?」

 半ばうんざりしながら、バルナーが懇願口調で述べる。対するアルテオは、憤然としながら言い募った。


「ですから! 半月前にここで寝ていたら、いつの間にか床一面に臓物が撒き散らされていたんですよ! それを苦労して集めてから警備隊を呼びに行ったら、いつの間にか臓物が入った袋は忽然と消えているし、床の血の染みも綺麗に消えていて! これは絶対、魔術師の仕業ですよ! つるんでいるあの女ごと、質の悪い魔術師を捕まえてください!」

「ほう? そうか。それは災難だったな……」

「ええ! 本当にその通りです!」

 やっと分かってくれたかと、アルテオは顔色を明るくしながら頷いた。視線をそんな彼から床へと落としたバルナーは、両手をかざしながら魔力の痕跡を探る。慎重に時間をかけて丹念に床一面を探査した彼は、独り言のように結果を口にした。


「なるほど……。確かに微かだが、魔力の痕跡があるな……」

「そうでしょう! ですからさっさと!」

「誰に頼んだ」

「はい?」

「どこの魔術師に頼んだと聞いている」

「あの……、仰る意味が分かりませんが……」

 顔を上げ、先程までの温和な表情をかなぐり捨てたバルナーは、鋭い視線をアルテオに向けた。その詰問口調に、意味が分からないままアルテオが問い返す。するとバルナーは、険しい表情のまま問いを重ねた。


「それでは聞くが、どうしてその事件が起きてから半月も過ぎてから、魔術師組合(ギルド)に調査を依頼した?」

「それは……、もしかしたらこれは魔術によるものかもしれないと思ったのが、時間が過ぎてからでしたので……」

「違うだろう。魔術師組合に内密でこんなろくでもない依頼を引き受ける性根の悪い魔術師を探して、依頼するのに時間がかかったからだ。違うか?」

「そんな! 滅相もありません!!」

 ここで見当違いにも程がある疑惑を向けられているのに気がついたアルテオは、顔色を変えて否定した。しかしバルナーの容赦の無い追及が続く。


「そうか? 実は、この面妖な依頼を引き受けるに当たって、魔術師組合で事前に軽くお前の身辺調査をしていてな」

「なんですって?」

「随分と面白い事をしているな。薬師組合に入らない若い女の薬師を目の敵にして、付近の乾物商全員に声をかけるとは」

「あ、あれはっ! あの女が生意気だからで!!」

「それで件の女薬師が泣きを入れてくるかと思いきや、別個の薬材入手ルートで何事もなく店を運営しているのに腹を立て、大の男が三人揃って押しかけて騒ぎ立てたそうじゃないか。あの店のご近所さん達がこぞって教えてくれたぞ?」

「それはっ! あの女が言う事を聞かないのが悪いんだろうが!!」

「挙句の果て逆恨みして、よりによって魔術師を抱き込んで自作自演とは恐れ入った。こんなショボい策が通用すると思うあたり、頭が足りないと自分自身で証明しているようなものだぞ」

 呆れ果てたと言った感じでバルナーが告げると、アルテオが憤怒の形相で叫んだ。


「何だと!? この混ざり者の分際で!!」

「はっ! 本音が出たな。貴様のような小物は、表面を取り繕うだけ無駄だ」

 魔力持ちの蔑称を面と向かって吐かれても、今更どうという事もないバルナーは、冷笑を深めながら言い捨てる。


「その混ざり者に看破されている愚か者に何を言われても、片腹痛いだけだ。薬師を自称するなら、これ以上馬鹿にならないような薬でも調合して飲んでおけ。その年だと幾ら薬を飲んでも、頭を良くすることなど不可能だからな」

「ふざけるな! とっとと出て行け!!」

「言われなくてもそうするさ。以後、貴様は魔術組合に出入り禁止だし、依頼も受けん。そのつもりでな」

「当たり前だ! 誰が混ざり者の巣窟なんかに行くか!!」

 腹立ちまぎれに、アルテオが手直にあったランプを持ち上げ、バルナーに向かって投げつけた。しかしそれは彼の手前で勢いよく弾き返され、アルテオの足下に落下してガラス部が派手に割れる。


「この化け物が!!」

 そんな負け惜しみじみた台詞を背中で受けつつ、バルナーは何事もなかったように階段を下り、その家を出て行った。


「全く……。幾ら付き合いがある貴族からのお声がかりとはいえ、変な依頼を受けないで欲しいものだが……」

 愚痴っぽく呟きながらバルナーは街路を歩いていたが、組合にどう報告すべきかを悩み始める。


「それにしても……、魔力が介在したのは間違いがないし、あんな奴に力を貸した魔術師は誰だ? 金さえ貰えればどんな依頼でも引き受けるような奴がいると、魔術全体の評価にも関わるのだが……。あいつが、そう簡単に吐くとは思えないしな」

 そこでふと、とんだ言いがかりをつけられそうになっていた、薬師の事を思い出す。


「一応、名前が挙がった薬師の方も、調べてみるか」

 そう考えたバルナーは、アルテオから聞いていた店の場所に向かうことにした。




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