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竜の薬師は自立したい  作者: 篠原 皐月
第2章 世知辛い世間

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(12)世間の常識、非常識

「ただいま」

 帰宅したサラザールは、人気のない家の中を眺めて首を傾げた。それで台所に足を向けたがそこは無人であり、次いで薬在庫の前を通り過ぎて店舗の方へと向かう。


「え?」

 ドアを開けてアメリアに声をかけようとしたサラザールだったが、店を閉めた彼女は、何故かカウンターに突っ伏して微動だにしていない状態だった。それを目にした彼は、そのまま静かに元のようにドアを閉めて立ち去る。

 それから少し時間が経過してから戻って来たサラザールは、今度は迷わず店の中に入り、背後からアメリアの肩を軽く叩いた。


「アメリア、夕飯ができたから食べようか」

 そう声をかけられたアメリアは、弾かれたように勢いよく顔を上げて振り返る。


「え? あ、ええ? 兄さん、お帰りなさい! ごめんなさい! まさか、兄さんが晩御飯の準備をしたの!?」

「別に、そんなに驚く事でもないだろう。今まで独り暮らしだったし、外で食べない時は作らないと飢え死にするしな。昨日アメリアが作ったようなご馳走じゃないが、死ぬほど不味くはないと思うぞ?」

 狼狽気味の問いかけに、サラザールはおかしそうに笑って応じた。それを聞いたアメリアは、一瞬呆気に取られてからボロボロと涙を零す。


「兄さんっ……、れっきとした竜の国の王子様なのに……。私のせいで苦労する事になって、本当にごめんねぇぇぇ――っ!!」

「おい、どうした。大丈夫か?」

 いきなり泣き出されて動揺したものの、サラザールはなんとか彼女を宥めて落ち着かせ、台所まで連れて行った。


「うぅ……、兄さん、美味しいわぁぁぁっ……。兄さんの思いやりが、心に染み渡るぅぅっ……」

 向かい合って夕食を食べ始めてからも、アメリアのテンションは若干変なままだった。それを心配したサラザールが、控え目に声をかける。


「それは良かった。ところで食事が終ったら、今日、どんな事があったのか話を聞かせて貰いたいが……」

 するとここでアメリアが、手に持っていたスプーンを静かに皿に置いた。そしてすこぶる真顔で、重々しく話を切り出す。


「……兄さん」

「どうした?」

「話が通じないの」

「何の話が?」

「今日が初日だったんだけど、ぼちぼちお客さんが来てくれたのよ」

「それは良かったな」

 緊迫感溢れる口調に、一瞬何を言われるのかと身構えたサラザールだったが、少なくとも閑古鳥ではなかったのが分かって安堵した。しかしアメリアの口調が、徐々に険しいものへと変化していく。


「咳止めは一種類しか存在しないで、好きなだけ飲んで良いと思っている人とか、全然違う症状なのに、膏薬を隣近所で貸し借りしている人とか、子ども用の薬の余った分を、目分量で分けて他の兄弟に飲ませている人とか、いつ購入したのか分からない古い薬を飲んでお腹を壊した人とか……。他にも何人か来たけど、全員が全員、訳が分からない人ばかりで!」

 思わずアメリアが声を荒らげたところで、サラザールが控え目に疑問を呈した。


「その……、アリシア? 俺は竜の国にいた頃から滅多に体調は崩さないし、薬も殆ど飲んだ記憶はないが、今の話、色々拙いんじゃないのか? 薬っていうのは飲めば飲むほど効くとは限らないし、下手すると身体に対して害になるんじゃないのか? それに同じような症状でも、人によって肌が弱いとか持続性がある薬が良いとか個別に選んだ方が良いと思うし。それに兄弟で同じ時期に体調を崩しても、違う薬が必要な場合だってあるだろうし、体格が違うなら薬の量も厳密に調整する必要がありそうだしな。それに最後の、いつの薬か分からない物を飲むって、どういう事なんだ? 意味が分からないんだが……」

 本気で首を傾げている兄を見て、アメリアは救われたような表情になって力強く頷く。


「そうだよね!? 兄さんだって、そう思うよね!? だけど皆、そうじゃなかったのよ! もう薬に対してだけじゃなくて、医療全般に対しての意識が低いというか、なんというか!?」

「それは大変だったな。だが、どうしてそんな事になっているのか……」

 その疑問に対し、アメリアは深い溜め息を吐いてから、忌々しげに推論を述べる。


「これは推測だけど……。薬師の技量か意識か、またはその両方のレベルが、長年のうちに低下していたんだと思う。その未熟な人が、患者に対して適切な指導や治療を行ってこなかったんじゃないかしら?」

「薬師の適当で曖昧な仕事ぶりに、長年の間に人々が慣れたというか、そういうものだという意識が構築されたと?」

「そうじゃないかと思う」

「だが、アメリア。それは少し暴論過ぎないか? 仮にそうだとしても、今までこの付近の住民に薬を出していた薬師がたまたま能力が低かっただけで、他にも数多くの薬師がいるだろう? その全員が同様だとは思えないが……」

「薬師がどうの、組合がどうの、医師への上納金がどうのと寝言ほざいてる連中よ? 全員が全員とは思いたくないけど、そういう手合いが殆どなんじゃない?」

「そうは言ってもな……」

 半ば投げやりに口にするアメリアに対し、何と言えば良いか、サラザールには判断できなかった。そのまま気まずい沈黙が少しの間漂ったが、それをアメリアの低い笑いが打ち消す。


「うふふふ、向こうの常識はこちらの非常識……。上等じゃない。こうなったら徹底的に、皆の意識改革からやってやる。訳の分からない患者ども、どこからでもかかって来い! きっちり治療してしっかり薬を飲めるように教育してあげるわよっ!!」

「……アメリア。薬師の仕事は決闘じゃないからな?」

 何やら座った目で黙々と食べ進める彼女を見ながら、サラザールは更なるトラブルの予感に盛大に溜め息を吐いたのだった。






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