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竜の薬師は自立したい  作者: 篠原 皐月
第2章 世知辛い世間

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(2)過保護な兄姉

「ええと……、サラザールが連絡してきた住所だと、この辺りのはずだけど……」

 受け取っていた手紙を確認しつつ、リリアが周囲を見回していると、どこからか聞きなれた声が響いた。


「アメリア! こっちだ!」

「兄様!」

 リリアと共にアメリアが声がした方に目を向けると、王都警備隊の制服を身に着けたサラザールが駆け寄って来るのが目に入る。それと同時に、アメリアは兄に駆け寄って抱きついた。


「兄様、久しぶり! 元気だった!?」

「ああ、勿論だ。アメリア、少し見ない間に大きくなったな」

「一年ちょっとしか離れてないのに、そんなに劇的に大きくなったわけないでしょう? どんな小さな子どもよ」

「そうか? とにかく、元気そうで何よりだ」

 感動の久しぶりの再会を済ませたアメリアは、サラザールの服装が警備隊の制服なのではないだろうかと見当をつけ、怪訝に思いながら尋ねる。


「ところで兄様、今日はお仕事じゃなかったの? リリアが、家の鍵を受け取っているから、兄様が仕事から帰る前に着いたら、それで中に入らせて貰うつもりだと言っていたけど」

「休みではないが周囲の連中に魔術をかけて、俺がいつも通り仕事しているように暗示をかけてきたから大丈夫だ」

「どこが大丈夫なのよ、どこがっ!!」

 サラザールが胸を張って答えた途端、ここまで黙っていたリリアが盛大に噛みついた。そこで初めて気がついたように、サラザールが彼女に視線を向ける。


「……なんだリリア。いたのか」

 リリアはその物言いに切れそうになりながらも、ここが人通りのある往来であるのを忘れたりはせず、精一杯声を抑えながらサラザールを問い質した。


「ええ、いましたとも。アメリアを送って来ましたから。ところで、さっき職場の同僚達に魔術を行使して、職場放棄してきたと聞こえたのだけど? 人間達に不審がられないように、日常生活では不必要に魔術を行使しない取り決めになっているわよね? まさか忘れたとは言わさないわよ?」

「勿論忘れてはいないし、厳守している」

「仮にも王族が、どの面下げて厳守しているとほざくわけ?」

「アメリアの出迎えのために職場を抜け出すのは、当然の行為だ」

「相変わらずのシスコン野郎ね!! エマリール様に報告するわよ!?」

 しれっとして答えたサラザールの胸倉を掴み上げながら、リリアは憤怒の形相で恫喝した。傍から見れば二十代前半の美男美女の痴話喧嘩であり、行き交う人々が興味深そうに視線を向けてくる。立ち止まって事の成り行きを見守ろうとする者達も現れ、アメリアは焦りながら二人に声をかけた。


「リリア、落ち着いて!! ここだと人目につくから!!」

「全くだ。相変わらず落ち着きがない奴だな」

「誰のせいだと思ってるのよ!?」

「にっ、兄様! 家に案内してくれる!? 落ち着いて話がしたいし!」

「そうだな。じゃあ、ついて来てくれ」

「うっ、うん! リリア、一緒に来てくれる? ここまで送って貰ったし、お茶でも淹れるから少し休んでいって」

 必死の面持ちで言われた台詞に、さすがにリリアの頭も冷えた。アメリアを困らせるのは本意ではなかったため、取り敢えず怒りを抑えてサラザールの服から手を放す。


「そうさせて貰いましょうか。このまま飛んで帰ったら、途中で腹立ちまぎれに森の一つも吹き飛ばしそうだものね」

 微妙な空気を醸し出しつつも、取り敢えず三人は並んで歩き出した。



「さあ、ここだ」

 サラザールが足を止めて、目の前の建物を手で指し示した。アメリアとリリアは、その奥行きがありそうな二階立ての建物を眺める。


「あ、店舗も兼ねているのね。便利だわ」

「そうね……。周囲に色々な店が揃っていて人通りも十分だし、ざっと見たところ薬師所はなさそうだし、立地条件としてはなかなかじゃない?」

「ケチをつけたくてもつけられなくて、悔しがっている感じだな」

「いちいち五月蠅いわよ」

 茶化すようにサラザールが口にし、リリアが面白くなさそうに言い返す。しかしアメリアは、そんなやり取りなど耳に入っていない様子で、目の前の建物を見上げていた。


「ここが、私の薬師所か……」

 感動と期待に胸を震わせているらしいアメリアを眺めた二人は、次いで互いの顔を見合わせて苦笑いした。そして二人同時に軽く左右の肩を叩きながら、優しく言い聞かせる。


「アメリア。俺は勿論、お前の薬師としての活動を応援するし、できるだけの援助はする。だがな、どうしても無理だと思う事があったら、それ以上は頑張らなくて良いからな?」

「私も、必要な物があれば手配するし、相談事があったらいつでも頼って構わないわ。もし万が一竜の国に帰りたくなったら、恥ずかしがったり引け目に思う事なんてないんですからね?」

 どう考えても過保護に思える台詞を、アメリアは嬉しく思うことはあっても煩わしくは思わなかった。そして本心から心配してくれている二人に、心からの感謝を述べる。


「二人ともありがとう。頑張ってみるけど、どうしても駄目だったら、その時は遠慮なく戻らせて貰うね」

「そうしろ」

「そうしなさい」

 異口同音に告げた兄と姉に、アメリアは内心で(そんな事はないと思うけど)と思いつつ小さく頷いたのだった。






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