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青山くんは喋る、冬って嫌いだと



 冬の雨は、どこか春の湿気を含んでいた。

 入試の日から二週間が過ぎ、もう二月も終わろうとしている。

 公立高校の合否結果報告会を終えた塾は閑散としていて、いつもだったら誰かしらが自習をしている部屋もいまは空っぽだ。

 窓を打ちつける大粒の雨を眺めながら、私はまた一つ最後を迎えようとしていた。



「ごめん、お待たせ、本田さん」



 少し薄暗い教室。

 私の右隣りに、すらりとした長身の少年が立つ。

 いつの間にか髪を切ったのか、形のよい額が目立つ青山くんは、どこか疲れた様子だった。


「今日でこの塾に来るのも、最後だね」


 うん。そうだね。

 私は短い言葉を返す。

 青山くんには訊いておきたい事が、本当はいくつかあった。

 でも、今は私の方から問いかけるべきじゃない。

 いくら鈍い私でも、それくらいは理解していた。

 

「たぶん俺さ、本田さんがいなかったらこの塾入ってなかったと思う」


 いつからだったんだろう。

 どこからだったんだろう。

 私には分からなかった。

 でももしかしたら、それは青山くんも同じかもしれない。

 気づいた時には、もうすでに落ちているんだ。

 それは高校入試より、よっぽど難解な問題だった。


「俺さ、鈴井に告白されたんだ。でも、鈴井とは付き合えないって言った」


 雨の勢いは緩む気配がない。

 チクリと、心に鋭い痛みが走る。

 正解とか、不正解とか、そんなんじゃない。

 私たちはいつだって、なにかを選んでは、なにかを選ばないでいる。


「俺、前に言ったよね? 好きな人がいるって。俺の好きな人はさ、鈴井じゃないから、付き合えないって言ったんだ」


 もし、隣りにいたのが青山くんだったら、結末はなにか変わっていただろうか。

 まだエンディングも見ていないのに、私はもうイフを探し始めている。

 同じ道を、私も辿るかもしれない。

 今から私が見るものは、この先で私を待ち受けるものと同じかもしれない。

 焼き直しになってしまうかもしれない光景を、私はたぶん今から見ることになる。



「俺の好きな人ってさ、本田さんなんだよね。だから俺とさ、付き合ってくれないかな?」



 私なんかよりよっぽど頭の良い青山くんは、とっくのとうに答えなんて知ってるみたいな瞳で、真っ直ぐとこちらを射抜く。

 そういえば結局、青山くんはどこの高校を受けたんだろう。

 

 ――無知な私は、そして答えを返す。

 

 物知りな青山くんは特に驚くこともなく、冬の終わりを告げる雨を見仰いで、穏やかに微笑む。



「……志望校、下げといて正解だったな。なんとなく、第一志望は通らない気がしてたんだ」



 なんか俺、冬って嫌いだなぁ、って青山くんは喋ると、私の右隣りから歩き去って行く。

 風の吹かない教室は、やけに肌寒い。

 いっそ冷たい雨の中に飛び込んで、発熱を促した方がましかもしれない。 



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