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横尾くんは語る、猫好きの女は流されやすい性格をしていると



 朝学校に登校した後、ホームルームが始まるまでの僅かな時間にまだほとんど寝起きから変わっていない頭を目覚めさせようと適当にそれっぽいツボ押しをしていた。

 親指の付け根辺りとか目の側面付近とかだ。

 そんな風に心地良い刺激を身体に自分に与えていると、やがて私の隣りの席にやけに汗だくの男子生徒がやってきた。

 珍しく私より遅く学校にやってきた横尾くんだった。



「もしかしたら今日、僕は死ぬかもしれない」



 ……は? 

 すると開口一番、横尾くんは追い詰められた表情でそんな物騒な事を口にした。

 いったいどうした。ぱっと見る限りいたって健康体に見えるけれど、どこかの新世界の神に喧嘩でも売って来てしまったのだろうか。


「朝起きた時、窓のカーテンが開いていたんだが、そこから黒猫が横切るのを見たんだ。黒猫は不吉の象徴。僕は死ぬかもしれない」


 僕は死ぬかもしれないと、横尾くんは繰り返して言うが、急速に私の感心は薄まっていった。

 彼は変なところで迷信深いというか、占いみたいなものを信じやすい性格だった。

 でもだからといって黒猫を見ただけで命の心配をするとは。これは重症だ。厄年になったら一年中不幸に怯えながら過ごすつもりだろうか。


「黒猫が不幸を運ぶという伝説には諸説あるが、最もポピュラーなのは中世ヨーロッパの魔女狩りだろう。魔女が使うとされる邪悪な魔法の中でも変身はよく知られている。その魔女が変身する対象として黒猫が考えられていたんだ。黒といった夜や闇を思わせる色に、猫というどこか神秘的で何を考えているのかわからず、人間に従うことのない動物の組み合わせは、魔女のイメージにぴったりだった」


 そこまで詳しくてどうしてこの人は黒猫を一目見ただけでここまでびくびくしているのだろう。ここは二十二世紀の現代日本だというのに。

 

 大丈夫だよ。横尾くんは死なないよ。


 私はとりあえず元気づけておく。今日一日中隣りの席のクラスメイトに死に怯えられても困る。


「他人事だと思って適当に慰めないでくれ。あれが本当に魔女だったらどうするつもりだ?」


 ただの黒猫だよ。毛の色が黒いだけの、ペットショップで寝転がってる猫と同じ。

 まったくこの男はこれまで黒猫の一匹も見たことがなかったというのか。私は黒猫よりいよいよ間近に迫ってきた受験の方がよっぽど怖い。どこも受からなかったらどうしよう。

 

「やけに黒猫の肩を持つじゃないか。まさか君も魔女なのか? それとも猫好きか?」


 べつに私は猫好きじゃないよ。どっちかというと犬派。

 そもそも黒猫の肩を持つってなんだ。時々横尾くんは変な日本語を使う。


「そうか。それは意外だな。僕の統計によれば、猫好きの女は流されやすい性格をしている。一見受け身体質に見えるが、たしかに君は押しが強い一面もあるものな」


 横尾くんは少しだけ驚いたような顔をしている。

 ちなみに何の動物も飼ったことのない私が猫より犬派なのは、単純に顔が好みだからだ。お散歩とかは好きじゃない。欲をいえば犬の顔と性格をした猫がいればベスト。


「猫はよくも悪く人に影響されにくい。よってもしコミュニケーションを取ろうとすると基本的に猫主導になってしまう。悪くいえば振り回されるのが当たり前になるわけだ。そんな自分勝手な代わりに手間のかからない動物を好んで飼うのは、面倒くさがりな寂しがり屋しかいない。君は面倒くさがりではあるが、寂しがり屋ではないということなのだろうな」


 なぜか私の人格分析をすればするほど横尾くんは調子を取り戻していく。

 猫なんて可愛く思える程の気分屋だ。たしかにこの人は自分勝手なわりに手間はかからなそうだ。


 あ、黒猫。


 私をだしにしてメンタルを回復されるのも癪なので、ちょっとした意地悪をしてみる。

 もちろん黒猫はどこにもいない。いたとしてもどうでもいい。



「なにっ!? や、やはり、僕は呪われているのか? ああ、なんとも短い生涯だった……叶うのならば天寿をまっとうする前に彼女の一人くらいつくってみたかった」



 横尾くん、本音漏れてるよ。


 慌てて窓の外をきょろきょろ見回す横尾くんを見て眠気のなくなった私は、朝からとても幸せな気分だった。





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