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横尾くんに語る、秋の終わりを



 文化祭二日目。

 いよいよあと数分で、私の中学校での部活動が終わる。

 体育館の舞台袖で、私は手作りの衣装の皺を伸ばしながら、なんだか感慨深い思いに浸っていた。



「なにもう終わった、みたいな顔してるんですか、本田先輩。もうすぐ出番ですよ」



 化粧と貴族令嬢のような格好のせいか、いつもより大人っぽく見える藤森後輩がジトッとした目つきでこちらを睨んでくる。

 そっか。私にとっては最後の舞台でも、彼女にとっては初めてだ。

 私は若干緩んでいた心の帯を締め直す。

 先輩として、しっかりリードしてあげないと。


「ほら、もう行きますよ、本田先輩」


 うん。行こう。最高の舞台にしようね。

 

「きゃっ!? な、なにするんですか!?」


 私は激励のつもりで藤森後輩に抱き付いてみる。

 すると思った以上に身体が冷たく、僅かに震えている。


 緊張、してるみたい。そりゃそうか。初めてだもんね。


 私は先輩面して、藤森後輩の頭を撫でまわす。


「……頭触らないでください。セットが乱れるんで」


 素直になれない可愛らしい後輩と一緒に、私は舞台に出ていく。

 もうそろそろ秋が終わる。

 秋が終わったら、すぐに冬が来るのだから。






 演劇部の公演は順調に進んでいっている。

 お客さんの入りも上々だ。

 私が演劇部に入ってから、一番のお客さんの数のような気がした。

 もしかしたら、メインヒロインの藤森後輩が意外に人気者なのかもしれない。



「“それで、どこに連れて行ってくれるの?”」



 時計の前で待っている私に、藤森後輩が声をかけてくる。

 もちろんこれは彼女が担当するローズというキャラクターとして台詞だ。

 男装の私は彼女の手を引いて、こっちこっちと笑いながら舞台の端から端へと移動する。


 “君に本当のパーティを教えてあげるよ”


 当然これは私じゃなくて、私が演じるジャックという主人公としての言葉だ。

 一等客室で息の詰まるつまらないパーティを終えた私たちは、これから三等客室で最高の時間を過ごす。


 “ほら、踊ろう”


 私と藤森後輩が向かった先では、他の演劇部の部員たちがそれぞれ思い思いに踊っている。

 アイルランドの音楽が流れ出し、形式もなにもない、どこまでも自由なダンスを踊る。

 物語の中では、ジャックとローズは身分の違う、本来は決して結ばれることのない存在だ。

 だからこの後、最終的には悲劇に話は向かって行く。

 だけど、今だけは関係ない。

 私たちはただ、何も考えずに、愛する人と踊るだけ。



『まさか、君がこんな上手に踊れるとは思わなかった……おっとっ!? 危なすぎる! 足首を怪我しそうだよ!』



 脳裏に浮かぶのはもう、ジャックとしての台詞じゃない。

 それはつい昨日、私の身体に染み渡ったばかりの、嘘みたいな時間の残滓。


 “もうサッカー部引退したんでしょ? なら怪我してもいいじゃん”


 私は彼の手を取り、知らない曲を聴きながら、今と同じ様に身体を揺らしていた。

 終わりなんて、悲劇なんて、どこにもない優しい物語を紡いでいた。


『……僕、まだまだ君のことを知らなかったみたいだ。知らないことばかりだ。三年間も一緒にいたのに』


 ぎこちなく踊るあの人は、どうしてか今にも泣きそうな顔をしていた。

 私には分からなかった。どうして彼がそんな風に悲しそうにしているのか。


 “私も知らなかった。横尾くんがこんなに踊りが下手だったなんて。三年なんて短いよ。すぐに過ぎていく”


 手を取り合い、呼吸を合わせ、くるくると独楽こまみたいに回る。

 きっといつか、今みたいに、楽しいだけじゃだめな時がくる。

 でも今だけは、せめて今だけ、全てを忘れて踊っていたいと思った。



『……ああ、やっぱりだめだな。僕はやっぱりだめみたいだ。諦めることなんて、できない』



 涙を堪えるその人は、溜め息と一緒に頬を緩める。

 何を諦められないの? って訊いても教えてくれない。

 彼はただ微笑んで、静かに踊るだけ。



 “そろそろ、秋が終わるね”



 始まりのない物語がないように、終わりのない物語だってありはしない。

 出逢いがあれば、別れがある。

 どんなに私が抗おうと、上手にダンスを踊ったって、いつか演奏は止んでしまう。


 

『そうだね。もうじき冬がくる。……もう、冬がくるんだ』



 また一つ季節が移り変わる中、私たちは最後のダンスを踊る。


 秋が終われば、もう冬が訪れる。


 物語の終幕は、すぐそこまで迫って来ていた。







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