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私は振りかえる、あれは美咲にまだ彼氏がいなかった日のこと



 季節も十月に入り、秋に慣れだした頃。

 クラスも中学校生活最後の文化祭が間近になってきたということで、どこか浮き足だった雰囲気だ。

 私たちの四中ではクラスで出し物をするというわけではなく、学年でやることが幾つか決まっていて、それぞれに役割を振り分けられるといった方式をとっていた。

 去年はたしか、展示物の作成班に私はいたはず。

 じゃあ、一昨年はなにをやったっけ。

 私はまた二年前を振りかえる。

 ここ最近、私は二年前を振りかえる癖がついていた。



『ねーねー、横尾とメグちゃんは文化祭、何班を狙う感じなん?』



 斜め後ろの席から、剽軽な声がかかる。

 振り返ってみれば、肩まで髪を伸ばして、前髪をヘアピンで止めている痩せ気味の少年が身を乗り出していた。

 彼の名前は高橋光太郎たかはしこうたろう

 中学校に入ってから知り合ったクラスメイトの一人だ。


『僕は音響・照明班に行くつもりだよ。どう考えても他の班に比べて労力が少なそうだからね』


 私の左隣りに座る横尾くんは、うんざりした様子を見せている。

 どうも彼は文化祭に塵ほども興味がないらしい。


『横尾やる気なさすぎ。まじウケんね。でもたしかに横尾が演劇班とか行くのは想像つかんわー』


 高橋くんは、おれはどうしようっかなー、とりあえず横尾と被るから音響・照明以外にすっかなー、と思案気に唇を尖らせている。

 中々に失礼な発言をしている気がしなくもないけれど、本人のあっけらかんとしたキャラクターのおかげか、そこまで嫌味には聞こえなかった。


『それでそれで? メグちゃんは? やっぱ演劇班? メグちゃんたしか演劇部だもんね』


 ううん。私は演劇部の方でやるから、学年の方には出ないつもり。

 こっちでは衣装・小道具作成班に行こうかなって思ってる。

 私は少し悩んだ後、高橋くんにそう答える。

 まだ私は一年生だけど、我が四中演劇部は万年部員不足ということもあって、私は準メインくらいの役を受け持っている。

 さすがに一年生で、劇を二股するのはちょっと力不足かなと考えていた。


『なんだー。でも演劇部の方には出んだよね? ならいっか。そっちおれ観に行くわ!』

『君は演劇部だったのかい? へえ、人は見かけによらないものだね。君はどちらかといえば人前に立つのは苦手なタイプだと思っていたよ』


 横尾くんは意外そうな顔をして、目を大きくしている。

 たしかに私は目立つのが得意な方じゃない。

 でも、だからこそ、せっかく中学生になったんだし、これまでの自分なら絶対にしなかったことに挑戦しようと思ったのだ。 


『そういえばさ、メグちゃんは辻村と仲良いよね? 辻村は何班行くのか知ってる?』


 すると、高橋くんは唐突に美咲の名前を出す。

 

 美咲はたしか声がよく通るから、というシンプル過ぎる理由で先生に演劇班にスカウトされていたはず。

 

 どうしてそこまで美咲と交流があるわけでもない髙橋くんが気にするのか分からなかったけれど、とりあえず私は自分が知っていることを教えておいた。


『なんだ高橋? お前、まさかあの辻村に気でもあるのか? もしそうなら、僕とは全く趣味が合わないな』


 横尾くんがからかうように口角を片方だけ吊り上げる。

 しかし、いつもにへらにへらしている高橋くんは、珍しく真面目な顔をしたままだった。



『うん。おれ、実は辻村のこと、好きなんだよね。だから同じとこ行きたいなって思って』



 へ? と間抜けな声を漏らしたのは私じゃなくて、隣りの横尾くんの方。

 冗談のつもりで投げたボールが、まさかど直球で打ち返されるとは思わなかったのだろう。

 でも驚いたのは私も同じ。

 まさかこのタイミングで、しかも私たちにこんなカミングアウトをしてくるなんて。


『た、高橋お前、本気か?』

『おう。おおマジよ。おれってば、こういうので嘘とかつかんし』

『だとしても……あんまりそういうことは口にしない方がいいんじゃないか……?』


 いつもの横尾くんの減らず口が、ぴたりと止まる。

 堂々と自らの想い人を口にした高橋くんに対し、むしろ横尾くんの方が恥ずかしそうに視線を右往左往させていた。



『なんで? おれは辻村が好きなんだ。何も恥ずかしくないし、むしろ隠す方がダセェじゃん?』



 躊躇いなくそう言い切る高橋くんは、ちょっと私にもかっこよく見えた。

 まだ今の私には好きな人とか、そういった対象はいない。


 でも、もし私にもそこまで大切に想える人ができたら、高橋くんみたいに堂々とできるだろうか。


 私は未来の自分に期待する。どうか逃げないでいてくださいと。


 

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