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静は探ってくる、お土産はなにがあるのかと


 二泊三日の修学旅行を終えて、私はちょうど家に帰ってきたところだ。

 ただいま、と玄関口で喉を震わせる。

 関東から関西への長距離移動の疲れか、どことなく肩が重い。



「あ、お姉ちゃん、おかえりー。京都はどうだったー?」



 すると予想外にも、私を迎える声が返ってくる。

 まだ私と同じ様に制服姿の静がひょっと顔を出して、無表情のままこちらに軽く手を振っていた。

 共働きの両親はどちらも不在のようだけど、妹は部活が休みだったのか早めに帰って来ていたらしい。


「お土産なにがあるの? わたしは甘味系がいい」


 物怖じしないというか、基本的に図々しい性格の静はさっそくお土産をせびってくる。

 一緒にリビングに入りながら、私はざっと買ってきたお土産をダイニングテーブルの上に広げて見せた。


「え? なんか生八つ橋多くない? 生八つ橋だけで四種類くらいあるじゃん」


 まあ一応、家族分買おうかなと思って。

 ごそごそとお土産を物色しながら、静は自然な感じにけちをつけてくる。

 私の妹は本人に悪気はないけれど、わりと簡単に他人の心に刺さる言葉を突きつけてくるタイプだった。


「ニッキっていうんだっけ? とにかくこの普通のやつと抹茶味はわかるけどさ、塩味と蜜林檎味ってなに? よく見つけたね、こんな味の生八つ橋。センスえぐい。というか一人一袋もいらないでしょ、量的に。まあいいけど。あ、わたしはこの普通のやつ貰うね」 

 

 グサグサとただでさえ弱っている私の心をめった刺しにする妹。

 でも本人の顔はけろっとしていて、やはりまるで何も気にしていないのがわかる。

 ナチュラル畜生という奴だ。


 ……これ、本当は生八つ橋って名前じゃないらしいよ。生八つ橋っていうのはこれの皮だけのやつのことで、餡が入ってるのは生八つ橋って呼ばないんだって。


 ちょっとした反撃のつもりで、私は静に生八つ橋に関する蘊蓄うんちくを語る。


「へー、そうなの? 餡入りのは生八つ橋じゃないんだ。知らなかった。じゃあ、こういう餡入りのはなんて名前なの? 餡入り生八つ橋?」


 色んな意味で鈍い静は、私の知識自慢も特に気にすることなく、純粋に好奇心に満ちた顔で質問を重ねてくる。

 私の妹はこういった性格だから、なんだかんだで姉妹の間で喧嘩が起きることはめったになかった。


 餡入りの生八つ橋はお店によって名前が違うんだってさ。


 私は素直に静の質問に答える。

 でもその瞬間、今だけは思い出したくない顔が脳裏をよぎって、心が締め付けられるような痛みを感じる。



『京都といえば今僕らが食べているアイスの味の宇治抹茶以外にも、生八つ橋が有名だけれど、これは皮だけのものを指す名称で、正式には餡入りのものは生八つ橋とは呼ばないんだ。生八つ橋を売っているお店によって、ひじりだったり、夕子ゆうこだったり、おたべだったり呼び方が変わるんだよ』



 結局修学旅行中、あの人と会話をしたのはたったの一度だけ。

 それなのに、思い出すのはあの数分間のことばかり。

 募るのは後悔。

 記憶にあるのは寂し気な別れ際の姿。

 

「じゃあお姉ちゃんが買ったこの餡入り生八つ橋はなんて名前なの?」


 これは聖護院のやつだから、聖だよ。

 私がそう答えると、たしかになんとなく聞いたことがある、と静は感心したように目を丸くする。

 あの人が買った餡入りの生八つ橋は、なんていう名前だったんだろう。



『君がやけに遠くに感じてしまってね』



 持って帰ってきたお土産は、私の心には少し多すぎた。

 手を伸ばせば届く距離にいるのに、手を伸ばせないのは、きっと肩じゃなくて、心が重いからなんだろなって、そう思った。




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