鈴井さんは嘲る、他に好きな人ができちゃったからと
京都修学旅行といっても、二泊三日の間ずっと京都にいるわけではなく、一日目は基本的に奈良の方を観光した。若干京都のおまけで奈良に寄った感じで、奈良県民の人ごめんなさいってちょっと思う。
東大寺とかにいって、厳かな雰囲気を味わったりしたけれど、奈良で記憶に残っているのはやっぱり鹿。
奈良公園の鹿の数には驚いた。鹿が沢山いることはもちろん事前に知っていたのだけど、なんというか想像以上にたくさんいた。
あの鹿たちは夜とかどんな感じで暮らしてるんだろう。
世界中でも、これほどの数の鹿と比較的安全に戯れることができるのは、日本の奈良公園くらいらしい。
外国人観光客の鹿に対するテンションの高さがとても印象深かった。
「くぅーっ! とりあえず今日はもう終わりだーっ! でもまだ全然眠くないぜぇい!」
そして今は一日目の行程を全て終えて、京都の方の宿でもう就寝準備をしているところだ。
夕食も食べ終わったし、お風呂にも入っちゃったし、あとは本当にもう寝るだけ。
普段の運動不足のおかげか、私は謎に興奮状態の美咲とは違っていつでも眠りにつくことができるコンディションだった。
「ちょっとぉ、美咲っちテンション高くなぁい? 寧々もう疲れたから、あんまり大きな声ださないでよぉ。頭に響くぅー」
「はぁ!? なにいってんの鈴井! 夜はまだこれからじゃん! うちがそう簡単にあんたらを寝かせると思う!?」
「え? 私たち、寝かせてもらえないんですか……?」
普段はどちらかといえば賑やかな人側の鈴井さんですら、美咲の勢いについていけていないでいる。
渡辺さんも困惑、というより若干怯えた表情だ。
私は親友としてなんだか恥ずかしくなってきた。
「やっぱり修学旅行の夜といえば……恋バナでしょ!」
あ、私ちょっとトイレに……、
「はいメグ。逃がしませーん。ささ、とりあえずここに寝転がって? ね?」
不穏な気配を感じ、部屋から抜け出そうとした私の腕を、美咲ががっちりと掴んで離さない。
さすが運動部。演劇部の軟弱な抵抗ではびくともしない。
私は諦観に膝をつき、ふわふわ羽毛布団の上に身体を投げ出した。
「ほらほら、鈴井も渡辺さんもこっち来て。ぐふふっ、昂ってきた」
いったいどこに昂る要素があるのか。
たぶん私たちの学校で一番、修学旅行を堪能しているのは美咲な気がする。
「ねぇねぇ、なんか今日の美咲っち怖いというかキモくない? キモいよね? ホンアイもそう思うでしょ?」
「おいこら鈴井。聞こえてんぞ」
猿のように歯茎を見せて、美咲は威嚇している。
怖いというよりキモいというよりアホっぽかった。
「それでそれで? 鈴井んとこはどうなのよ? 二組の木下とは上手くやってんの?」
あ、これはまずい、と私は思った。
案の定、鈴井さんの眉が若干不愉快そうに曲がる。
どうしてこの私の親友は、真っ先に地雷を踏み抜くのだろうか。
「……寧々、もうゆーまとは別れたから」
「……え? まじ?」
「ゆーまって木下さんのことですよね? そうだったんですか……知らなかった」
私はたまたま木下くんと話す機会があって、二人が別れてしまっていることをすでに知っている。
だけどこの様子だと、あまり他の人には知られていなかったみたいだ。
「うっそでしょ!? いつ!? いつ!? 別れたのっ!?」
「うーん、まあ、わりと最近かなぁ」
「というかどうして!? なんで別れたの!? 超お似合いだったじゃーん! 人気者同士だし!」
「なんでって言われてもなぁ。ただ寧々、もうゆーまとは、付き合えないなぁって思って」
「えー? なにそれ。鈴井酷くない? つかそれ鈴井から振ったってこと?」
「ま、そうなるかなぁ。ゆーまには悪いと思ってるけどねぇ。でも寧々さ――」
ショックを隠せないといった様子の美咲に対し、鈴井さんは飄々とした面持ちを変えない。
すっとその時、鈴井さんの瞳が私の方を向く。
一見冷たいようで、その奥底には真っ青な炎が灯っていた。
「――他に好きな人、できちゃったから。その人を振り向かせることに、集中したいんだぁ。たとえ今その人が、寧々じゃない他の人の方を向いててもね」




