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横尾くんは語る、そして今年はと


 塾が終わり帰路に着いていると、美咲から私のケータイに連絡がきた。

 なんと四中サッカー部は準決勝に勝ち、県大会の決勝戦進出を決めたらしい。

 すごい。これで明日はいよいよ決勝戦。決勝に勝てば全国大会出場になる。

 そこまで名の知れた強豪ではないはずなので、ふつうに快挙だと思う。

 当事者でもないのに私は胸がどきどきして来てしまう。



「……あれ。君は……」



 その時、背中に少し息切れしたような声がかかってくる。

 高鳴っていた胸がまた一つ大きく飛び跳ねる。

 振り返ってみれば、そこにはスポーツウェア姿の横尾くんがいた。


「じゅ、塾の、帰りかい?」


 う、うん。横尾くんは?

 学校の外でこうやって二人で横尾くんと会うのはもしかしたら初めてかもしれない。

 なんだか自分が自分じゃないような気がして、意味もなく恥ずかしい気分になる。


「なんだかじっとしていられなくて、ちょっと走ってたんだ。本当はクールダウンしとかないといけないんだけどね」


 そうなんだ。そういえば部活の大会どうだった?

 私はすでに美咲から結果を聞いているのに、なぜか知らないふりをして尋ねてしまう。

 

「勝ったよ。明日は決勝だ。なんだかまだ実感がないよ」


 いつもの自慢げな表情をするかと思ったけれど、案外横尾くんは落ち着いた様子だった。

 たしかにまだ決勝戦が残っている。

 浮かれているのは私みたいな部外者だけかもしれない。


「二年前は調子が良くてさ、僕は一年生ながらもチームのレギュラーメンバーだった。だけど二年生になった辺りで少し調子を崩してね、一年間ずっとベンチで試合に出たり出なかったりしてたんだ」


 横尾くんは静かに回想を語る。

 夏の夜風は湿気を多分に含んでいて、私たちの頬をゆっくりと撫でていく。


「だから去年の今頃は想像もできなかったよ。自分がまた試合に出るようになって、しかも県大会の決勝の舞台にまでいけるなんて」


 横尾くんは穏やかに目を細める。

 今でこそ四中のエースなんて呼ばれているけれど、私の知らないところで横尾くんも苦労をしていたみたいだ。


 私、明日、応援に行くからね。


 想像以上に上擦った声。 

 ふいを突かれた横尾くんは、いつもは半分程度しか開けていない目を大きくする。


「あ、ありがとう。そういえばそんなことを言っていたね。……そうか。応援にきてくれるのか」


 お得意の憎まれ口を叩くこともなく、横尾くんは素直に感謝の言葉を口にする。

 私が応援に行ったところで、何かが変わるわけじゃない。

 というかわざわざ宣言する必要もなかった気がする。

 

「今思えば、一年生ながら試合に出れてた時も、君と同じクラスだった。調子の悪かった去年は君とは違うクラス」


 答えを見つけた、みたいな顔をして横尾くんは、真っ直ぐな瞳を私に向ける。

 最近私はよく二年前のことを思い出す。

 どうしてか去年のことは上手く思い出せないことばかり。

 


「そして今年は、君がいる」



 ありがとう、いてくれて。じゃあ、僕は行くよ。また明日。

 簡単な挨拶を残して、そして横尾くんはまた走り去って行く。


 今年は君がいるけど、きっと来年は。


 私の胸がチクリと痛む。

 身体中に熱がこもっていてやけに息苦しいのは、夏の夜を駆け抜けていく横尾くんも同じだろうか、なんてことを想う。




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