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横尾くんは語る、地球が生んだ熱水を身体が求めていると



 冷房の効いた部屋で、私は面白くもなんともない仏頂面の化学式を眺めている。

 とうとう前期が終わって夏休みを迎えたにも関わらず、私は冷房の効いた教室に閉じこもっていた。

 なぜなら私は受験生だから。

 家で一人でいても勉強をしないことを見抜かれた私は、両親からの強い勧めもあり学校と塾の夏期講習をどちらもいけるだけいけるように予定を組んでいたのだ。

 中学一年生の妹は、今日は友人たちと海水浴に行っているらしい。

 羨まし過ぎる。私もせっかくの夏だし、夏っぽいことをしてみたいよ。

 


「やっぱり夏といえば温泉だ。僕は温泉に入りたくて仕方がないよ。地球が生んだ熱水を身体が求めている」



 しかし、どこの世界にも変わり者はいるものだ。

 夏といえば温泉。

 私の考える夏っぽいことリストに全く入っていない願望を口にするのは、左隣りに座る横尾くんだった。


「なんだ? 夏は暑い。暑いと汗をかく。汗を流すなら温泉。夏になると温泉に入りたくなるのは当然だろう?」


 まったく当然じゃないと思う。

 私が微塵も同意のそぶりを見せないと、横尾くんは心底不思議そうな顔をしていた。

 だけど横尾くんも夏期講習に真面目にでてるってことは、なんだかんだで根が真面目なんだね。


「もちろん冬に入る温泉も嫌いではないけれど、夏の温泉もまた格別じゃないか。もしかして君はそこまで温泉が好きじゃないのかい?」


 うーん、嫌いってことはないけど、特別好きってほどでも。私すぐのぼせるし。

 家でも湯船に浸かることはそれなりにあるけど、毎日ではないし、浸かったとしても私は五分くらいであがってしまう。

 身体の芯が暖まる感覚は嫌いじゃない。でもあの脱水して、少し目が回るような感覚はそこまで好きになれなかった。単純に体力がないのかもしれない。


「驚いたね。まさかこの日本に温泉を好きじゃない人間がいるなんて。この前みた映画の中では、古代ローマ人ですら喜んで浴槽に浸かっていたのに」


 へー、古代ローマ人もお風呂入るんだ。

 私が気のない返事をすると、横尾くんは大袈裟にやれやれと首を振った。


「だいたい、君は温泉というものが何か理解しているのかい? もちろん何度以上の温度の熱水だと温泉と呼ばれるのか知ってるんだろうね?」


 私が首を振ると、横尾くんは腹立たしい表情で困った人だな、なんてこれまた腹を立たせる言葉を口にする。

 腹立たしいの二乗だ。腹だたたたしいって感じだ。


「温泉は法律で、地下などから湧水する温水で二十五度以上のもの、または特定の成分を一定以上含むものとして定められているんだよ。六甲山地の方にある有馬温泉なんかは最古の温泉なんて呼ばれていて、百度近い温度で、しかも海の二倍の塩分を含んだりしているらしい。温泉、奥が深いよね」


 ペラペラと、聞いてもいない温泉トークを横尾くんは上機嫌に繰り広げていく。

 温泉にやたら詳しいし、理科とかそういう方面が得意なのかと思って、横尾くんの机上の化学式の問題紙を覗き込んでみる。


 ……ほぼ空白だった。こいつ。


 私がジトっとした目つきで顔を上げると、さっきまでの得意気な顔が一瞬で気まずそうに変化し、横尾くんは恥ずかしそうに頬を掻いていた。



「は、はは、塩酸の電気分解なんかより、温泉の日本全国酸性度マップの方が面白いと思わないかい?」



 私は理科の受験問題より、温泉の豆知識より、横尾くんのバツの悪そうな顔の方が面白いと思った。

  


 


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