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横尾くんは語る、友人がいなければ生きる意味を失うと



 私の隣りの席に座る横尾くんはとても不思議な人だ。

 いつも仏頂面をして、純文学やライトノベル、ハードカバーの学術書なんかを一人で読んで過ごしている。

 クラスメイトと小休憩やお昼休みの時間に喋っている姿はほとんど見たことがない。

 基本的にいつも一人ぼっちだ。

 じゃあ人嫌いで、あえて他人と距離を取っているかのと思えば、どうやらそういうわけではないらしい。

 なぜなら横尾くんは今日も頼んでもいないのに、私にピーマンとパプリカの違いを熱く語ってくるからだ。

 どうして横尾くんはもっと友達をつくらないのかな。こんなに面白い人なのに。もったないような気がするよ。



「な、なんだいきなり? 僕は自分が友人に困っていると思ったことなんてこれまで一度だってないぞ」



 横尾くんのピーマントークを遮って、直接本人に訊いてみた。

 どうして友達をもっとつくろうとしないのか。他人を遠ざけて自分の世界に閉じこもるのかと。

 

「僕は他人を遠ざけているつもりはない。たしかに自ら積極的に他者と関わろうとするタイプかと言われれば、それは違うけれど、だからといって自分の世界に閉じこもっているとは思わないよ」


 でも横尾くんはいつも一人じゃん。

 他人より自分。友達なんかいなくても、一人で生きていけるってタイプでしょ?

 私は珍しく自分が少し苛立っているのが分かった。その苛立ちの芽がどこから出ているのかはわからない。


「そんなことないさ。君は僕のことを誤解しているね。僕は友達なんかいなくても、一人で生きていけるなんて思ったことはない。むしろ反対だね。友人がいなければ生きる意味を失う、そう本気で思っているよ。まあ今のはアリストテレスの引用だけれど」


 横尾くん曰く、古代ギリシャの偉大な科学者であり哲学者であるアリストテレスはこう言ったらしい。

 国家をわがものとした大王といえども、友人がいなければ、生きる意味を失うだろう、と。

 私はどこか恥ずかしそうにそう口にする横尾くんを見て、きっと彼の言う通り私はまだ横尾くんのことをちゃんと理解できていないのだと知る。


「僕は思うんだ。友情とは、共にいること、共にくつろぐことで育まれ、そうやって共に時間を過ごしても苦にならない相手のことを、友人と呼ぶのだと」


 共にいて、共にくつろぎ、共に同じ場所で同じ時間を過ごす。

 それだけでいいと、それ以上は望まないと横尾くんは少しはにかんで言う。

 私は気づく。

 私の左隣りに座るちょっと風変わりな少年は、私が思っている以上に優しい人だったのだと。


「僕はこの教室で本を読むのが好きだし、この教室で受ける授業ならどれだって退屈じゃない。わざわざ直接言葉を交わさなくとも、周りにいる人々の声は僕に聴こえてくる。皆がどう思っているかどうかは知らないけれど、僕自身はこのクラスの皆を友人だと思っている」


 私はいつも横尾くんは一人ぼっちだと思っていた。それを自ら望んでいるのだと。誰のことも見ていないと。

 だけど本当は違った。横尾くんは私なんかよりよっぽどよく周りのことを見ていたのだ。

 むしろ目が良すぎるから、少し離れたところにいてもよく見えるから、それ以上自分から近づこうとしなかっただけ。


 ごめんね。横尾くん。


 心の中の苛立ちの芽は綺麗に摘まれ、今度は急に自分が恥ずかしくなってくる。


「ん? なにも謝る必要はないよ。君みたいなのんびり屋さんが分かるほど、僕は簡単な性格はしていないからね」


 すると寛大でちょっとだけ綺麗だなんて思った顔から、いつもの憎たらしいドヤ顔に横尾くんは戻る。

 

 まあとにかく、私と横尾くんも友達ってことだね。なんか安心したよ。


 私は妙な気分を誤魔化すために、この話題をまとめることにする。



「友達? それは少し違うな。僕の中で君は友達とはまた別の存在だ。もっと特別な何かだよ。君は僕にとって、特別な人だ」



 特別な人。

 思案気なそぶりを見せながら、特に気負った素振りを見せずに横尾くんは私に対してそんなことを言う。

 

 この人、アホなんだろうか。そんな無意識ですみたいな顔でこっちを見ないで欲しい。

 

 私は頬がやけに熱を帯びるのを感じて、自分の発言が相手にどう伝わっているのか微塵も考えてもいなそうなのんびり屋さんから視線を外す。


 そういえば、ピーマンとパプリカの違いは何だっけ、と私が話題をむりやり元に戻すと、彼は飼い主に散歩に行くと告げられた時の子犬のような表情をして、ピーマンとパプリカの違いは色ではなくて果肉の厚さだと教えてくれるのだった。




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