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横尾くんは語る、異星人とのコミュニケーションは疲れると



「断る」

「ねぇ、あんたには協調性ってもんがないわけ?」


 ばんっ、と激しく机を叩く音。

 剣呑な音の出どころは隣りに座る横尾くんの席からで、彼の机を苛立ちに叩いたのは私の親友である美咲だった。

 無愛想に口を歪め、三島由紀夫の不道徳教育講座を読みふける横尾くん。

 そんな彼の反抗的態度に、美咲の我慢の限界がすぐそこまで迫って来ているのは容易に察することができた。

 なぜ犬猿の仲ともいえる二人が睨み合う状況になってしまったのかというと、それは近々行われる運動会の種目決めが原因だった。


「アンカー、走って」

「断る」


 何度も繰り返される問答。

 私たちの学校の運動会には、学年ごとに生徒全員参加のクラス対抗リレーというものがあるのだが、この種目での走順を決定するところで我が三年五組が誇る二大エースが衝突を起こしてしまった。


「うちらのクラスの男子で一番タイムいいのはあんたなんだから、あんたがアンカー走るのが義務でしょ」

「義務だって? まったく意味がわからないな。だいたい選抜リレーの方に出ることさえ渋々承諾したんだ。どうして僕ばかり負担を引き受けなければいけない?」

「はあ? 大変なのは横尾だけじゃないから。うちだって選抜出るし」

「なら辻村つじむらがアンカーを走ればいい」

「だから! アンカーは男子って決まってんの! さっきからずっと言ってんじゃん!」


 そういえば君は一応女子だったな、と横尾くんが余計なこと言ったところでいよいよ美咲の手が出そうになったので私が慌てて止める。


 なんでそんなにアンカー走るの嫌なの? 目立てるしいいじゃない。それに実際横尾くん足速いし。


 私は一触即発の空気を少しでも変えようと口を挟む。

 アンカーはリレーの最終走者のことで、体育委員でもある美咲はどうしてもその役目を横尾くんにやって欲しいらしい。

 ちなみに辻村というのはもちろん怒れる我が親友のことだ。彼女はフルネームで辻村美咲という。


「やれやれ、君は僕が目立ちたがり屋のお猿さんか何かだと思っていたのかい? まったく心外だな。クラス対抗リレーの競技者は校庭を半周すればいいだけだが、アンカーだけは一周しなくてはならない。他の人の倍だぞ? ありえないね」


 へー、アンカーの人って大変なんだね。

 基本的に体育系では戦力外の私は素直に感嘆の声を漏らす。

 サッカー部の横尾くんやバドミントン部の美咲とは違って、私の五十メートル走のタイムはクラスでも後ろから数えた方が早い。


「どうしても、アンカーはやらない?」

「ああ、断る」

「……そう。なら仕方ないわね」

「やっと会話が通じたな。まったくこれだから異星人とのコミュニケーションは疲れるんだ」


 相変わらずの減らず口を横尾くんは叩く。

 そんな彼を美咲はぞっとするような無表情で眺めていた。


 なんだか嫌な予感がする。


 私は柄にもなく素直に引き下がった美咲の横顔を見つめる。

 すると案の定彼女は私を一瞥すると悪魔のような微笑みを浮かべるのだった。


「じゃあ、アンカーの一つ前、メグにやって貰うから」

「は?」


 ……は? え? いまなんて?

 間抜けな疑問の声を口にしたのは横尾くんだったけれど、おそらく私も彼とまったく同じ気持ちだった。


「メグ超足遅いし、バトン渡すのもド下手だから、横尾みたいな足速くて器用な人が次の走者じゃないと色々大変なことになりそうだけど仕方ないよね」

「いやいやおかしいだろ? 気でも狂ったか? 大変なことになるとわかっていてなぜ彼女をアンカーの一つ前に置こうとする」

「うるさいばーか。これは体育委員権限での決定事項です」

「小学生かお前は。越権行為もいいところだぞ……」


 珍しく私も横尾くんと全く同意見だった。

 美咲は正気とは思えない。

 というか親友を晒し者とか酷くない? 権力は人を変えてしまうということなの?


「……わかった。いいだろう。アンカーは引き受けてやる。ただし、これは一つ貸しだからな」

「あ、まじで? ふっふ〜ん! さすが横尾。話せばわかるじゃん」



 しかしなんと横尾くんは私がアンカーの一つ前に走るということになった瞬間、あれ程嫌がっていた美咲の要求を受け入れてしまった。

 私はいったいどれほどお荷物だと思われているのだろうか。

 ちょっと切ない。



「ごめんね、メグ。あとでアイス奢るから許して。これも全部クラスのみんなのためだからさ」



 はあ。異星人の親友をするのも大変だ。

 でも今日はハーゲンなダッツが最低でも三種類の味は試せそうだからよしとしよう。

 そんな風に若干へこむ私は自分をひとり慰めるのだった。




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