第25話
丁寧に頭を下げてきた彼に、私はどう反応するのが正しいのだろうか?
……このまま、黙っていると、ずっと頭を下げたままだよね。
まず顔を上げてもらう必要があるけど、まさか「面を上げい!」なんて言うわけにはいかない。
どうやって答えるのが正しいのか。
ない頭で必死に考えていると、ガルスが口を開いた。
「ルーエン。ルクスは……一応平民の出身だ。そこまで下手に出られても困ってしまうだろうが」
一応、といったガルスに少し首を傾げた。
私は一応貴族の家で生まれた。もちろん、まったく教育を受けていなかったので、平民同然だけど。
でも、私のそんな事情をガルスには伝えていなかった。
知っているのはファイランくらいだったと思うけど。
ファイランが話したのかもしれない。別に隠すようなことでもないからいいけど。
「そうだったのかい? それはごめんね」
ルーエンはにこりと微笑み、それから顔を上げた。
立ち上がった彼は、落ち着いた表情のまま自身の胸に手を当てた。
「改めて、挨拶をさせてほしい。僕はルーエンで、この地方の領主だよ」
「私は、ルクス。……特に役職とかはない、普通の宮廷精霊術師」
どのように接すればいいのか分からず、結局いつもと同じように返す。
しかし、ルーエンは特にそれを指摘することはない。
「そうなんだね。……とにかく、本当に助かったよ」
ぎゅっと両手を握られる。
彼はそれから、表情を不安げなものへと変えた。
「もしもキミがいなければ今頃僕はどうなっていたか……下手をすれば、そのまま命を失っていた可能性もある。そうなれば、この町は大混乱していただろう。だから、本当にありがとう」
彼の熱意のこもった言葉。
私の力……というかティルガの力なんだけど、とにかくそれが役に立ったのなら、嬉しい限りだった。
それからルーエンは手を放し、わずかに照れた様子で微笑む。
「お礼については、またあとですべて片付いたところでしたいと思っているよ」
「……別に、そこまでのことはしてないから」
「そう、かな? まあ、それについてはまたあとで話そうか」
……別にお礼なんていいのに。
それからルーエンは穏やかだった表情を少し引き締めた。
その瞬間に空気ががらりと変わり彼がそれなりの立場であることを理解させられる。
「さて。本題に入ろうか。昨日の件について、少し聞きたくてね」
「昨日の?」
「うん。魔人の力が関係しているかも、って言っていたよね? 治療のやり方とか、もっと詳しいことを聞きたいと思ってね。できるのなら、みんなに共有したいんだ」
それは当然の質問だと思う。
さて、どうしようか。
昨日はなんだかんだ追及されることはなかったけど、今さらここで適当にやり過ごすことはできない。
……それに、治療できる人間を増やしたいというのは昨日も考えていたことだ。
今後もこのような怪我が出る可能性もあるし。
それらすべてを簡潔に説明するには、ティルガについて話してしまったほうが手っ取り早い気がする。
ルーエンについてはまだ知らないけど、少なくともガルスとシャーサになら話してしまってもいいかなとも思えるし。
「この子が気づいてくれた」
私はそういって、ティルガの背中を押した。
ティルガが私の反応にこたえるように一歩前に出る。
すると、そこでルーエンがじっとティルガへ視線を向けた。
「……この子が? この子は君の従魔、でいいのかな?」
「うん」
「……魔人の魔力に気づく。それって、まさか……い、いやだけど、あれは伝説の生き物で……そ、そもそも……よく考えれば、魔人だって架空の存在だと思っていたのに、存在しているんだ。……ルクス。この子についてほかに何かわかることはあるかな?」
ルーエンは取り乱した様子でぶつぶつと何かを言っている。
「他に?」
「あ、ああ……。た、例えばだよ? ルクスは昔、魔人たちを封印したと言われている伝説の精霊術師である賢者様については知っているかな?」
……もしかして、ルーエンはティルガの存在に気付いている? 確信はしてないかもしれないけど、疑いくらいは持っているように思える。
「うん、知ってる」
「……その賢者様に仕えていた従魔たちはね、霊獣と言ってね。彼らは魔人の力に抵抗する力を持っているそうなんだ。もしかしたら、この子も霊獣の力を部分的に持っているのかもしれない」
なるほど。そういうことになるんだ。
まさかティルガが本物の霊獣とはさすがにならないよね。
ティルガが心配そうな目をこちらに向けてきた。
「……ルクスよ。我が霊獣であるとわかれば、ルクスの立場も危険にさらされる可能性はある。今まで以上に注目を集める可能性もある。隠しておいたほうがいいかもしれない」
ティルガの懸念も考えなかったわけではない。
でも、立場が確立すれば、それに合わせた仕事を割り振ってもらえる可能性もある。
例えば、国を挙げて霊獣を探してくれる可能性だってある。
ティルガや微精霊たちのことを考えると、私がここで名乗りを上げるというのも一つの手段な気がする。





