第24話
「バルゴース、この方たちはルーエン様のお客様です。そう警戒しなくとも……」
執事がバルゴース、と呼んだ竜に向かって説明すると、バルゴースはじっとこちらを見てきた。
ガルスが警戒するように頬を引きつらせていた。私を守るように片腕を向けてくる。
「バルゴース。別に危害を加えに来たわけではない。下がってくれないか?」
ガルスもバルゴースのことを知っていたようで、そう呼びかける。
しかし、バルゴースはガルスを一切無視して……私の方に顔を近づけてきた。
そして、嬉しそうに顔を緩めた。
「ぎゅう!」
甘えるような鳴き声とともに、バルゴースは頬ずりをしてきた。
多少、困惑はしたけど……可愛い。
甘えてくるバルゴースに対して、私はその顎の下を撫でた。
すると、バルゴースはさらに甘えるような声を上げて、顔をこすりつけてくる。
バルゴースはとても賢い竜のようだ。
人間への甘え方を理解しているのか、力で無理やり押し付けられることはないため、とりあえず竜に吹っ飛ばされるということはなかった。
バルゴースはひんやりとしていて、触り心地が良い。
夏に移動するなら、バルゴースはさぞ快適だろう。
……ティルガはモフモフはいいんだけど、夏は暑いからね。
「……なんだ?」
ティルガがジローっとこちらを見ている。
さっき考えていたことが視線に混ざっていたのかもしれない。
ティルガの問いかけに返事をせずにいると、ガルスの驚いた顔と目が合った。
それはガルスだけではなく、執事もそうだった。
二人はバルゴースをじっと見ながら、ぼそぼそと話を始めた。
「まさか、バルゴースが初めての人にここまで懐くなんて思いもしませんでした……」
「……やはり、珍しいことなのか?」
ガルスの問いかけに、執事がこくりと頷いた。
「は、はい。……この屋敷の使用人たちの採用条件の一つに、バルゴースが親しくできる相手、というのもあるくらいですから、ね。……それに、バルゴースは基本的にルーエン様以外には懐いていなかったので……ましてや、頬ずりをルーエン様以外の人にするなんて」
そんな会話が聞こえてきた。
確かに、使用人ならば毎日のように顔を合わせることもあるだろう。
その際に、お互いに警戒してしまっては、仕事をする上で大きなストレスとなってしまうだろう。
この屋敷の使用人は大変そうだ。
私がしばらくバルゴースをなでていると、いくらか落ち着いた表情のガルスが私の隣に並んだ。
そろそろ、とガルスはバルゴースへと腕を伸ばす。
触れようとしたその瞬間だった。
バルゴースの目が鋭くとがる。
「がぅぅぅ……!」
バルゴースが唸り、ガルスは顔を青ざめて後退する。
それから、私の方に視線を向けてきた。
「……ルクス、とりあえずバルゴースとはまた後にしないか? とりあえず、ルーエンに挨拶をしてからで」
「うん、分かった。それじゃあね、バルゴース」
「きゅううう……」
バルゴースは名残惜しそうな声を上げる。そんな声を上げられると、私としてももう少しなでてあげたい気持ちにさせられてしまう。
別にそんな重要な話をするわけでもないだろうし、もう全部忘れてここでなで続けるのもいいかもしれない。
「ルクス。ほら、行くぞ」
「……むぅ」
ガルスが急かすように言ってきたため、私はちらと一瞬だけ睨む。
それからバルゴースの顎をもう一度撫でると、理解したように離れた。
屋敷に向かって歩いている間も寂しそうにこちらを見ていたので、軽く手を振ると嬉しそうにぴょんとはねた。
バルゴースが離れたところでティルガがぼそりといった。
「どうやら、我のことも認識しているようだな」
霊獣だと理解していたってことだろうか?
……ティルガって結構有名なのかな?
でも、本当にバルゴースがティルガのことを理解していたのなら、ティルガが自称霊獣ではないということの証明でもある。
私としては、別になんでもいいんだけどね。モフモフできるなら。
ガルスたちとともに屋敷へと入る。
入り口はとても広々とした空間だ。正面に階段があって、そこから二階へと繋がっている。
執事が先導し、その後ろをついていく。
中は意外と物が少ない。
もっと煌びやかなものかと思っていたが、落ち着いている。
あまり調度品などには興味がないようだ。
このくらいスッキリしていた方が、私としてはいいと思ってしまう。
私が執事の後を追って歩いていくと執事は一つの扉の前で足を止めた。
「ルーエン様に確認してきますので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
ガルスが短く返事をすると、執事は一礼とともに扉をノックし、それから中へと入っていく。
少しして、扉がもう一度開いた。
執事が顔を見せると、ぺこりと頭を下げてきた。
「お待たせしてしまって申し訳ございませんでした。ルーエン様の準備が整いましたので、中へとどうぞ」
「ああ」
執事の案内のもと、私たちは中へと入る。
明るめの茶髪を揺らす彼は、怪我で苦しんでいた時の表情とは違い、爽やかな微笑を浮かべていた。
思わず見とれてしまうほどの容姿の彼は、こちらに気づくとその目元が緩んだ。
ここは書斎のようだ。彼は席に座っていて、机には何かの紙がおかれている。
現場への復帰こそ先延ばしにしたが、事務作業はもう問題なくできるようだ。
外見では怪我の後遺症が残っているようすもなさそうだ。
「キミがルクスさん、でいいのかな?」
「うん」
私が答えると、彼は席から立ちあがり、こちらにやってくる。
身長も私よりもかなり高い。ガルスも大きいため、二人に囲まれると威圧感がある。
でも、身長があるということは足元がおろそかになる。
そういう相手には、足元から攻めるのが一番……じゃなくて、今は別にそういうことを考える必要はない。
「話は聞いたよ。僕の治療をしてくれてありがとう。キミがいなければ、僕は今頃死んでいたかもしれない」
彼は膝をつき、すっと頭を下げてきた。





