第19話
「……すまない。心地よい陽気なもので」
まったく。
しばらくティルガと戯れていると、私の方にシャーサが顔を向けてきた。
彼女はぎゅっと唇をかんでから、ぺこりと頭を深く下げた。
「……ルクス様、ありがとうございました」
「ううん、別に」
シャーサにお礼を言われることではないと思う。
しかし、彼女は深く頭を下げたままだ。
「あの黒い霧に関して、私は治療方法がわかりませんでした。あなたがいなければルーエン様は……大変なことになっていたかもしれません」
「とにかく、よかった」
「……しかし、あの傷は一体なんなのでしょうか? 私も初めてみたもので、回復魔法を妨害するようなあのいやな魔力。一体なんでしょうか?」
……どう、説明しようか。
ティルガのことを話したら一発で分かるけど、ティルガが霊獣であることとかをここで話すのも、ね。
伝説の生き物だし、変な注目を集めると思うし。
「……以前戦った魔人の魔力に似ているように感じた」
「ま、魔人、ですか」
「……うん。その時に、似たように治療したことがあったから……どうにか出来るかもって思った」
とりあえず、嘘をついてみた。
自分でもそれなりに間違っていないと思う。
驚いたように表情を険しくするシャーサだったが、すぐに表情を引き締めた。
「それは……確かに、魔人の魔法は少し変わっていると聞いたことがあります。それに、北の国では何度か魔人による襲撃もあったと聞いていましたが。……なるほど、そういうこと、でしたか」
シャーサはしばらく考えるように顎に手をやると、それから彼女は少し自嘲気味に微笑んだ。
「……凄いですね。やはり私なんかよりも、あなたの方がよっぽど聖女らしいですよ」
「別に、私はたまたま知っていただけだから」
なんだかシャーサが少し落ち込んでいるように見えたので、私はフォローするように声をかける。
「私はあの治療はできませんでした」
「でも、シャーサだって」
「私は、全然わかりませんでしたよ……、まだまだ、鍛錬を積まなければなりません……とりあえず、腕立てと腹筋の数を増やします……」
「回復魔法の練習じゃないの?」
「師匠が、悩んだら筋トレをしろと言っていましたので」
……師匠。別のことを教えた方が良かったんじゃない?
シャーサがそう言ったとき、兵士がこちらへとやってきた。
ルーエンにばかり注目していたけど、ルーエンと一緒に戻ってきた兵士たちも怪我をしていたようだ。
「せ、聖女様。また怪我人が出てしまいました。回復魔法をお願いできますか?」
「え、はい。分かりました」
「それなら、私も手伝う」
兵士たちは一人ではない。しかし、私の申し出にシャーサは首を横に振る。
「いえ、こちらももうほとんど治療は終わりましたので、休んでいただいて問題ありませんよルクス様。ひとまず、こちらは落ち着きましたので、大丈夫です」
「……そう?」
「はい。それに、私は聖女ですからね。ここはお任せください!」
シャーサは笑顔とともにそういった。
……兵士は一人ではないけど、それほど多いわけでもない。
シャーサに任せてしまっても構わないだろう。
私がそう思ったとき、肩をツンツンと叩かれた。
見ればガルスがいた。
「ルクス。少し確認したいが、先ほど魔人の魔力と似ていると話していたな?」
「うん」
「……魔人、か。しかし、ルーエンは魔人とは戦っていない。ただの魔物に襲われたと聞いている。確かに、かなり強い魔物ではあったらしいが……」
「……そうなんだ」
じゃあ、何が関係しているんだろう?
私も一緒になって考えていると、ティルガが小さく鳴いた。
「……魔人に操られた魔物という可能性もある」
……なるほど。
それでもあんな呪いをかけられるものなのだろうか?
ガルスがいなければティルガに聞けるんだけど、さすがにここで質問するわけにはいかない。
「もしかしたら、魔人が魔物を操っているの、かも。私も確信は持てないけど……」
「……魔人が魔物を操る可能性もある、か。なるほど、な」
ガルスはまだ考えるように顎に手を当てていたが、それからいつもの笑顔を浮かべた。
「ルクス。今日はありがとう。……とりあえず、これ以上の仕事はないし、このまま今日は休みに入るといい」
「分かった」
私以外でここに来た人たちはとっくに引き上げている。
治療ばかりだったけど、とりあえず私の役目は果たせたと思う。
残りの時間は思う存分、休んでいようと思った。





