第18話
魔人という言葉に、思わず眉根を寄せてしまうけど、私以外の皆がルーエンに注目しているため、気づかれることはない。
『魔人の力で傷つけられると、普通の治療じゃ回復しないこともあるんだよ! かなり強い力を持った魔人だよ!』
「……だから、シャーサの回復魔法じゃ無理なんだ」
『そうだよ! やり方を覚えればできると思うけど……』
やり方を覚えれば?
私が首を傾げているときだった。
シャーサの声が響いた。
「ルクス様! 回復魔法を代わっていただいてもいいですか!? もしかしたら、ルクス様なら相性が良いかもしれません!」
その声に、一瞬で私に注目が集まる。ガルスがこちらを覗きこんでくる。
「ルクス、出来るのか?」
「……分からない。でも、ちょっと待って」
私はじっとルーエンの体へと視線を向ける。
今も、胸についた傷だけは塞がらない状況だ。
『ルクス! 僕たちも教えてもらわないと無理だよ! とりあえず霊獣様に聞いてみよう!』
『うん! それが一番だよ!』
……ティルガが?
そのティルガは今……隅の方ですやすやと眠っている。
ちょっとっ!
こんな大変な時に何しているの……っ。
「……起こしてきて」
本当に小さな声で言ったけど、微精霊たちは返事一つで動き出した。
『わかった!』
微精霊たちがティルガの耳に体当たりをすると、ティルガは慌てた様子でこちらを見てきた。
それから、少し寝ぼけたような顔ではあったが、こちらへとまっすぐ向かってきて、きりっとした表情で私を見てきた。
「ルクス。何やら魔人の力を感じたと聞いたが……ふむ、なるほどこれが原因か」
遅い。
じっとティルガはルーエンを見下ろし、それから眉根を寄せる。
私たちが傷口に回復魔法を当てていたが、一向に傷が治る気配はしない。
それを見たティルガは、すぐにこちらへと視線を向けてきた。
「これは、魔人の呪いだな。普通の傷だから、呪いさえ排除すればいくらでも治療は可能だ」
「……いいから、早くやって」
「う、うむ……何か怒っているか?」
「別に」
周りの目もあるため、もうこれ以上は時間をかけられない。
「微精霊たちよ。回復魔法ができ終わったところで、我にその魔法を貸してくれ」
『わかったー!』
ティルガと微精霊たちがやり取りし、私の中を通じて魔法が伝達する。
受け取ったティルガがすぐにこちらを見た。
「ルクスよ。魔法の準備ができた。今おぬしに渡そう」
こくりと頷くと、私の体内にあたたかな魔法があふれた。
これまでとはまた別種の感覚がする。
その魔力を体内で理解した後、私はルーエンの体を改めて確認する。
「ルクス。傷口に手を触れるんだ。そうすれば、魔人の力を払うことができる」
ティルガに言われた通り、私が傷口に触れる。
その時、ルーエンの表情が僅かに強張った。
意識はないようだけど、痛みは感じるようだ。
あまり長く触れていては彼に悪い。
私は、体内に感じる魔力を感知し、すぐに回復魔法を使用する。
感覚としてはいつもと変わらない。
けれど、いつもと違ってティルガの力も感じられた。
次の瞬間、ルーエンの傷口を隠すように覆っていた黒い霧が、一瞬で消える。
そして、傷口は見事にふさがっていく。
同時に、彼の表情が穏やかなものとなっていった。
呪いの排除は出来た。
けれど、まだ傷は塞がっていない。
「どうだ? これで、もう傷の治療ができるはずだ」
『分かったよ! それに、やり方も覚えた!』
『ルクス、ちょっと待っててね! すぐ魔法用意するから』
「ありがと」
小さな声で返事をしてから、私はルーエンの体から手を離し、それから両手を向ける。
次に放ったのは回復魔法だ。
黒い呪いが消えたことで、回復魔法は普段と同じような効果を発揮した。
彼の傷は一瞬で塞がり、それでようやくルーエンの表情も落ち着いたものとなった。
「これで、治療は終わったと思う」
私は額を僅かに拭う。
……呪いの除去はいつもよりも魔力を使った気がした。
私の言葉に、その場で固まっていた人たちがようやく動きだした。
すぐに皆がルーエンの状態を確認する。
心拍や、傷の治療がすべてできているかなど、細かく様子を確認していく。
そして、その結果は――。
「……もう、完全に傷も治っていますね。体内の魔力もまったく乱れておりません。あとは目覚めるのを待てば問題ないでしょう」
シャーサがほっと息を吐きながらそう言った。
その言葉に、全員が安堵の息を吐く。
「……そうか。それならよかった。ルーエンを安静にできる場所へ運んでくれ」
ガルスが兵士にそう指示を出す。ガルスは兵士とともに少し話をしている。
良かった。
ティルガのおかげで何とかなったようだ。
お礼の言葉の変わりにティルガの背中を撫でる。モフモフとした毛並みの彼は、どこか誇らしげな表情だ。
触っているのはとても心地よいけど、言っておきたい事もある。
皆の注目が集まっているので、私はティルガを強くモフる。
「ティルガ。居眠りしてると、魔人の力とか気づかないの?」
霊獣の役目は魔人を見つけて倒すことだ。
私は微精霊たちを守るために、彼に協力している。
なのに、魔人の力に気づけないのは大問題だ。
どうやって魔人を見つけたらいいのか。
「わ、我は……その……か、感知はあまり得意ではなくて、な」
「臭いとかで分かんないの?」
「さ、最近鼻づまりが酷くて」
そんなの一度も聞いたことない。
私がジト目を向けると、ティルガは諦めたように息を吐いた。





