第9話
「いや、ちょっと聞いたことがあるくらいでな。微精霊に対して魔法を用意してもらうような……それに近い感じみたいだけど」
「それなら私もできる」
「本当か? それなら、本気で従魔部隊にスカウトされるかもしれないな」
それもいいかもしれない。
少なくともガルスに絡まれることはなくなるし。
あっ、でもラツィやアレアと離れてしまうのは寂しい。
ガルスと話していると、先ほど皆の前で威圧していた人と同一人物とは思えない。
本当に切り替えが上手な人なんだと思う。
そんなことを考えていると、ガルスが首をかしげてきた。
「なんだ?」
「ガルス、さっきとはまるで別人」
「そうか?」
「うん、まったく違う。私の前では気を抜きすぎ」
いつ斬りかかっても一刀両断できそうなほどに気を抜いている。
とはいえ、さすがにそんなことすればガルスだって対応してくるはずだ。
「おまえなら別にな。オレがどんなことしても何も言ってこないだろ?」
「まあ、別に私は気にしないけど」
そういうと、ガルスが嬉しそうに笑った。
……どうやら、先ほどの発言は彼にとってうれしい言葉だったようだ。
「だからいいんだよ。ルクスは気楽に接してられるからなー」
「じゃあ、撤回する。どうすれば気を抜けなくなる?」
「教えるわけないだろ?」
ガルスの笑みはますます増していく。
……対応を誤ってしまったようだけど、今さらやり直すことはできない。
諦めのため息とともに、私は口を開いた。
「別にガルスのことを気に掛けまくる人ばかりでもないと思う。もっと周りの人とかにも素を見せても大丈夫」
根拠はまったくないけど、私一人だけ巻き込まれるのも嫌だったのでそう言ってみた。
もしもそれでガルスに不利益が出ても私は知らない。
「そうは行かないな。誰にも彼にもそんなことしていたら威厳が保てなくなるからな」
「それ気にする必要あるの?」
「ああ、するとも。これでも、色々と難しい立場なんだよ」
「それにしてはわりと自由に生きている」
「そう見えるか?」
ガルスはそう言って外へと視線を向ける。
難しいのだろうな、っていうのは想像できなくもない。
彼はこう見えても王族だ。すでに王位は継承済みとはいえ、現国王に万が一のことがあればガルスだってその座につく権利は持っている。
……そういう立場の人だと色々と面倒なんだろうなぁ。
だからって私に積極的に絡んでくるのもやめてほしいものだけど。
「なあルクス。ルエコムンドに、家族がいるかもしれないってのは本当なのか?」
まさかそんな問いかけをされるとは思っていなかったので驚いた。
ガルスには話していなかったので、ベールドかファイランのどちらかが話したんだと思う。
「誰に聞いたの?」
「ベールド、ファイランにもだな。もしも居場所がわかったら、少し休みを与えてくれって頼まれててな」
……二人とも。
出発の時にそんなことは一切言っていなかったけど、私のことを気にかけてくれていたんだ。
その思いやりが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
戻ったら、ちゃんとお礼を言わないと。
「そうなんだ。でも、ちゃんと依頼はこなすから。誰かに、帰れって怒られちゃうし」
ガルスが気を引き締めるために発言したときのことを思い出しながら言うと、ガルスが苦笑する。
「ああ。ルクスなら大丈夫だとは思っているさ。それに全部片付けば、ある程度休みは与えられる。別におまえに限っての話じゃないから、気にしなくてもいいからな?」
「うん、ありがとう」
ガルスにそう言うと、彼は苦笑をこぼした。
しばらく、沈黙を挟んだときだった。
ガルスがぽつりと言葉をもらした。
「これから行く街はラースベドっていうんだが……そこにはオレの友人がいてな」
「友人?」
「ああ。ちょうど、ラースベドの領主をしていて今の部隊の指揮を執っているそうなんだよ」
今回の事件は、たくさんの魔物が発生していると聞いている。
それらに対応するために、指揮をとるというのは、私の想像以上の苦労があると思う。
「それは、ちょっと大変そう」
「まあ、そうだな。だから、オレも少し心配していてな。真面目な奴だから無茶をしていなければいいんだが」
心配そうなガルスの様子に、私も口を閉ざすしかない。
今の私たちに出来ることはない。
一秒でも早く到着できるよう、道中で時間を食うような出来事に遭遇しないよう祈るくらいだ。
「すまないな。オレの個人的な話をしてしまって。そういえば、ルクスはポーション製作もできるのか?」
「うんそんなにうまくできるかは分からないけど」
ポーションは魔力さえあれば作れるため、私も何度か作ったことはある。
でも、自分のポーションがどの程度の質かを検査したことはないため、上手く作れるかは分からない。
「そうか。回復魔法も使えるんだったよな?」
「うん」
回復魔法は外傷を治す際に使用する。ポーションは応急処置程度なら傷をふさぐこともできるけど、重症の場合は、ポーションでは傷をふさぎきることは難しい。
回復魔法を使用してから、ポーションを飲むことで、時間をかけて完全に治療をするというのが基本的な流れとなっている。
「回復魔法が使える者は到着と同時に、怪我人の治療を手伝ってもらう予定だ。そちらの手が空いたところで、ポーション製作に参加してもらうって感じだな」
それじゃあ、私は回復魔法での治療を担当することになるんだ。
怪我人がたくさんいないことを祈るしかない。
ラースベドの状況について考えているときだった。
御者台と中をつなぐ窓がノックされる。





