第6話
さすがに、騎士や精霊術師になった人たちだ。
ガルスは一歩後ろに下がり、代わりにナーサが前に出る。
ガルスからマイクを受け取ると、ナーサが笑顔とともに口を開いた。
『ガルスが散々怖いこと言っていたけど、そんな緊張しなくても大丈夫だからな?』
ナーサが柔らかに微笑むと、多少場の空気も和んだ。
ナーサが、『そういう人』として皆理解していたかのように、どこかほっとしている。
……もしかしたら、さっき目立つようにラツィとじゃれあっていたのも、ここに繋がっているのかもしれない。
ガルスが引き締め、ナーサがそれを和らげるっていう作戦なのかも。
そうなると、リーダーって不憫だよね。
基本的にリーダー、あるいはそれに近い者が空気を引き締める仕事をしなければならない。
その厳しさを見せた後、和ませる役というのも必要だ。
そうやって集団はまとめるのが一番だって、昔冒険者時代に聞いたことがある。
『これからの予定だが、まず用意した馬車に乗りこんでもらい、ラースベドの街へと向かう。予定では一度だけ野営をするが、その地点については各馬車の御者に伝えてるから詳しくは彼らから聞いてくれ』
馬車は……あんまり好きじゃない。
かなり揺れるから、お尻が痛くなってしまう。たまに酔ってしまうし。
私は普段ティルガに乗って移動しているので、馬車に乗ることはほとんどないんだけど……今回もそうすることはできないかな?
後で誰かに確認してみよう。
『ラースベド到着の目標は明日の夕方だ。到着してすぐに、治療を開始するから道中で休んでおいた方がいいだろう。他にも気になることがあれば御者にある程度情報は伝えてある。詳しいことは彼らから聞いてくれ』
おおよそ一日かけての移動。
向こうの状況次第では、到着した日の夜は眠れないかもしれない。
初日はかなり大変かもしれない。
『途中、魔物や盗賊に襲われる可能性もある。その場合は、我々宮廷の人間たちで対処する予定だ。そのため、宮廷に所属している人間は、集団の外側を走る馬車に乗りこんでもらう』
絡んできた相手は、最高戦力でさっさと討伐するってことだね。
私として、戦える可能性があるなら、むしろ嬉しい話だ。
『それじゃあ、話は以上だ。宮廷以外の者たちは訓練施設を出て東門へ、宮廷精霊術師たちは北門、宮廷騎士たちは南門に向かってくれ。そちらに馬車を準備してあるからな』
ナーサがそう宣言すると、順々に人々が動き出す。
そんな流れに合わせ、ラツィたちがこちらへとやってくる。
「あたしたちは北門だって。特に言われてなかったし一緒に乗りましょうか」
「うん、分かった」
「それじゃあ、行きましょうか」
ラツィとアレアが隣に並び、私たちも歩きだす。
宮廷精霊術師たちは合計で20人ほどだ。
歩いてると私たちの集団に、ガルスとナーサも合流する。
ナーサが来たタイミングでラツィが私の陰に隠れてくる。本当に苦手なようだ。
ガルスが来たことで、宮廷精霊術師の中で女性陣の視線が彼に注目していた。
それでも、先ほどのこともあってか、どこか近寄りがたい空気を感じているようで、ちらと見るだけで誰も声をかけることはない。
ガルスも大変なんだなぁ……なんて考えていると、ガルスと目があってしまった。
先ほどまでの真剣な、厳しさを感じるものから優しい穏やかな目つきとなる。
「ルクス。ちょっと確認したいこともある。同じ馬車に乗ってもらえるか?」
「……え? 私、ティルガで移動したい」
「少し、相談したいことがあるんだ。いいか?」
「……わかった」
そこまで言われて、断れるはずがない。
周囲の驚きの視線の中で、私はため息をつく。
これはまた、変な誤解をされてしまうのではないだろうか。
じとーっと探るような目をしているラツィを見れば、誤解されている光景は容易に想像できてしまった。
ガルスが少し先へと歩いていく。
私もそのあとを追いかけようとしたとき、ラツィがぽつりと呟いた。
「……やっぱり、ガルス様と仲良いじゃない」
「別にそうじゃない。ただ仕事の話をするだけだけど」
「でも、ガルス様のさっきの目見た? 優しい顔してたわよ」
ガルスに聞こえない程度に小さな声。
まったくもう……。
ガルスが余計なことをするからいらぬ勘違いをされてしまっているようだ。
依頼が終わって戻ってきたら、また面倒な噂が流れているかもしれない……。
「別に、私からは仲良くしているつもりはないから」
嫌いというわけでもないけど、ただ仕事場が一緒の相手というだけだ。
それでも、ラツィの誤解が解けることはなく――。
「ほらラツィ。あたしと一緒の馬車に乗るからな」
「うえ!? あ、アレア! 一緒に来なさい!」
「おう、ラツィの友達か! 一緒に来たら、鍛えてやるよ?」
「いえ、私は別の馬車に乗ります。頑張ってください」
「アレアぁ!」
アレアは笑いながらぺこりと頭を下げる。
逃げ出そうとしたラツィはがしりとナーサに掴まれ、そのまま連れていかれた。
アレアはそれから、私の方に視線を向け、微笑を浮かべる。
「それじゃあ私も……別の馬車に乗りますから。また向こうで会いましょうね」
「うん。またね」
「……がんばってくださいね!」
「……もしかして、アレアも勘違いしてない?」
「してませんよ? お話、楽しみにしてますね!」
してる……。
アレアが去って言ったところで、私はティルガへと視線を向ける。
「しばらく、ティルガしか話し相手がいない……」
「ガルスがいるじゃないか。……それに、ガルスがいる以上、我とは話せないだろう」
「……気絶させれば、話せる?」
「話せるが、大事にならないか?」
「大丈夫。後遺症が残らないようには、できる」
「いや、気絶させたという事実ですでに大事だろう」
……そっか。
どうやら、私はしばらくガルスと二人で旅をしなければならないようだ。





