第48話
「食らいやがれ!」
魔人が叫びながら、拳を振り下ろしてきた。
後退して一度間をとろうとした時だった。
同時、彼の体から黒い針が放たれた。
刀で弾き、改めて魔人へと視線を向けると、その姿が消えていた。
「こっちだ!」
彼は黒い針の方から突っ込んでいた。
戦闘の途中で放っていたようだ。
振りぬかれた拳に私は殴りつけられ、後退する。土の精霊魔法を使い、肉体を強化していたこともあってダメージはない。
私が体を起こすと、魔人はニヤニヤと口元を緩めた。
軽く深呼吸をしてから、私は魔人をじっと睨んだ。
「おいおい。王都の方から宮廷精霊術師様ってのが来るから何かと思ったが、さっきの雑魚二人もそうだが、この程度か?」
「……一つ確認したい」
「あぁ? 遺言か? 悪いが受け付ける余裕はないぜ?」
「子どもはもう一人も残っていない? 仲間はいないの?」
「ああ? 仲間なんざいるわけねぇだろ? 一人残らず、すべての子どもを頂いたぜ? けど、感謝してくれよ? どうせ、孤児院の子どもなんざ誰にも期待されてないようなゴミだろ? いなくなりゃあ、無駄な金もかけなくて済むんじゃないか?」
「……」
その返事に、私は小さくため息をついた。
もう、あの孤児院の子を笑顔にする手段はない、ということか。
「さあ、潰してやるぜ!」
こちらへと突っ込んできた魔人の拳をかわす。
私はちらと微精霊を一瞥する。
『……任せて!』
『こいつ、絶対に許さない……!』
微精霊たちも、私の怒りに反応して魔法の出力を上げていく。
私の肉体は、これまで以上に強化され、その拳をやすやすとみきった。
そして、魔人の頭を鷲掴みにし、地面に叩きつけた。
「がは……!? な、なんだこの力は……!?」
「もう、用はないから」
「ま、待て! やめてく――」
そう言った子どもたちを、あなたは殺したんでしょ?
私はもう一度魔人の頭を掴み、その額にあった魔石を地面へと叩きつけた。
抜けた声が耳を撫でる。
ガラスが砕けたような音とともに、魔人の魔石が砕けちった。
一瞬遅れて、魔人は頭を押さえると、
「が!? あっ……!? て、てめぇ……!」
血を吐き、その場で体を揺さぶる。
何度かの痙攣の後、魔人は完全に動かなくなる。目から光は消え、それからすぐに灰のように消え去っていった。
「……」
私はじっとその体を見下ろしたあと、刀を鞘へとしまう。
その時だった。建物の陰から一人の男性がこちらへとやってきた。
「あ、あの! 宮廷の精霊術師の方ですよね!?」
声をかけてきたのは、一人の男性だ。纏っている鎧から騎士だと思われる。
気づけば、周囲に人が集まっていた。
この騒動に気付いた誰かが呼んだのだろう。
「こいつが、子どもをさらっていた犯人みたい」
「き、聞きました……先ほど。後処理はこちらで済ませておきますので、お任せください」
「うん、分かった。私は一度他の仲間のところに戻る」
「了解しました!」
すっと敬礼をしてきた騎士に後は任せ、私はアレアたちがいる方へと向かっていた。
と、こちらに向かってきていたティルガと合流した。
「ルクス、無事か?」
「……うん、無事だよ」
「それは良かった。……それで魔人はどうなった?」
「……倒したよ」
「そうか。……良かった。……しかし、どうした? あまり元気がないな?」
ティルガの問いかけに、私は自分の手を見た。
……確かにそうだ。
魔人はそれなりに強い力を持っていたと思う。
けど、強者と戦ったときの高揚感はまるでなかった。
残っているのは、むなしさ、やりきれなさだけだった。
「魔人を倒せたのは良かった。……けど、もう被害にあった子たちは助けられない」
「……ルクス」
「もっと早く来れてれば、どうにかなったのかなって思ったら……ちょっと、ね。楽しくない戦いだった」
「……そうだな」
ティルガはそれから、私の隣に立ち、口を開いた。





