第47話
魔人が態勢を崩し、私がその首へと刀を向ける。
「……これで終わり」
意識を奪うための攻撃をしようとしたときだった。魔人は片手を空へと向ける。
私が即座にその片手へと刀を振りぬこうとしたが、それより僅かに早く空へと黒い針が打ち出された。
遅れて、私の刀が彼の手首を切り落とした。
「転送!」
魔人の体が消えた。空を見上げると、そちらに彼がいた。
……種が、分かった。
空中へと避難した彼は、すぐに近くの屋根へと下りると、走り出した。
その後を追いかけながら、私は敵の情報についてまとめていた。
「……あいつ、黒い針がある場所に転移できる感じ?」
『たぶんそうだよ! でもでも、なんであいつの腰にもついているのかなー?』
『わかんないけど、二つ持ってないと使えないんじゃないかな!?』
確かに、逃げる彼の背中の部分にも黒い針のものが刺さっていた。
「転移をするのに二つ必要、とか? 針と針の間しか移動できないとか」
『あっ、それかもー!』
そして、転移には再使用までの時間があるようだ。
魔人は憎々しげにこちらを見て来た。
私がじっとそちらを見ていると、闇に紛れるように黒い針が飛ばされた。
それを刀ではじく。弾いた先は私の背後となるように調整した。
魔人がにやりと笑みを浮かべる。
次の瞬間だった。魔人の姿が消えた。
背後に現れたのは見なくても分かっている。振り返り様に刀を振りぬいた。
「があ!?」
背後に現れた魔人の右腕を斬りつけた。
魔人はそのまま態勢を崩し、地面へと落ちた。深夜ということもあり、周囲には誰もいなかった。
私もそちらへと向かって魔人をじっと見ると、彼は顔を顰めながらよろよろと体を起こした。
「今のに反応するなんて……化け物か、おまえ」
「化け物はあなたでしょう」
私が刀を向けると、魔人はくつくつと笑う。
それから、彼の全身を魔力が覆いつくしていく。
「ああ、そうさ。オレ様は化け物さ。さっきまでの攻撃はすべて加減してやっていたのさ」
「そうなんだ」
「夜は魔物が凶暴化する。その理由をおまえたち人間は知っているか?」
「知らないけど」
確かに夜の方が外は危険だという。魔物は活発化するし、視界も悪いからだ。
「夜に満ちる魔力は、魔物にとって都合がいいんだよ。あの月から降り注ぐ魔力がな」
「ああ、そう。それで?」
「さっきまでのオレ様は手加減してやっていたんだよ。……ここからが本番ってことだ」
彼の全身を覆っていた魔力が、魔人の体の内側へと取り込まれると、彼のさらけ出されていた筋肉が膨れた。
……確かに、さっきまでと比較して随分と様子が変わっている。
先ほどまでのようにはいかないだろう。
私は小さく息を吐いてから、刀を握りしめた。
私は彼の発言を耳にしながら、周囲の状況を確認する。
落ちた場所が良かった。周囲に人はまったくといっていない。深夜というのもあるだろう。
ここなら、被害者を出さずに戦うことが可能だろう。
「ああ、力がみなぎるな……。おまえのような人間は好みじゃないが……まあ、さっき食事の邪魔をされたんだ。てめぇで、妥協してやるよ」
「……食事?」
「ああ、そうだよ。魔物の餌は知ってんだろ?」
「……人間?」
「ああ、そうさ。さっきはよくもまあ、オレ様の邪魔をしてくれたよなぁ?」
私は魔人の言葉で、ある結論へとたどり着いた。
「……これまで、子どもを襲っていた理由ももしかして、餌にしていた、から?」
「ああ、そうだよ、子どもってのは骨も肉もまだ未成熟でな。それがまた美味いんだよ。大人になると多少味は落ちるが……まっ、毎日贅沢は出来ねぇからな」
べろり、と舌を出した魔人。
子どもを、食べた。その事実に怒りが沸き上がる。
孤児院で声をかけてきた子どもの顔が脳裏に浮かぶ。
宮廷精霊術師は大きな事件にならない限り動かない。その人数に制限があるからだ。
悪い言い方をすれば、小さな命を捨て、より大きな命を助けるともいえる。
仕方ない部分もある。けれど、やりきれない部分もあった。
この魔人に奪われた命、困っている人を助けることが出来なかった、むなしさ、悔しさ。
沸き上がるそれらの感情を一度抑え、私は魔人へと向き合った。
魔人はその場で軽くステップを刻むと、こちらへと一気に迫った。
速い。確かに、先ほどまで本気を出していなかった、という言葉も嘘ではないようだ。
鋭い拳が私の横を抜けていく。その攻撃をかわしながら、刀を振りぬくと、彼はそれを逆の腕で受け切った。
先ほどよりも、頑丈さも上がっているようだ。
刀を引いたあと、畳みかけるように振りぬくが、攻撃は空を斬る。
「シャア!」
彼は気合を入れるように叫び、拳を振りぬいてきた。その一撃をかわす。
連続で攻撃振りぬかれる。彼の拳を刀で受け、捌いていく。
刀で受けたはいいが、その一撃は非常に重い。まるで鉄の塊で殴られているかのようだった。





