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recollection  作者: 朝霧雪華
第 3 話 Amur adonis
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第 3 話 Amur adonis (4)

◇◆◇◆◇◆◇◆


 午後2時を過ぎた頃だろう。ヤツが現れた。

普段は社長や永岡部長に会いたくないのか、こっちには顔を出しもしないのに。

毛嫌いをしている永岡部長や宮田部長をいびる材料を手に入れたとばかりにニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら。

社内に入ってくるなり、僕と宮田部長と永岡部長を呼び出し、他の部署の人達に聞こえるようにヤツはこう宣言した。

「宮田クーン、永岡クーン、ボクに確認もせずに勝手な事をやってもらうと困るんだよー。あのプロジェクトの最高責任者はボクなんだからさー。キミたちー、自分の立場わきまえてるー?後でどうなっても知らないよー??それと、秋月クーン、キミはボクの大切なプロジェクトに泥を塗ってくれたんだから、その責任とってもらうよー?わかってるよねー??」

その後に続く言葉は言うまでもない。

「キミはもう用済みだよー。荷物まとめて会社からでていってねー。今日でサヨナラーだよー。」

わざわざこれだけをいいにヤツはこっちに来たのだ。

どれだけ性格が悪いんだコイツと思ったが、ここで歯向かえばヤツの思うつぼだろう。ここはじっと耐えるしかない。

僕が耐え忍んでいるのがよほど面白くなかったのかヤツはトドメだとばかりに行動に出る。

「はい、これー。秋月クンの解雇通告だよー。それとこっちはハローワーク提出用の書類一式ねー。これもってとっとと消え失せてねー。あと、社員証と社用ケータイは返してもらうよー」

そういうと僕からヤツは社員証と社内連絡や外部からの連絡用に借与されているスマートフォンを取り上げ、菊元に渡した。

菊元はヤツから受け取るとここぞとばかりにしゃしゃり出てくる。

「流石、次期社長!!対応が素晴らしい!!これからもついて行きます!!」

菊元なりのおべっか。噂には聞いていたけど、ここまで露骨で気持ち悪いと思えるものは無い。この様子を見ている限りだと、本来は人事は総務部が管轄しているものであるのに、何らかの方法で経理の菊元がヤツの指示で動いたとしか思えない。

あの永岡部長がヤツに協力するわけがない。それ以前に社長が許可するとは思えないのに何故ここまでヤツが動けたのかがわからなかった。

僕や宮田部長や永岡部長が唖然としているとヤツは高笑いをしながら帰っていった。


僕はこの日、仕事を失った事になる。


ただ、幸か不幸か手を付けてはいけないお金=手をつけたくはない貯金がある。

それは、1年前に起きた事故によって受け取る事になったお金だ。

会社に入って2年が過ぎた冬のある日の事だった。両親と弟が不慮の交通事故で亡くなった。

両親が僕とは違い甘やかし続けた弟が免許を取ったのを期に父が弟に海外の有名電気自動車メーカーの車を買い与え、そのお礼にと弟が両親を連れて温泉に行った帰り道の高速道路で起きた。

警察の話だと、渋滞に嵌まった弟の運転する車は前の大型トラックとの車間を殆ど開けずに停車していた事で、裏から居眠り運転できた大型トラックに物凄い速度で追突された際に前の大型トラックの荷台の下に完全に潜り込んでしまい圧し潰された挙句、搭載されていたバッテリーが出火して助からなかったと。

検死の結果は、圧死は辛うじてしなかったようだけれど、車体が押し出されて潜り込んだ際に複雑骨折をしていて身動きが取れない状態のまま、バッテリーから出火した炎とトラックから漏れた燃料による延焼で3人とも生きたまま炎に包まれ焼け死んだ可能性が高いとの事だった。

かなりの高温だったようで、遺体は黒く焼き爛れ、誰が誰だかわからない状態だった事を今も覚えている。検死を行った病院で確認をしたのは僕だったからだ。

よほど辛い死に方をしたのだろう、焼き爛れた状態であったにも関わらず苦痛に満ちた顔だった。

葬儀も葬儀で父の生前の行いが災いしたのだろう親族は殆ど来ず、僕一人で葬式を執り行ったような状態であった。

その後、事故を起こした大型トラックの保険会社から連絡が来て3人分の損害賠償金の提示があった。その額は、贅沢をしなければ家族4人が一生暮らせるほどの金額。それ以外にも父が言っていた没落貴族という言葉の意味を知る羽目になったのが相続した土地や株式の総額も同じ程度の金額になっていた。持っていても仕方ない土地も多かった為に、相続税を物納で済ませたのもあって相当な金額が残った。

このお金には出来れば手を付けたくない。あの親が残した遺産だから。


自分のデスクに戻ると僕は荷物をまとめ始めた。私物は全て持ち帰り、会社から貸与されている物は全て元の場所に戻さなければならない。

数年間とはいえずっと使っていたデスク、色々な荷物と一緒に思い出も詰まっている。

感傷に浸りながら片付け、デスクの掃除をしていると宮田部長と永岡部長に声をかけられた。

「「秋月君、ちょっと・・・」」

二人に連れられて、誰も使っていない会議室に向かった。そこの部屋なら誰にも邪魔されずに話が出来るからだ。


会議室に入るなり、永岡部長に土下座をされてしまった。

「あの馬鹿がここまでするとは思わなかった。本当に申し訳ない・・・。」

そういうと宮田部長も深々と頭を下げ永岡部長に続けとばかりに話だした。

「私も社長が手を打ってくれると思っていたのだが、まさか、ここまでの事になるとは・・・。本当にすまなかった。」

二人とも意気消沈し、顔色がとても優れない。僕の処分がなされてしまった以上、この後はこの二人にも何らかの処分が待っているだろう。そう思うと、二人がこうなるのも仕方ない。

「いえ、こうなってしまったのは仕方ないのですし、それにお二人が謝る事ではないので・・・。それに僕自身もアレから相当嫌われてましたから、今回のチャンスは逃さないとこういう行動にでたのだと思います・・・。」

気不味い空気が部屋中を包み込む。分かっていた事とはいえ、実際に起きるとこうなるのは当然だろう。

「今後何かあれば個人的に相談にのるから、何時でも連絡してくれ。私の個人の携帯番号は知っているだろ?」

宮田部長もこれからの事を考えればそれどころではないハズなのに、気を使ってくれている。永岡部長も同様に自分の携帯番号を紙に書いて渡してくれた。

この心遣いが本当に嬉しかった。これから二人にも何が待ち構えているかわからないのに、ここまでしてくれた事が何よりも。

この後、デスクに戻った僕は菊元から送り付けられる『とっとと出ていけ。クビになった部外者が何時までもいるな。』という視線に耐えながら、荷物を鞄や手提げ袋に投げ込み会社を後にした。

お読みいただきありがとうございます。

続きの「第 3 話 Amur adonis (5)」は2020/05/16 12:00頃公開します。

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