第 10 話 Calendula (6)
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僕は何時の間にか居眠りをしてしまっていた。
きっと、徹夜で説得作業をしたからだろう。あれだけ言ったのだから、きっとあの人でも理解は出来たと思いたい。いや、思わないとやってられない。
それだけ今回は僕にとってキツかった。彼女も居なければ子供もいない、ましてや未婚の僕が何故ここまでしなければならないのだろうかという気持ちでいっぱいになっていた。
疲れた心を癒しにこの地にきたお陰かも知れないが、少し、気は楽になった。言う事は言った、僕が出来る事は全てした、後はあの人次第だと割り切れるようになったからだ。
そして、ここのカフェのマスターがサービスとして出してくれた抹茶カステラの程よい甘さが疲れた脳を癒してくれるのもあって、今まで感じた事がない清々しい気分になる。
何時出来たのかは分からないけれど、もし、彼女が出来たとしたら、ここに連れてきたいと思うほど、僕にとってここのおもてなしは嬉しく思えたのだ。
注文をしたお茶を飲み干し、いただいたカステラを食べ切った僕は、マスターの男性にお礼を言い、店を後にした。
もう少しだけのんびりと湖畔で過ごしたら、家に帰って明日からの仕事に備える為にも。
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僕に何度もお礼を言ってきた彼は、相当疲れていたのだろう。
お茶とお菓子を出した時は、表情も重苦しく、何処か辛そうにも見えたのだが、何時の間にか表情が明るくなっていたように感じた。
このお店を始めてから数ヵ月が経つが、こういう不思議な事がここでは起きる事がある。なぜ起きるのかは僕にはわからない。
ただ、思い詰めていた人が明るい顔になってお店から去っていくのをみると、ここで始めて良かったと思う。
誰かの役に立てている、そう感じられると大変な事があっても頑張ろうと明日への勇気へ繋がるからだ。
先ほどのお客さんが使っていたテーブルの片づけをしながら、そんな風に感じていたのであった。
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デジの妊娠発覚事件から数ヵ月後のある日、僕は、今年の春に高校を卒業したある女の子から告白をされた。
そう、その相手は、あの事件で怖い目に遭ってしまったオフ会参加最年少だったあの子である。まさか、こんな事が起きるなんて夢にも思っていなかった。
見た目は結構イケイケな感じの今風の子ではあるのだが、根は真面目な事もあって、そのギャップに驚かされるぐらいではあったのだが、色々と話しているうちにまあいいかなーと思えるような雰囲気に何度かなっていたのもこうなった原因なのかも知れない。
正直な事を言うと、何処かのアイドルグループにいてもおかしくないぐらいの可愛い子なだけに、てっきり彼氏とかいるものだと思っていたのだが、ずっと彼氏とかそういう関係の人がいた事がないと聞いて驚いてしまったぐらいだ。オンラインゲームの仲間達には僕達が付き合っている事は言ってはいない。もし言うとしたら、何処かから関係がバレたりした時ぐらいだろう。
彼女・・・いやここは名前で言うべきか、紗蘭との関係は二人だけの秘密として楽しんでいる。バレたら何を言われるかわからないのもあるだけに。
紗蘭は短大に進んだとは言え、まだ学生の身分だ。色々と自由になるまでにはもう少し時間がいる。何処かの二人のようにならないよう、僕達はお互い慎重に行こうと誓い合って関係を築きあっていた。それは、紗蘭の両親も知っているようで、二人が納得して落ち着いてからでいいから挨拶に来るように言われてもいる。まあ、それはおいおい時期をみてになるだろう。
僕に彼女が出来て、暫く経ったある日の夜、久しぶりの相手から電話がかかってきた。
言うまでもない、デジからだ。オンラインゲームではほぼ毎日あっているのにも関わらず、電話をかけてきたのは何故だろうと思いながら電話に出た。
「お姉ちゃん、おひさしぶりー。あの時は色々とごめんね。」
明るい声で話すのを聞いている限り、完全に吹っ切れたのだろう。
「いえいえ。って、突然電話してきたのはどうしたの?」
「いや、あの時のお礼をきちんと言いたくて。私のせいで、あの馬鹿男を訴えられなかったわけだし。あの時は、本当にどうにかしていたんだと思う。」
「そっか。そこまで落ち着いて考えられるようになったんだ。」
「うん。みんなのお陰かな。今思えば、産むって選択肢をしないで済んだのも大きい。息子にもあの話バレちゃって無茶苦茶怒られて。『母さんは、俺がしっかりしないとダメなのか?!』ってまで言われちゃってね。けど、それから息子とも上手くいくようになって。本当に感謝しているんだ。」
電話してきた理由は、息子と上手くいけるようになったからなのかとこの時思った。話す声のトーンがその部分だけやたらと楽しそうに感じたからだ。
「そう言えば、お姉ちゃんって彼女いるの?」
「突然どうした?」
「いや、あれだけ迷惑かけちゃったからさ。彼女いるなら悪い事したなーって思って。」
「ああ、いるよ。あの件については、紗蘭も知っているからね。」
この時気がつかなかったのだが、僕は無意識のうちに彼女の名前を言ってしまっていた。まあ、ネットゲームの世界では別の名前だからバレはしないだろうけど。
「えっ?!今、彼女の名前、なんて言ったの??まさか・・・ふーん。そうなんだ。そうなんだ。」
「そうなんだってどうしたの??」
「いやー、まさか、あの子とそういう関係になってたんだーって思ってね。その名前って珍しいからなんとなくだけどねー。」
そういって僕を茶化すように話を続ける。この様子ならきっと大丈夫だろう。あとは息子と両親と上手くやってくれればいいと願うばかりだ。
あと、言うまでもない事だが、この後、デジにはしっかりと口止めをした。この人から僕と紗蘭の関係が漏れるのは一番避けたかった。
まあ漏れたら漏れたできっちりと紗蘭に対しては責任を取るつもりではいる。
彼女の両親に呼ばれるとなると、そうなるのは明らかだ。紗蘭から聞く限り、両親は学校を卒業するまでの間に間違いさえ起こさなければ、二人が幸せになれる道を歩んで欲しいと願っているようで、反対するつもりはないらしく、むしろ、歓迎してくれているとの事のようだし。
僕に向かって楽しそうに話すデジは、反面教師としては適任の人物だ。僕は、この人と同じ失敗をしないようにと心に誓う。
紗蘭の為にも。僕自身の為にも。
お読みいただきありがとうございます。
次話の更新予定は 今のところ未定です。決まり次第、あとがき または、Twitterで報告します。