第 10 話 Calendula (5)
彼女がゲームの世界に戻ってきてから一ヶ月後。ちょうど昨日の夜の事だ。僕のスマホにデジからの着信があった。
あの一件の後、電話なんてかかってくる事がなかっただけに一安心して、気が抜けてしまっていたのもあって、何時もの癖でついつい番号を確認せずに電話に出てしまった。
「はい、もしもし、神永です。」
「お姉ちゃん・・・ごめん、私なんだけど。ちょっと相談に乗って欲しいのだけど・・・。」
「あ~、デジか。相談って何?」
「実は―――。」
彼女の口から語られた事は、正直言って頭が痛いレベルで済む話ではなかった。どうしたらそんな結論になるのだと何度も問いただしたくなるような話だったから。
話の内容を要約するとこんな感じである。
デジがあの男と付き合い始めたのは、やはり、あのオンラインゲームで知り合ったのがきっかけだった。
バツイチで子持ちの彼女にとって、初めて参加したオンラインゲームで優しく声をかけてくれて、ゲームの手解きなどを教えてくれたあの男は頼れる存在に感じた。それをきっかけに急接近した二人は、色々と話をしているうちに、あの男の身の上話になり、ずっと一人で寂しい思いをしているのを知った彼女は、自分も離婚を経験し、同じ思いをしているのもあってお互いに似た者同士という事で急接近した。
最初は二人だけの秘密という感じではあったようなのだが、それがどんどんと大きくなって、何時しか二人で実際に会うまでの関係になった。最初のうちは、あの男も優しく接してくれていたのと、お互いの身の上話をしながら、傷をなめ合うような関係を現実の世界でもしているうちに、男と女の関係になり、何時の間にか結婚を前提に付き合うという中になっていた。
男女の関係になり、付き合うようになってから、少しずつではあったがあの男の態度に変化が表れ始めたらしい。時折であったが、あんなに最初は優しかったのにと思うほど酷く拘束をされるようになった。少しでも他の男の話をすると機嫌が悪くなり、時には暴力を振るわれる事もあった。それでも、あの男と付き合う道を選んでしまった。
そんな彼女をみていた両親はあの男との付き合いを辞めるように促したのだが、彼女は聞き入れなかった。きっと彼は寂しいに違いないと勝手に思い込み、私が居ないとダメな人なんだと思い込んで、自分の考えを正当化する為に。
その選択は、言うまでもなく間違いでしかなかった。それを痛感させられる事になったのがあのオフ会での一連の事件だ。色々な人達に迷惑をかけた挙句、カラオケボックスの色々な備品などまでも壊しに壊し尽くし、挙句の果ては警察に厄介になるという、普通では考えられない事をしでかしたのだ。
その挙句の果てが、警察に逮捕されたと大騒ぎした挙句に、一緒に死のうと言う事になり、〇〇川の河川敷で割腹自殺を図ろうとしたのだけれど、結局は出来ずに失敗し、男だけが救急車で搬送されるというオチになった。
その後、二人がどういう流れになったかは敢えて聞かないでいたし、彼女も話す事は無かったのだが、あの男が入院した事で彼女自身が一人で考える余裕が出来たのもあって、やっとあの男のおかしさに気がつき、別れる事になったようである。
ただ、別れてから、彼女の身に変化が起きてしまった。本来来るべきものが来ない。きっと色々あって遅れているのだろうと思っていたのだけれど、心配になり薬局で試験薬を買ってきて試すと陽性の反応・・・。そう、彼女のお腹の中にはあの男との子供が出来ていた。検査薬だけでは心もとないと思い、念のため産婦人科へ行くと、そちらの検査の結果でも同じ結論になる。
その事実をしった両親は言葉を失っていた。別れた相手の子供を身籠っている、しかも、その子供を産みたいとまで言い切ってしまったのが両親を絶望の淵へと追い詰めていった。冷静になって考えれば分かるのだか、デジには別れた元の旦那との子供がいる。しかも思春期に入ったばかりの小学校6年生の息子だ。元の旦那から養育費は払われているものの、その額は微々たるもので、生活は苦しい。両親と同居しているから何とかなっているもののこれが子供と本人だけだったら生活は破綻していてもおかしくない。
そんな状況にあるにも関わらず、もう一人産んで育てたいなんて無理な話だ。なにせデジ自身が生活力に乏しく、世の中の頑張って子育てをしているシングルマザーの人達からしたら、そんなに恵まれている環境なのにどうして?!と言いたくなるような生活水準を送っているようであるからだ。
本人もその自覚はあるにも関わらず、このような決断をしたのである。彼女の両親は言うまでもないが、産む事に反対した。どう考えてもこの状況で産んだら、その子が可哀想な事になるのは目に見えている。ましてや今いる小学生の息子もだ。
両親に反対された事にショックだったのか、彼女は同じシングルマザーの友達にも相談をしたようなのだが、やはりその友達も両親と同じ答えを突き付けた。それでも彼女は納得できず他の友達にと相談を繰り返し、全員から反対されたのである。
彼女の生活力を知っていればこういう判断をされるのは当然だろう。それだけダメ過ぎたのだから。
そして最後に頼ったのが僕だ。僕ならきっと味方になってくれると信じて。
正直、デジの話を聞いて、僕も彼女の両親や友人達の反応を聞いて納得していた。僕から見てもこの女は現実を見てなさ過ぎたのだ。
現状を考えれば、誰だって無理だというのは分かる事だ。子供の父親は彼女の両親から付き合いを辞めるように言われた相手でもあるし、きっと子供が出来たと言ったとしても何もしてくれない可能性が高い。事件の翌日にはあんな脅迫めいた電話をしてくるような男だ。不都合な事があれば、平気でデジの事を捨てる可能性もある。
僕もデジに対して、彼女の両親や友人達と同じ答えを伝えると、同じ事を言われると思っていなかったのか驚いたような声を上げた。
「お姉ちゃんなら、私の気持ちを分かってくれると思ったのに・・・」
そのまま現実を見ようとしないこの人に対し、冷たいと思われるかも知れないが、両親や友人達が言った事と同じ事を僕なりの解釈をつけて話した。
これで納得しないなら、もう好きにすればいい。いい加減にしてくれと言う自分の気持ちを織り交ぜながら。
それが幸いしたのかは分からないが、彼女なりの決意は少しずつ決まったようである。
「わかった・・・。お姉ちゃんに言われて納得した。考えてみればそうだよね。私、一児の母だった。今いる息子の事をてっきり忘れていて、自分の事だけしか考えてなかった・・・。私がこんな事をしたらあの子の事を苦しめる事になるよね。今までだっていっぱい苦労させてきているのに。ごめんね・・・ダメなママで・・・。」
ここまで彼女に言わせれば、きっと大丈夫だろう。そう僕は信じたかった。
気がつくと、電話をし続けているうちに日が昇っていた。かれこれ、数時間話していたのだと思う。正直、一気に疲れがでた。
「わかってくれたならいいよ。」
僕はそういう気力しか残っていなかった。ただ、最後に僕の気力を完全に削ぐ一言を言われるなんて思いもせずに。
「お姉ちゃん・・・私、これからどうしたらいいのかな・・・」
もう答えは決まっている。自分で決めた事をきちんとやれという事だけだ。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 10 話 Calendula (6)」は2020/09/14 00:00頃公開します。




