第 10 話 Calendula (4)
疲れ切った身体と朝からのあのような電話での精神疲労からか、何時もよりも長い時間、お風呂に入っていたように思う。
さっぱりとした気持ちでお風呂から出て、洗濯物を回し、時間が気になったのでスマホをみると、ある人からの着信が何件も入っていた。
ある人とはデジだ。正直、うんざりした気持ちになったのだが、こちらから折り返す必要はないだろう。そんな気分でもないし、今は折り返したくもない。朝からこうも色々と続くとストレス以外の何物でもないのが本音だ。
流石に昨日の今日だけにあまり相手をしたくない気持ちでいっぱいであった。いい加減、スマホの電源を切り何処かに投げっぱなしにしようかと思った時だった。
電話の音がけたたましく鳴り響いた。無論、かけてきた相手はあの人だ。
出たくない気持ちでいっぱいであったが、あれだけの着信を残しているのだから、きっと重要な要件なのだろうと思い、諦めた気持ちで電話に出た。
「もしもし・・・お姉ちゃん・・・ごめんなさい・・・」
「ごめんなさいって何が?」
「彼にお前のせいで警察に逮捕されたんだ!お陰で俺は前科持ちだ!!って目一杯怒られて・・・お姉ちゃんに謝りたいからって言われて電話番号教えちゃった・・・。」
薄々分かっていた事だが、僕の電話番号をあの男に教えるとしたらこの女ぐらいしか思い浮かばない。ましてや、僕は、あの男を刑事事件として扱ってもらうように手続きなんて一切してないし、むしろ悔しい思いをしながら警察に言われるがまま示談を呑んだ被害者だ。何故、ここまで飛躍した話になるのか理解できなかった。
どこまであの男がずる賢く自分勝手なのかと思うと無性に腹が立って仕方がない。
「あのさ、僕は逮捕されるようになんて一切してないよ。むしろ、警察に言われるがまま示談に応じたのだけど。」
「え・・・そんなわけが・・・。だって、彼は逮捕されたとずっと言っていたし・・・。正直、彼の言う事を信じたいから・・・。ごめんなさい。お姉ちゃん、この責任は私と彼で二人で死んでお詫びします。」
「何言ってるの?馬鹿じゃないの?どうしてそうなるのか僕にはわからないのだけど。」
思わず本音が出てしまった。あの二人はやはり似た者同士。何処まで身勝手なのかと。何処をどう飛躍したらこんな結論になるのかわからない。そして、僕の本音がよほどきつく感じたのか、電話は一方的に切られしまっていた。
ここまで酷いと、僕はもう何も言えないし、飽きれてどうにでもなれとしか思えずにいた。
そんな電話があった数分後、昨日のオフ会に参加した人達からLINEが飛んでくる。そう言えば、昨日LINEの交換もしたんだっけと思いながら画面をみると、あの馬鹿女は親しくなった女の子達に、僕に告げたのと同じ事を連絡したようで大騒ぎになっていた。
特に、昨日、あの男から脅されていた女子高生の子はパニックを起こしているような状態で会話にならないような文が書き込まれていた。
僕はひとまずその子をなだめる為にも、デジの事を家まで送っていった女性陣達と数人の男性陣が合流して、あの二人が行きそうな所を探すからという流れに持っていき、急いで集合場所を決めてあの二人を探す事になった。まあ、結局は見つける事は出来なかったのだが。それでも、僕達が動いたという事と、自殺予告があった事を警察に連絡を入れたのも功をそうしたようで、パニックを起こしていた子は落ち着きを取り戻す事が出来たようで、そちらに関しては良かったと思う。
ただ、今回の捜索に参加していない人達には、絶対に言えない秘密を捜索に参加した人達は共有する羽目になってしまったのだが。それは、僕達が必死に捜索をしている時に、僕宛に来た一通のメールが原因だ。そのメールにはこう書かれていた。
『彼と一緒に死のうって事になって、〇〇川沿いで、彼の持ってきた包丁で一緒に死のうって事で彼が自分の腹部を刺したのだけれど、死ぬに死ねなくて・・・。今、彼と一緒に病院にいます。本当にごめんなさい・・・。』
これをみた捜索に参加した人達は怒りを通り越して、呆れ果てていた。何処まで、心配をかけさせた挙句、自分勝手な結末を選ぶんだと。僕もデジとの付き合い方は考え直した方がいいと本気で思った。昨日、彼女を送り届けた女性達は、2度と顔も見たくないし、関わりたくもないと絶交宣言をするぐらいにだ。男性陣も男性陣で女性達の気持ちが痛いほど分かるようで同じ事を口にしている。しかし、それはオンラインゲームに参加している以上、なかなか難しいのも分かっているので、適当にあしらうぐらいの付き合い方で落ち着くしかないと全員が諦めた表情をしながら納得するしかなかった。
こんな事が裏で起きていたなんて、今回の捜索に参加していない人達には言えないし、ましてやオフ会に参加していない人達にも言えるわけがない。その場にいた全員で、内々に処理しようという事になり、墓場まで持っていくしかない話になってしまったのであった。
それから暫くの間、デジはオンラインゲームにも現れる事は無かった。僕宛に電話がかかってくる事もない。
どちらかと言えば、あの時、デジとあの男のせいで心に深い傷を負ってしまった女子高生からの相談とかのLINEが飛んでくる事が増えた気がする。あの子もあの子で今回の被害者だから仕方ない。また、そこの子とは今までゲーム上ではあまり話す事は無かったのだが、あの事件をきっかけに僕に良く話しかけてくるようになった。あの事件が起きる前までは、古参のような存在で、暴れまわる最強魔法少女というイメージが強過ぎて話しかけ辛かったという話をその子からされて、反省をしたのは言うまでもない。変なとこで僕の伝説が尾ひれがついて広まっているのもそれで痛感させられたとこがある。
そんなある日の事、デジは何事もなかったかのようにオンラインゲームの世界に戻ってきた。
最初はあのオフ会の出来事を知っている人達は冷ややかな目で彼女を見ていたのだが、オフ会に参加しなかった人達から何があったのか聞かれるのは不味いというのもあり、僕は彼女に今までと同じように接するようにしたのもあってだろうか、オフ会に参加し、あの男の被害にあった人達以外がログアウトした後に、僕達に向けてメッセージを送ってきた。
「あの時は、ご迷惑をおかけしてしまいごめんなさい。彼とは別れて、やっと気持ちの整理がつきました。」
そのメッセージをみた僕はなんて返していいのか分からなかった。正直言えば、彼女に対して信用できないという気持ちがあったからだ。
とりあえずは今は様子を見ようという事で画面上で繰り広げられるトークを見守る事にしていると、一人の人がデジに話しかけた。
「そうだったんだ。それで、今はどうなの?」
話しかけた人は僕が知る人ではなさそうである。オフ会に参加していたとしても、キャラと仲の人が一致しているのは数名程度しか分からない。それぐらい事件のインパクトが強過ぎて記憶があやふやになっているとこがある。
「今はこうやってゲームにも入れるぐらいには戻ったって感じかな。本当にごめんなさい。」
その会話をみていた他の人達も当たり障りのない感じに彼女へ声をかけ続けている。最後まで、なんて入れようか悩んでいたのは、僕を含めたあの捜索に参加した人達とあのオフ会の最年少であった女子高生の子ぐらいだろう。
ただ、彼女がゲームの世界に戻ってきた事で、これからまた波乱の事が起きそうな予感がしたのは言うまでもない。
きっとその時はもっと面倒な事になるのではないかと思ってしまっていたから。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 10 話 Calendula (5)」は2020/09/12 00:00頃公開します。