第 10 話 Calendula (3)
「五月蠅い!お前に俺の何が分かるんだ!!」
男はこの場所にいる全員が敵だと思ったのだろうか、辺り構わず、その辺にある物を投げつけはじめた。
デンモクにマイク、コップやビールジョッキ、果てには料理が乗ったままの皿までも。中には鋭利な傘も混じっていて、物によっては壁へと突き刺さっている物もあるほどだ。
この場にいた全員がこのままでは危険と判断し、全員が逃げるように部屋から逃げ出す。
そう言えばこの原因の一因となった彼女・・・デジの姿が見当たらない。僕は逃げ出した後、一緒に逃げた人に聞くと、あの男が暴れだした空きに女性陣達が怯えたまま動こうとしない彼女を連れて先に逃げ出し、家まで送り届ける為に動いているとの話だった。
流石にこんな事になってしまったのだから、そのショックは計り知れないだろう。なにせ、あの男の言い分を聞く限りだと原因の一因は彼女にもあるのだろう。一体、あの二人には何があるのだろうか?僕には全く分からない。
全員が逃げ出したのもあってか、暴れまわっていた男は僕達の後を必死で追いかけてきた。前もって逃げ出した人達が気を使って全員分の支払いを済ませておいてくれたようで、店員に呼び止められる事もなく店の出入り口から外へと飛び出し、店に迷惑にならない辺りまで走って逃げる。
それでも男は僕達の事を追いかけ続けてきて、このままでは埒が明かないと思い、スマホから警察へと通報の電話をかけた。
それから数分後、何台ものパトカーがやってきて、十数人もの警察官達が暴れまわっていた男を取り押さえた。巨漢の男は警察に取り押さえられた際に大声で意味不明な事を叫び続けている。
「ほむらに謝りたいだけなんだ!!」と。
ちなみに、ほむらと言うのは僕がネットゲームの中で使っていたキャラクタの名前だ。言うまでもない、あのアニメからの影響を受けまくっているキャラだけに名前まで影響を受けているのは当然である。
警察官達にこいつは何を言っているんだ?!と顔をされながら、男はパトカーへと連行され、そのまま警察署へ連れていかれた。言うまでもなく、通報した僕と同じく一緒に逃げていた人達数人も被害者や目撃者として別のパトカーで署へと向かう事になった。
最寄りの警察署へ連れていかれた僕達は、地域課の取調室に連れていかれ、そこで事情を聴かれる事になった。言うまでもなく、暴れまわっていた男とは別の取調室だ。ただ、そんなにも部屋同士が離れてないのもあってか、それとも、男が警察署内でも大声で泣きわめき叫んでいるのかは分からないが、何かを言っているというのは聞こえてきている。
一緒の取調室に案内された僕と数人の仲間は、思わずため息をついてしまった。言うまでもない、あの男が何を叫んでいるかなんて想像がついたからだ。
僕達は案内をしてくれた警察官に起きた事情を事細かに説明をすると、話を聞いていた警察官も呆れかえているようであった。警察官がそうなるのも分からないでもない。だって、被害に遭った僕達ですらどうしてこうなったというのが本心なのだから。
ちょうど、事情の話が終わった頃、別の警察官がやってきた。「あの暴れまわっていた男が、ほむらって人に謝りたいとずっと泣け叫び続けていて困っている。」と。
そんな話をされた時に、僕のスマホが鳴った。音を聞く限り、電話の着信のようだ。警察官の人達と周りの人達に断りを入れ、電話に出た。
電話の相手は、今回の原因に関わっているかも知れない、あの人からであった。そう言えば、今回のオフ会の件で、電話番号聞かれていたっけとそんな事をふと思い出しながら。
「お、お姉ちゃん・・・ご、ごめんなさい・・・こんな事になるなんて・・・わ、私・・・。」
その声は酷く怯え、今にも泣きだしそうな雰囲気だ。
「起きちゃった事は仕方ないでしょ。それで、電話してきたのってどうしたの?ちょっと今は長くは話せないよ。」
「あの後、どうなったのかと思って・・・。あと、長く話せないってどうして?」
「今、警察署にいて、事情を聴かれているから。」
後にして思えば、この時、警察署にいるというのは余計な一言だったのかも知れない。
「えっ・・・警察署って・・・。まさか、あの人の事を訴えたりしないよね・・・。訴えられたら私・・・これからどうしたらいいのか・・・。」
「それは貴女にも関わる事でしょ。僕は何も言えないよ。二人がどういう関係なのかも僕は知らないし。」
「お、お願いだから、彼の事は訴えないで。訴えられたら、私・・・死ぬしかない・・・。もう生きていられない・・・。」
流石に相手が相手だったので、他の人にも聞こえるようにスピーカーにして話をしていたのだが、この一言には、取調室にいた全員が言葉を失ってしまった。この女は一体何を考えているのだと全員で顔を見合わせてしまったほどだ。
「わかったから。とりあえず、電話は切るよ。それじゃ。」
僕は一方的に電話を切り、大きくため息をついた。僕の周りで電話を聞いていた今回のオフ会に関わっていた人達も大きくため息をつくしかなかった。
その話を聞いていた警察官の一人が、事件化されると面倒だからと前もって書類を用意していたようで、示談書を持ってきて、そこにサインをして拇印を押すように言ってきた。
「正直言うと、事件化されると面倒そうだからね。あの男、色々と訳ありだからねー。」
そう言って、何時の間にか男のサインと拇印が押され、一筆書かれた書類を今すぐ書くようにと、僕達が何も言い返せないうちに手続きを押し進められてしまい、その示談を呑むしかない状況になってしまっていたのであった。
正直言えば悔しい気持ちが強いのだが、ここまでされてしまうともう後戻りは出来ない。それにデジにはあんな事を言われている。僕達は全員悔しい気持ちを噛みしめながら警察署を後にする事になった。あの男が、この後、どのような行動に出るかなんてその時は予想も出来ないままに。
翌日。僕は昨日の一件を思い出しながら、日曜の朝を迎えた。のんびりと清々しい朝を迎えたいと思っていたのだが、その思いは一瞬にして吹き飛んだ。
朝から、スマホに知らない電話番号での着信が何度もあったからである。最初のうちは誰だよと思い放置をしていたのだが、あまりにもでないからかも知れないが、ずっと電話を鳴りっぱなしにされるという事態になってしまったからである。
仕方なく、嫌々な気持ちを抑えながら電話に出ると、最悪の相手からであった。
「おはよう。俺が朝から謝りたくて電話してやっているのに、ずっと出ないなんていい根性しているね、キミ。そんなだから社会人失格なんだよ。警察に突き出してくれてありがとうね。キミの事は一生怨み続けてあげるから。ありがとうよ!!」
そういって電話は一方的に切れた。言うまでもない、かけてきた相手はあの男だ。どうやって僕の電話番号をあの男が知ったのかは知らない。
多分、教えた奴がいるのだろう。まあ、誰が教えたかなんて想像がつくのだが。
本当に朝から嫌な気分になる。どうしてここまで人の事を踏みにじれるのかわからない。あの男も、あの女もだ。そんな嫌な気持ちを洗い流す為にも、帰ってきた時間が時間で疲れてそのまま寝てしまったのもあり、朝からお風呂に入って身体も気持ちもスッキリしようと思った。
ただ、このお風呂がこの後に待ち構える最悪な状況への幕開けでしかなかったのだが。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 10 話 Calendula (4)」は2020/09/10 00:00頃公開します。




