第 10 話 Calendula (2)
僕がデジの事について色々と知るようになってしまったのは、ある日のオンラインゲームでの雑談をしていた時の事だ。
「お姉ちゃん、ちょっと相談があるのだけど・・・」
そう言って彼女の方から声をかけてきた。
「相談って?私で答えられる事かしら?」
基本的に僕はネットゲーム上では女性っぽい喋り方をするように心がけていたのもあって、この時は一人称は私を使うようにしていた。
「みんながいるとこだとちょっと話辛いのだけど。Skypeって立ち上がってる?」
「立ち上がってるよー。」
「わかった、お姉ちゃん宛にメッセージ送るね。」
暫くすると、彼女からメッセージが届いた。
「お姉ちゃん、やっほー!デジだよー!ごめんね、急にで。」
「それで相談ってどうしたの?」
「う~ん、実はね・・・」
確か、相談の内容はこんな感じだったと思う。小学校高学年になったばかりの息子が思春期を迎えたのか分からないのだけど、言う事を聞いてくれなくなったり、話をしてくれなくなってどうしたらいいのか分からないのだけれど、お姉ちゃんならどうするの?それともどう対応したの?という、親なら誰でも悩む話であった。
一緒にネットゲームをプレイしている人達には僕は実年齢や独身な事とか一切話してなかったのもあってか、こんな相談をまさか投げかけられる事になるとは夢にも思わないでいた。
正直な事を言うと、子育て経験なんてない僕にとってはなんて答えたらいいか悩む問題である。ここは仕方ない正直に答えるしかないだろう。
「ごめん、私さ、まだ23になったばかりで子育てとかの経験ないのだけど。一般論と私や周りの人達の経験でいい?」
そう切り出して、思いつく限りの事を話した気がする。あまりにも必死になっていたのもあって、どんな事を話したかは覚えていない。
そんな感じでやりとりをし続けて、彼女も納得したようでお礼を言われてしまった。
「流石、お姉ちゃん。私よりも10歳も年下なのにしっかりしてるし。私なんて33でバツイチの子持ちなのにしっかりしてないから、子供にも迷惑かけているのかも・・・。」
この時、僕はデジの実年齢とバツイチの子持ちという事を知る事になった。正直言えば、僕が知ってしまって良かったのだろうかとも思う事ではあるのだが。
そんなやり取りはその後も何度か続いた。彼女にとって、僕はきっといい相談相手だったのだろう。
子持ちの母親達のコミュニティがどうなっているかは知らないが、彼女は僕以外に相談できる相手がいないのかと心配になった事も何度もある。周囲にきちんと相談できる相手がいれば、少しは違うだろうにと。
そんな事が続いたある日、僕がやっているオンラインゲームのギルドマスターが突然何かを思いついたかのように言い出した。
「いい機会だからみんなで実際に会って楽しもうぜ!えっと、オフ会ってやつ??だっけか。一度やってみたいと思ってね。2月の忙しい時期かもしれないけど、みんなよろしく!!」
その発言に周囲は響めいた。もしかしたら、あのプレーヤーの中の人に会えるかもしれない。そんな風に思っている人達が多かったのだろう。何時の間にか、オフ会は開かれる流れになり、日時や場所も決められてしまっていた。
僕が参加するかしないかを決める前に、何時の間にか強制参加になってしまっていたのには参ったが。
誰がそんな事を決めたのかは分からない。下手すると僕以外の人達全員がそう決めてしまった可能性も高い。最近は派手にプレイをしないように心がけてはいたが、古参の人達は全員知るぐらいに大暴れしていたのもあってか、知らない所で変な悪名をつけられているという噂もあった。確か、『魔法少女の格好をした最終兵器(悪魔)』とかいう呼び名だったかと思う。
お陰で僕はオフ会の日程が入れられた土曜日に大都市にある某繁華街まで行かなければならなくなってしまい、その日に仕事をしないで済むように1週間前から前倒しで準備をしなければならない状況に追い込まれてしまった。オフ会前日なんて、終電間際まで必死に仕事をしていたように思う。
そのお陰か、オフ会当日は休みを取る事ができて、なんとか参加する事が出来た。多分、仕事で無理なんて言っていたら、後で何を言われるか分からない。こればかりは無茶をするしかなかった。
オフ会当日は、大体16人近くが集まったと思う。中にはデジもいる。
僕は簡単に自己紹介を済ませると、大半の人達からは驚かれたのは言うまでもない。中には僕が男だというのを気がついていた人達もいたのだけれど、それは少数派でしかなかった。と、言うか大半が気がつかない時点でそれもどうかと思ってしまったのだが。僕自身に対しても、ゲームの仲間達に対してもだ。
それと、この時、ちょっとだけ困った事が起きた。言いだしっぺのギルドマスターが集まったのはいいものの、この後の予定を全く考えていなかったのだ。ギルマスの彼にとってもオフ会と言うのは初めての経験だったようで、どうしたらいいのかまで気が周っていなかったようである。
この場は仕方ないかと思いながら、僕は過去に何度かオフ会と言うのを経験していたのもあって、せっかくだから、ここから近い場所にある料理のおいしい事で有名なカラオケボックスへ行こうと提案をし、みんなが納得してくれたようだったのでそこに行く事へなった。
初めのうちはみんな和気あいあいを雑談をしたりカラオケを楽しんでいたのだが、1時間半ほど過ぎたぐらいからちょっとずつ場の空気がおかしくなり始めてしまった。
何が起き始めたのかは僕には分からなかったが、ある人の周囲にいた人達が、突然、この後の予定があるからと言いだし、逃げるように帰り始めた。そんな事が起きてから数分後、事件は起きた。
「それで、お姉ちゃんは、こんなお店知ってたの?」
「うーん、以前にも似たような事やった事があって、それでかなー。」
「そうだったんだ。いいなー。色々と経験してて。」
デジから話しかけられていたのもあって、普通に答えていたハズなのだが、その状況が突然一変した。
「お前な!俺のデジと気安く話すんじゃねぇよ!!」
一人の男が、ただ話しかけられたから話していただけの僕にいきなり掴みかかってきた後、平手打ちにし、全体重をかけて床へと押し倒した。
「デジはな、デジは、俺だけのモノなんだ!!てめえみたいな薄汚い奴が話す権利なんてないんだ!!」
男は押し倒された僕に馬乗りになり、物凄い力で僕の首を絞めつけながら、罵詈雑言を投げかけ続ける。
「てめえみたいな奴がいるから、彼女は俺だけのモノにならないんだ!てめえみたいな奴がいるから!!」
僕は苦しさのあまり声が出せずにいた。そして、苦しみのあまりもがけばもがくほど男の首を絞める力はどんどんと強くなっていく。このままいけば、きっと殺されるかもしれない。
少しずつではあるが、意識が遠のいていく・・・僕に全体重をかけ身体を拘束し、首を絞め続けている男が何を言っているかは、もう分からない・・・。
「お客さん!何やっているのですか!!」
注文した料理を持ってきた店員が大声をあげて部屋の中へと飛び込んできた。そのお陰かも知れないが、僕の上に全体重をかけ馬乗りになっていた男が僕の首から手を離し、馬乗りになっていた巨漢の身体を僕の身体の上から退け、大人しく元の席へと戻っていった。
「何があったのかは知りませんが、こういう事はしないで下さい!!」
店員に注意されたのがその男は余程カチンときたのか、ただただ黙ったまま店員を睨みつけている。
部屋へ入ってきた店員さんのお陰で完全に意識を失わずに済んだが、余程の力で首を絞められたのもあってか、意識があまりはっきりせずにいた。ちょうど僕の隣に座っていた仲間の人が起き上がるのを手伝ってくれたり、呼吸が安定するまで介抱してくれたのもあり、徐々にではあったが落ち着きを取り戻しつつあった。
ただ、問題だったのはその後だ。料理を持ってきてくれた店員さんが部屋から居なくなると、その男は僕以外の人達に絡み始めたのであった。しかも、デジと名乗る女性と仲良く話していたという理由だけで、男女関係なくだ。一番可哀想だったのは、今回最年少参加の女子高生だろう。男からは必要以上に絡まれ、今にも泣きだしそうになっている。
まだ息も絶え絶えであったが、僕は思わず注意をしてしまった。
「おい、その子が可哀想だろ、辞めなよ。」
その一言が、その男には余程気に食わなかっただろう。言うまでもなく、とんでもない修羅場へと一気に加速する事になったのだから。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 10 話 Calendula (3)」は2020/09/08 00:00頃公開します。




