第 10 話 Calendula (1)
【ご注意】
作品の構成の都合上、一部の人にとってはトラウマを思い出させる事になるような描写があるかもしれません。
また、全てフィクションであり、登場人物、時代背景、起きた事件など全て実在するものではありません。
1話辺りの文書量が多い話につきましては分割して投稿していきます。
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(案内忘れも発生するかもしれませんが、お許しください。)
第 10 話 Calendula
「お姉ちゃん・・・私、これからどうしたらいいのかな・・・」
僕にそんな相談をされても、答えは一つだ。けど、その答えには、彼女は納得しないだろう。
彼女は見失ってはならないものを、大切にしなければならないものを見失い過ぎている。今は、それだけ余裕がないのは分かるけれど、だからと言ってその選択肢だけはあり得ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
やっとの長電話から解放された僕は大きなため息をついた。
何時もの事とはいえ、電話の相手には頭を抱えさせられている。
そうだ、こんな時は、何処かに行って気を紛らわせてこよう。そうすれば、僕の心も晴れるかも知れない。
そう思った僕は、バイクの鍵を握りしめ、バイクに跨ると、ある場所へと向かった。
僕にとっての癒しの場所であるそこに行って湖を眺めていれば楽になれるだろう。道中の道のりも癒しになる。
まさかの徹夜で電話に付き合わされると思っていなかっただけに少しだけ頭が痛いが、家に居ても気が滅入るだけなら、休憩しながらでも出かけた方がマシだ。
家の近所のインターチェンジから高速道路へ乗り、時々サービスエリアで休憩をしながら、その地へと足を向けた。
ひさしぶりに来た国立公園内にあるこの湖は、穏やかに波打ち際に打ちつける水音と心地良い風が辺り一帯を包み込んでいてとても心地がいい。
この景色とこの波音だけでも心が癒されるものだ。僕にとってのオアシス。
バイクを近場の駐輪場に停め、湖畔沿いを歩く。ちょうど有名な坂道から登ってくると最初に見える鳥居の少し先の県営駐車場が空いていたのは運が良かったと思う。
お金はかかるが、バイクだからと路駐をしておくのは忍びないのもあって気を使わずに済むコインパーキングを利用するようにしているからだ。僕自身、この辺はマナーかと思っている。
正直言えば、徹夜明けだからかも知れないが、ここの場所特有の心地良さも相まって、気をつけないと居眠りをしてしまいそうだ。そんな状況でこの辺をうろついているのもあまり良くないだろう。何処か休憩できる場所はないかと周囲を見回していると雰囲気の良さそうな感じのカフェがあった。以前に来た時にはこんな所にあったっけか?と思ったのだが、最近できたののかも知れない。
時間もちょうど10時を過ぎた頃だし、お店は開いているようだからお邪魔する事にした。
店内に入ると西洋アンティーク調の家具で統一されておりなかなか趣がある。僕が店内に入ってきた事に気がついたカウンタに立っている女性が挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
まだお店を開けたばかりの時間だろうか、客はおらず、何処の席でも好きなように選べる。ちょうど天気のいい日だし、湖を眺めながら一息つくのはいいかなと思い、窓際のテーブル席を拝借する事にした。
席について、少し時間が経った頃、先ほど挨拶をしてくれた女性が本来はテーブルの上に置かれているものと思われるメニューをもって僕の元へやってきた。
「すいません、何時もならマスターが一緒にいて準備が済んでいるのですが、こちらの都合で遅れておりまして。少々お時間を頂くかもしれませんが、ご注文が決まりましたらお知らせください。」
そういってお冷をテーブルの上に置くと、カウンタの中へと戻っていった。先ほどの話だと、別にマスターと言われる人がいて、この店は二人で切り盛りをしているのだろうか?ふとそんな疑問が湧き上がったが、気にしても仕方ない事だ。
僕はゆっくりとメニューに目を通す。ここはお茶が専門のカフェのようで、聞いた事がないようなお茶も沢山並んでいる。僕自身、お茶には全く詳しくないのもあって、名前で想像がつきそうな物か知っている物を頼むようにした方がいいだろう。
メニューを眺めているとお茶にしては珍しい名前のものを見つけた。『フレーバーティ カシスオレンジ』名前からするとあのカクテルのカシスオレンジのようなお茶なのだろうか。
面白そうだし、これを頼む事にした。
「すいません。注文いいですか?」
そう声をかけると、先ほどの女性がカウンタから出てきて、注文を確認しにきた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いしてもよいでしょうか?」
「それじゃ、このフレーバーティ カシスオレンジで。」
女性は僕の注文を確認するとカウンタの中へと戻っていく。あまりジロジロと見ると失礼になるので、そこまではじっくり見ていないのだけれど、白銀色の長い髪を後ろで束ねた見るからに美しい人だ。多分、この国の出身ではない。イントネーションなどはとても綺麗で声だけだと分からないが、見た目があからさまにこの国の人とは違い過ぎる。きっとあの感じだと北欧か東欧辺りの生まれなのだろうか?
そんな事を考えていると、カウンタの奥から男性の声が聞こえた。
「ベル、待たせてごめん。とりあえずだけど使えるまでには直したから。使ってみて様子みてもらえるかな。ダメなら買い替えしかないかも。」
「祷夜さん、ありがとうございます。それと、ちょうどお客様がいらっしゃってまして、ご注文の品が―――。」
良くは聞こえないが、引継ぎをしているのだろう。男性は僕に頭を下げると、急いで準備に取り掛かっている。
女性は申し訳なさそうにしながら、男性に何かを告げると奥へと引っ込んでいった。
「お待たせして、申し訳ございません。ご注文のカシスオレンジと、こちらはサービスの抹茶カステラになります。」
「ありがとうございます。って、サービスでこれって。この辺りの名物の一つでは?」
「こちらの都合でお待たせしておりますので、よろしければ。」
マスターと思われる男性の勧められるがままに、サービスのお菓子までいただく事になった。僕はのんびりと窓の外に広がる湖の風景を眺めながらお茶をすすり始めた―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あのさ、分かっているけど、キミは別れた旦那さんとの間の子供が居るのでしょ?どうして、その子の事を考えてあげないのさ。」
「お姉ちゃん・・・やっぱり、私、彼にあれだけの事をされたけど、それでも産みたい・・・。」
「僕の正体を知っていて、お姉ちゃんと呼ぶのは構わないけれど、お腹の中の子ってみんなから祝福されて生まれてこれるの?親としてそれを考えてあげているのか?」
ああ、これは今朝方まで続いていた例の女性との会話だ。
彼女は何故か、僕の事をお姉ちゃんと呼ぶ。知り合ったキッカケが某ネットゲームだからだ。
僕が女性キャラの魔法少女を使って何時も無双をしまくっているのもあってか、一部の人達からは見た目はロリな最強お姉ちゃん(ロリババアと呼ぶと僕が五月蠅いからそう呼ばれるようになったようだ)というろくでもない称号を獲てしまったのが原因だと思う。
ただ何となくではあったが、好きなアニメの魔法少女〇〇〇☆□□□の最後は悪魔落ちする黒髪少女の悪魔化した姿をモチーフに見た目だけ作ったキャラだったのだけれど、中身が僕なせいでそんな事になってしまったのだ。きっと僕は、あのキャラな人達には焼き土下座をしても謝り切れない事をしてしまったのかも知れない。
確か、あのキャラは某有名な漬物会社の有名な社長さんも好きで、コスプレイヤーさん達と対談した時にコスプレしてしまったほど思い入れのあるキャラのようだし、その会社が無料で公開しているミュージアムには劇場版の副監督をされた方から直接社長宛に届いた年賀状が飾られられているほど、人気のあるキャラだけに、本当にとんでもない事をしてしまったと思っている。
ゲーム中に意識してプレイすれば良かったのかも知れないが、そこはゲーマーとしての血が疼き過ぎて出来なかったのが失敗だったのかも知れない。
ただ、そんな事があったとは言え、一部に名を馳せるほどのキャラに育てたのもあってか、仲間のプレイヤー達からは、物凄く慕ってもらえるようになった。
その中の一人が、例の女性だ。彼女は確か、ゲーム上ではデジと名乗っていたと思う。なんでデジなのかは知らない。
なんで仲良くなったのかのキッカケはよくは覚えてはいないのだが、気がついたら何時の間にか慕われて話すようになっていたという感じだったと思う。
初めのうちは、よく話すだけの一人だったハズなのに。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 10 話 Calendula (2)」は2020/09/06 00:00頃公開します。




