【閑話】Rudbeckia (4)
「ベル。少しばかり辛い話になりますがいいですか?」
険しい表情で話すお母さまは、とても悲しそうで、話辛そうな雰囲気をしていた。きっと言われる事はとてもキツい事なのだと思う。私は覚悟を決め、返事をした。
「はい・・・。」
暫しの間、重苦しい空気が続いた。きっと話辛いのだろう。
「貴女はこちらの世界に今は戻れないと思ってください。私も色々と調べていますが、あの者達がどうやってこの世界とそちらの世界を繋いだのか分からないのです。」
こういわれるのは覚悟はしていた。帰れない・・・そうなると私は何をすればいいのか、どうしたらいいのか、まったく見当がつかずにいる。
「それでなのですが、貴女には、特別な任務をお願いしたいのです。こちらで調べている間、襲撃で破壊された本を修復する為にも、世界樹に細工されたものが何なのかこちらで把握できるようにするためにも、そちらの世界で、失われたキヲクの回収をして欲しいのです。どんな些細なものでも構いません。出来る限り多くのキヲクを回収してください。」
「お母さま、それはどうやって行えば・・・。」
「貴女には言っていなかった事があります。貴女が生まれた頃から身につけている首からぶら下げた七色に光る石の入ったアクセサリ、それが全てを導いてくれます。だから、貴女はその世界で多くの人のキヲクを感じとってくれるだけで構いません。」
小さい頃から身につけていた不思議なアクセサリ・・・これがそんな効力があるなんて知らないでいた。私だけが持たされていた謎のアクセサリ・・・誰が何の為に持たせたのかすらも分からないものだったし。
「頼みましたよ・・・ベル。そちらの世界の為にも、私達の場所の為にも・・・貴女だけが頼りです・・・。」
それを最後にコールは切れてしまった。こちらから、再度呼び出そうとしたのだけれど、繋がりそうもない。
どうやってこちらと接続できたのかは分からないのだけれど、限られた時間だけ何とか繋ぐ方法を思いついて試して運よく繋がっただけなのかも知れない。
一人寂しく、窓から差し込む月明かりの中、コールの画面を見ていた。
「お母さま・・・」
私はこれからどうしたらいいのか―――その不安な気持ちでいっぱいになっていた。まだ目覚めそうにない彼の心配もあって、その不安は益々大きくなっていくばかりだ。
このまま不安に飲み込まれてしまったら・・・私は私で居られなくなるかも知れない、助かるものも助からなくなってしまうかもしれない・・・そう考えるようにして、今は、時が解決してくれる事を待つしかないと思い、まずは出来る事を、最優先にしてやらないとと自らを奮い立たせた。
そんな事があった夜から数日経過したある日、彼が目を覚ます。
一時期は、どうなるか分からないと言われていただけに、目を覚ましてくれたのはとても嬉しかった。言葉では言い表せないけれど、こんな感情を持ったのは初めてだったのだけど、心の底から嬉しくて涙がでそうになったほどだった。
それから少しずつだけど・・・彼と打ち解けて・・・ううん、小さい頃に彼と会った事を思い出していた私は、あの頃と変わらない彼の優しさにまた触れられて、一緒に居られるようになって、少しずつだけど、あの時の気持ちがどういうものであったのかを自分なりに理解しはじめていた。
それは、知ってはならなかった事でもあった。それを知ってしまった私は、きっと後で後悔する事になる事も少しずつ理解して、私の心の中では複雑な感情で揺れ動いていた。
私はこの世界にいてはならない存在―――それは決められているルールのハズ―――。今は特例で存在が許されているだけのハズだから、何時かはあの世界に戻らないとならない。戻るとなった時、彼との記憶は思い出はきっと忘れ去られてしまう・・・消し去られてしまう。そう思うと、悲しくて苦しくて、思い出した記憶をもう失いたくなくて今も悩み続けている。
きっと、彼に伝えてしまったら、この関係が終わるのではないかと、そう思えて仕方なかった。
それならば、今は伝えなくていい。伝えたらきっと後悔する。
何時の日か、その日が来るかもしれないけれど、その時は伝えよう・・・その時は彼を苦しめてしまうかも知れない。
どんな答えが待っているかは分からないけれど、その時はその時と覚悟を何時かは決めないと―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日も、彼の隣で一緒に仕事をしながら、この場所に来る人達のキヲクの断片を垣間見ていた。この人がどんな悩みをもってどんな苦しみと闘いながら今を生きているのかを見続けさせられていた。
時には見ていて悲しくもなるし、どうしてと思いたくなるし、聞きたくなる事も多くある。
それだけこの世界には色々なものが溢れている。誰も口にしないだけで、誰も内に秘め続け、時には無理やり忘れ去ろうとしたりして・・・決して忘れる事も、失う事も出来ないモノのハズなのに消し去る事で新しい世界が開けると思って・・・。あの図書館区で起きた本の破壊によってそのような事が起きているのかも知れない。
今の私に与えられた任務は、そういう消し去ろうと消そうとした過去の記憶の収集。任務と分かっていても、時には辛くなって辞めたくなる時もあるほどだ。
あの場所にいた頃の私なら平気だったのかも知れないのだけれど、今の私には、あの場所では図書区間で記述され続ける本に書かれていた内容の意味が痛いほど分かって辛くなる事が多い。
そんな時、一緒にいてくれる彼の優しさに甘えてしまっている私が居る事に気がついて・・・私の中での彼の存在が大きくなっていって・・・。
この日々が何時までも続けばいいのに・・・そう願わずにはいられなかった。
このささやかな幸せが何時までもあって欲しい・・・私の心は何時も何時までも揺れ動き続けている―――。
この日々の終わりが来るまでずっとずっと揺れ続けるかもしれない―――。
☆★☆★☆★☆★
「まだ足りぬな・・・」
「はい、先の大戦に我々が協力し、あれだけの悲劇を生みださせ続けたのにも関わらず、回収できた量はあれだけでしたし。」
「先日の襲撃は失敗したものの、次期女王候補をあの場所から追い出せたのはチャンスになるかもしれません。この機会に、一気に攻勢をかけてみてはどうでしょうか?」
「いや、今は時期が悪い・・・。もう少し待つべきだろう。」
暗い闇の中、薄っすらと青白く光る点が集まり、何者達かが話し合っている。
その会話が何を意味をするのかは誰も分からない。
この者達が何者なのかも、誰も知らない。そして、この者達の目的も何なのかを知る者は誰も居ない。
「ククク・・・それにしても、面白い事になりそうだな。次期女王候補が居ないあの場所とは・・・。」
「それだけは成功したのが不幸中の幸いでした。これで、私達も少しは動きやすくなる事を願うばかりです。」
「ま、時が来れば動き出す・・・。それまで暫しの我慢だ。我々が失った者を取り戻す為にも。あの厄介なヤツへの復讐をする為にも。」
「それまで、暫くの間、深い闇の中へと潜りましょう・・・。きっと、我々の時代が訪れる日が来るのでしょうから・・・。」
お読みいただきありがとうございます。
次話は 2020/08/23 0:00頃 公開します。




