【閑話】Rudbeckia (3)
地に落ちていった私は、彼に助けられるとは思ってもいなかった。
まさか、このような形で再開するとは・・・。地へと落ち行く中、私は過去の事を思い出していた。
どういう経緯で来たかとか詳しい事は覚えていないが、幼い頃、一度だけこの世界に来た事がある。
なんとなく覚えているのは、体つきのしっかりした男性と、狐耳と9本尻尾が生えた男性からロリババアと呼ばれていた少女に手をとられて連れてこられたって事。
確か、その時に、「キミが本当に生まれた世界は、この世界に似た世界だったのだよ。」そんな事を言われたのだけど、私にはその意味が分からなかった。
けれど、初めて見る景色、初めて感じる匂い、初めて感じる人々の声に驚き戸惑いながら、期待と希望に小さな胸を膨らませ、色々と見て回っているうちに、あの二人とはぐれてしまって。一人どうしたらいいのか分からなくなって、ある公園のベンチで一人寂しく座って、周りで同じぐらいの子達が楽しそうに遊んでいるのを眺めていた。
どう声をかけたらいいのか分からなくて、けれど、一人でいる私が声をかけていいのかもわからなくて。一人で居る事に不安と寂しさを感じながら、泣きそうになるのを堪えながら―――。
あの二人は何処へ行っちゃったの・・・不安と寂しさが私の限界を超えてしまって泣きそうになっていた時、声をかけられた。
「ねぇ、君も一人?」
声をかけてきたのは、幼い頃の彼だ。大人になった今も、何処かその当時の面影をどことなく残している。本人は気がついてはいないようだけど。
「・・・うん。」
彼から伝わってくる優しさを感じた私は素直に頷いた。
そんな私に気遣ってくれたのかは分からないのだけれども、寂しそうにしていた私に彼は優しい笑顔を見せながらこう話しかけてきた。
「そっか。僕も一人でどうしようかと思っていたんだけど・・・。」
これは彼の本心なのだろう。本能からそう感じる。優しい顔の奥底から見える彼の中にある寂しさ。それが垣間見れたから。
「・・・あなたも一人?・・・私、ここに来るの初めてでどうしていいかわからなくて・・・」
「実は僕も・・・」
それから、二人で一緒に遊び周っているうちにどんどん打ち解けていって・・・打ち解ければ打ち解けるほど、もうこの人とは会えないのかも知れないと思うと悲しくて寂しくて、私はどうしてここに連れてこられたのか、どうして仲良くなった人と別れなきゃいけないのだろうと顔には出さずに、今はそんな事を考えないようにと彼と一緒に楽しく遊ぶことに集中して・・・時間が経つのを忘れて二人だけの楽しい時間を過ごしていた。
ちょうど、日が傾き始めた頃、私はある人達の人影を見つけた。そう、私をここに連れてきてくれた人達の人影を。
そろそろ、帰らないとならない。多分、あの二人は私が居なくなったのに気がついて、必死に探していたのだろうから。
ただ、私はもう少しだけ彼と一緒にいたかった。もう、2度と会えない。そう感じて、そんな気持ちが私の心の中に溢れて今にも溢れ出しそうになっていて。
けれど、私の願いは叶わなかった。彼も家に帰らないといけない。そう告げられたのだから。
また、彼に会いたい、また彼と一緒に遊びたい。そう願った私は、彼との別れ際に、小さい頃、母親から聞いた話をふと思いだした。
『もう2度と会えないと思った相手と「また会いたい」と願うなら、強く願いを込めたキスを相手にすれば、きっと叶うかも・・・。この話は、私のおばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんの頃から伝わるおまじないなんだよ。』というそんな話を。
本当に叶うかは分からない。けれど、このおまじないが本当なら・・・藁にも縋る思いで、別れ際に彼にキスをした。
今思えば、ちょっと恥ずかしい気もするけど、あの頃の私はそれぐらい彼と離れるのは寂しかった。私の生まれ育った世界では、誰かに恋をするという話はなかった。
それにあの世界で暮らす私達はどうやって生まれたのかは、誰も知らない。何処からか生まれ、成長して、最後は老いて消えていく。そんな存在でしかない。
両親の愛のカタチが実って生まれて、両親の愛情を注がれて育ち、何時の日か誰かを好きになって、その人と恋に落ち、新しい命を育んで、育てていって、新しい世代に命と歴史と想いを伝えていくようなものは、図書館区で育っていく本の中に描かれている程度の知識があの世界の常識なのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
逃亡者を追いかけ、この世界に誘い込まれた挙句、深手を負わされた私は、あのような形で彼に再開する事になるとは思ってはいなかった。
ある意味、運命の悪戯なのかもしれない。私は、彼とまた会えた事に少しだけ嬉しく思いながらも、戸惑いを感じていた。
今の私は、あの図書館区の責任者の一人。そんな私があの場所を離れたままでいいのだろうかと。そして、私を助けた事で倒れてしまった彼に、一体何をしてあげられるのかと。
幼い頃の私に手を差し伸べてくれたのも彼だ。今回も私を身を挺して受け止めてくれたのも彼だ。こんな私に、ここには居てはならない存在の私に、どうして彼はここまで・・・そう思うと、私の心はきゅっと締め付けられる。
この気持ちが一体何なのかは分からない。けれども、私に出来る事は何かないかと。
彼が病院へと運ばれた後、時間をそれほど置かずに彼の元へと向かっていた。その時は無我夢中で、今出来る事を、今したい事をとの気持ちが大きくて。本能で動いてしまっていたのかも知れない。
本来なら普通の人には見えないハズの私の姿。そして、翼のない人と同じ姿になっていた私の姿が、誰にでも見えるようになっていたのだから。何をどうしたらこうなったのか、今でもわからない。
病室で眠り続ける彼を見守りながら、私はこれからの事を考え続けていた。
コールを使おうとしても、ここからは誰にも繋がらない。あの場所が、今どうなっているのかは分からない。
私は一体どうしたらいいのか、ずっとずっと窓の外から空を眺め続けていた。時折、寝言のように何かを言う彼を心配になり見つめながら、時には、彼に声をかけながら・・・彼が苦しそうにしている時はそっと手を握り、落ち着くまで傍にいるようにして。
私が、こちらに誘い込まれて1週間ほど経ったある日の夜、私宛のコールが届いている事に気がついた。
誰も周囲に居ない事を確認し、コールの画面を開くと、そこにいたのは、あの世界で女王様と呼ばれている女神ノルン様であった。
「我が娘、ベル。探しましたよ。まさか、そちらの世界に迷い込んでいるとは思いもしませんでした。」
「お母さま・・・。ごめんなさい。」
「ベル、謝る必要はありません。貴女の行動は、こちらでも把握しております。今回ばかりは、相手が悪かった・・・。貴女が動かなければ、きっともっと酷い被害が出ていたでしょう。」
「え?!お母さま、一体、何があったのですか?!」
お母さまは、困った表情をしながら、説明をはじめた。
「貴女が最初にみつけたあの少女は、やはり陽動要員でした。あの者に隠れていた黒猫に化けていた人物が、図書館区に収容されていた本をボロボロに破壊しつくしていた上に、世界樹にも細工を施していたようで・・・。ただ、最重要区にある本の祭壇には手出しをされなかったのが不幸中の幸いでしたが。」
「何故、そのような事を・・・。」
「私にはわかりません。ただ、過去には同様の襲撃を何度か受けたという記録は残っています。しかし、過去の襲撃は全て未然に防ぐ事に成功していたようでここまで至った事はないようです・・・。」
そう話す表情は険しいものであった。一体、どれだけの被害が及んでいるのか、私には想像がつかない。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「【閑話】Rudbeckia (4)」は2020/08/18 00:00頃公開します。




