【閑話】Rudbeckia (2)
「ベル、お待たせ。」
私が監視する相手に気がつかれないように応援に来たウルお姉さま達に声をかけられた。正直、応援が来るまでの数分間ではあったのだけど、生きた心地はしなかった。
なにせ、呟いている事があまりにもアレ過ぎて・・・。何を呟いているか分かってからは、私はこの場から逃げたくて仕方なかったのだから。
「ウルお姉さま。あれを・・・。」
「確かに見た事ない人物だね。ベルは、ここで待機していて。後は私達がやるから。総員、ここに来るまでに決めた配置につけ。私があの人物に声を掛けたら逃げられないように確保を頼む。」
部下達が一斉に相手に配置につくと、ウルお姉さまは一人、見慣れない人物の下へとゆっくりと近づいていき、声をかけた。
「キミ、ここで何をしているのかな?」
相手は本に夢中なのか声をかけられた事に気がついていない。
「ぐふふふっ・・・本は私のお友達~♪」
鼻歌交じりに手に取った本を読み漁っているメガネっ子は完全に一人の世界に浸りきっているようだ。
「・・・もしもし・・・もしもし・・・そこのお嬢さん。」
ウルお姉さまが何度声をかけても反応はない。その隙というか、このままでは埒が明かないと思ったのか、配置についていた人達がメガネっ子を完全に取り囲んでいた。
「・・・いい加減、気がついて欲しいのですけど。この腐・・・。」
「・・・?!誰が腐女子ですって?!?!誰が饂飩馬鹿ですって?!誰が〇〇の新生姜の浅漬けの素をジュースと間違えて飲んだ女ですって?!」
いや、そこまで誰も言ってないし、聞いてないハズなのだけど・・・と思わずツッコミたくなる空気が場を包んだのだが、声をかけられた子もこの状況に気がついたらしく、顔を真っ赤にしながら慌てふためいている。
「あわわわ・・・すいません。てっきり、何時ものアイツかと思って・・・人違い・・・って、えっ?!」
やっと、彼女は状況に気がついたらしい。自分が何処にいて今どうなっているのかを。周囲をネズミ一匹逃がさないように囲まれている現状に。
「やっと気がついたようね。一体、貴女は何処からきたのかしら?」
ウルお姉さまがメガネっ子に優しい口調で問いかける。
「ご、ごめんなさい。なんとなーく、何時もと同じ感じで行きつけの本屋に向かっていたハズなのですが、面白そうな穴をみつけて、様子を伺っていたら、一匹の黒猫が飛び込んでいったのでついて行ったらこんな所に・・・。」
「えっと、面白そうな穴って・・・普通、ここには誰も立ち入れないのに。それに黒猫って何処にいるのかしら?悪いけど、もう少し詳しく聞かせてくれないかな?」
まだまだ尋問は続きそうな感じだ。ま、この様子ならこの件はもう大丈夫かしら?自分の持ち場に帰ろうかなーと思った時、私は見つけてはならないモノを見つけてしまったのだ。
そう、さっき、メガネっ子が言っていた黒猫と思われるモノを。
彼女の影から、人目を避けるように抜け出し、図書館区の奥にある最重要な場所へ向かおうとしている姿を。
とっさに不味いと思った私は、誰にも言わずに黒猫を追いかける。
追いかけている途中、黒猫は全身黒ずくめの衣装をまとった人へと変化を遂げ、追手がいないかを確認し、奥へ奥へと進もうとしていた。
「ま、待ちなさい!!」
これ以上先には進ませない、その思いで必死に相手を捕まえようと手を伸ばしたのだが、届かない。
私に気づいた相手は物凄い勢いで逃げていく。見失うわけにはいかない。きっと、こっちの黒い人が本当の侵入者で、さっきのメガネっ子は陽動要員なのかもしれない。
あの子でみんなの注意を惹かせ、彼女の影に潜んでいたこの黒い人が人目を避けつつ何らかの目的を果たす為に入ってきたとしか思えずにいる。
離されないように、これ以上、侵入をされない為に、私が必死に追いかけ続けていると、相手は観念したのか、袋小路へと逃げ込んでいった。
「もう逃げられないわね。観念しなさい!」
必死に追いかけてきたのもあって、援軍は呼んでいない。そんな暇なんてなかったのだから仕方なかったとはいえ、ここまで追い詰めたのだから出来る事をするしかない。
「ふふふ・・・そうかな?」
全身黒ずくめの衣装をまとった人は不敵な笑い声をあげながら、袋小路の壁に向かい、何らかの液体をばら撒いた。そして、液体がばら撒かれた場所には、少しずつ謎の黒い穴が広がっていく。
「こちらの目的は失敗したけれど、ここで捕まるわけにはいかないの。未来の女王様。」
「貴女は一体・・・何の目的で・・・。」
「ふふふ。それは言えないわ。それじゃねぇ~。」
黒づくめの人物はそう言い残し、黒い穴の中へと飛び込んでいってしまった。このまま、逃がす訳にはいかない。ましてや、未来の女王って何なのかわからない。
きっと私が知らない事を何か知っていて、その目的を叶える為に来たのだろう。このままにしておくと、必ず何か起きる。そう思えてならなかった。
意を決して、閉じゆく穴の中へと飛び込む。追いかけて捕まえて、色々と確認せねばならない。
飛び込んだ穴の中は、真っ暗で何処へ通じているかは分からないけれど、一方通行のようだし、このまままっすぐ進めば、きっと追いつくハズ。焦る気持ちを抑えながら、必死に前へ前へと進んでいくと、遠くに小さな光が見えた。
きっと出口に違いない。先ほど飛び込んだ穴も少しずつ閉じていったように、あの黒ずくめの衣装をまとった人が出たら閉じてしまうかも知れない。
閉まらないように願いながら急いでその光の方へと進んで行くと、何時の間にか光の中へと包み込まれて、何処か別の世界へと辿り着いた。
眼下には、見た事があるようでないような・・・幼い頃、見たような記憶もあるような景色が広がっている。
今は幼い頃の記憶を思い出している場合ではないし、まずは、あの逃げた相手を探さなければ―――周囲を見渡せど、先ほどの人物らしき人影はない。
きっとこの眼下の世界の何処かに潜んでいるに違いない。目を皿のようにして必死に探すが見当たらない。
一体どこへ逃げ込んだのか?見知らぬ世界で探すのは大変な苦労を強いられるのは分かってはいるが、逃がしてはならないというただそれだけの思いで探し続けている。
上空高い場所から飛びながら探すのは、難しいかも知れない。そう感じ、少し高度を下げ、人目につかないようにビルとビルの間を飛びながら探し続けていた時だった。
「しつこいわねぇ。そうしつこいと男にも嫌われるわよ。」
聞き覚えのある声がした。その声は、さっき私から逃げていったあの黒づくめの人物の声だ。
「一体どこに?!出てきなさい!!」
黒づくめの人物にしか聞こえないように声を上げる。
「そこまで言うなら・・・出てきてあげるわ。」
そう聞こえた途端、私は背中に鋭い痛みを感じると、翼に力が入らなくなり、重力に引っ張られように下へと落ちていく。
可能な力を振り絞り、落ち行く中、空を見上げると先ほどの人物がこっちに向かい笑みを浮かべていた。
「さようなら、未来の女王様。目的の一つは果たせなかったけど、別の目的は遂行できたわ。こう簡単に引っかかってくれるとこちらとしては、面白くないのだけれどね。」
黒づくめの人物は、落ち行く私をケラケラとあざ笑いながら、ビルの壁に開けた黒い穴からまたどこかへと消えていった。
あの人物に何をされたのかはわからない。ただ、私は力なく、落ちていくしかなかった。
罠にかかったとも知らず、自らこのような事になってしまった自らの愚かさを噛みしめながら・・・。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「【閑話】Rudbeckia (3)」は2020/08/16 00:00頃公開します。