第 8 話 Purple Verbena (4)
その夜、私は泣き続けていた。一人ただ泣き続けていた。
もう、何もかも嫌になって、生きる事も辛くなって。どうしたらいいのか分からなくなって。
何もかもから逃げたい。何もかも忘れたい。何もかも要らない。そこまで追い詰められていた。
あの電話があった後も、数日経過したのだけれど、未だに私は学校にも行けずにいる。
そして、今日、遂に恐れていた事が起きてしまった。
両親が揃って平日に家に居る。そんな悪夢のような状況が。
毎日学校にきちんと行っていると思っている両親には、ずっと学校に行っていないなんて言えない。知られたくない。知られたらどうなるのだろうと考えると今にも心が折れそうで砕け散りそうで辛くて。
ここは仕方ない、両親にバレないように制服を着て学校に行くフリをして何処かに行ってしまおう。行ったついでに死ねるなら死んでしまってもいいや。そんな事を思っていた。
私が居なくなっても、誰も困らない。誰も悲しまない。きっと私が居なくなれば大喜びする人達が多くいるハズ。
きっときっと―――。
そう思いながら目を瞑ると、目の前に、誰かが泣いているように感じた。一体誰が泣いているのだろう。私には分からない―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私は紅茶の入ったカップ持ったまま、ずっとどこか遠くに意識が飛んでしまっていた。
持っていた紅茶を制服や高そうなソファにはこぼしてはいなかったから良かったものの、こぼしていたらと思うと気が滅入っていたかも知れない。
紅茶はこぼしていないハズなのに、気がつくと、制服のスカートになにかが零れ落ちたような跡が無数にあった。
この跡は一体何なんだろう・・・。そう思い、カップをテーブルに置いた後、ふと顔に触れると、何かが零れ落ちてきているのがわかった。
そう、この跡は、私の涙の跡。
気がつかないうちに、私は泣いていた。どうして涙がここまでも止まらずにいたのかは分からない。
ただただ、意味が分からないまま、泣き続けていた。
そんな様子を見ていたのだろうか、紅茶を持ってきてくれた女性がそっと私に綺麗なハンカチを渡してくれた。
「大丈夫ですか?」
「す、すいません。大丈夫です。」
「無理はなさらないでくださいね。」
「はい・・・。」
渡されたハンカチを申し訳ないなと思いながらお借りし、涙を拭うのに使わせてもらった。
肌触りはとてもいいハンカチ・・・。そして、ほんのりと甘く優しい匂いがするハンカチ・・・。
何処かでこんな匂いを感じた事があったっけ・・・。何処だったかはわからないけれど・・・。
そんな事を思っていた時、突然、お店の扉が勢いよく開いた。
「探したぞ!明日花!!」
「大丈夫?!明日花」
「心配したのですよ、明日花さん」
お店に入ってきたのは、私の両親と担任の先生だった。どうしてここが・・・。あ・・・何時も学校に行くのと同じ感覚でスマホ持ってきちゃったんだっけ・・・。それで居場所がバレたのかも知れない。
私が親から持たされているスマホは、あの子とは違い、親が設定した機能しか使えないモノで親が調べようと思えば何処にいるか調べられるモノだったのを忘れていた。
「明日花さん、どうして、礼香さんの悪事の数々を教えてくれなかったのですか?!」
「そうだ、明日花。うちから金品が無くなっていたのも、あのクラスメイトが犯人だったようだし。」
担任と父に思いっきり怒られた。心配しているからこそ怒られたのだ。
「ご、ごめんなさい。友達だからと思って・・・。」
「気持ちは分かります。ですが、今朝方、学校に連絡がありまして。礼香さんが警察に補導されたと。」
「えっ?!それって一体・・・。」
「ええ、あの子、色々な人の家から盗んだ金品を売りさばいていたようなんですよね。それを不審に思った業者から警察へ連絡が行ったようで。それ以外にも、他人のクレカを盗んで使っていたのも判明して、両親共々、警察に連れていかれたようです。」
いきなりこんな事を言われた私は驚きのあまり、言葉を失ってしまった。一体、あの子は何をしでかしていたのだろうかと。
「まだ、全容は判明していませんが、総額500万を超えるような窃盗などをしていたのですから、あの子は、もう学校には来れないかと。」
担任も怒りがこもった声で話しているのをみると、きっと先生方も何かしらの被害に遭ったのかも知れない。
「先生、一体、何があったのですか?私は、あの子が、私の家で両親の部屋を物色して金目の物を盗もうとしている所を目撃してしまっただけで・・・。」
「やはり、見ていたのですね。だから、あの子は貴女に強く当たり散らしていたと。あの子は先生方の財布から現金を盗んでいたのもありましたし、貴女以外の生徒の家からも同様に窃盗を働き続けていたようで。警察も、少しずつ情報を集めて、証拠固めをしてから補導に踏み切ったようですから。」
「そうでしたか・・・。あの子の両親もその件には関わっているのですか?」
「関わっているから、警察も慎重になっていたようですよ。被害に遭った先生達にもそのように説明してくれましたし。」
両親もその話に頷いていた。私の家もあの子の被害者だ。
「明日花、知っている事でいいのだけど、礼香さんは何故そんなにお金を欲しがっていたのか分かる?」
「そういえば・・・なんか、Vtuberって言われる人に投げ銭するのにっていうのを聞いた事が。」
私は知っている事を、あの子から聞いた事を全て話す。Vtuberって何かわからない、担任や両親の為にも私が知っている事と礼香ちゃんから聞いた事を含めて。
「なるほど・・・。それでお金が。礼香さんを甘やかし続けた両親でも払いきれないお金が必要になっていたって事なのでしょうけど。」
担任は大きくため息をついて、頭を抱えている。きっと、私が話した事を上に報告しないとならないのだと思う。
「ごめんなさい・・・。私が礼香ちゃんをしっかり叱れればこんな事に・・・。」
「いえ、明日花さんが謝る事ではないですし、明日花さんは一切悪くはありません。だから、安心して。クラスのみんなも明日花さんが来るのを待っているし、あの子の本性を知っている人達は本気で命を落としてないかと心配しているぐらいなのだから。」
そう言われ、また涙が溢れてきてしまい、大声をあげて泣いてしまっていた。
私は、私が見えないでいただけで、心配してくれる人がいて、待っていてくれる人達がそばにいたんだと。
怒られる、嫌われるって思ってしまっていたのもあって、全く見えなくなっていたんだと。
その後、泣き続けてしまっていてどうなったかはよく覚えていない。
ハンカチを貸してくれた、お店の女性にはお礼を言って返したのと、両親と担任もひっきりなしにあの女性にお礼を言い続けていたっていうのは覚えている。
きっと、あそこに入ってなかったら、私は今頃、この世界には居なかったのかも知れない―――。
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先ほどまで大泣きしていた中学生の女の子は、両親と先生に連れられ、おぼつかない足取りでお店を出て行った。
帰り際、私は、あの子の両親と先生の3人からお礼をたっぷりと言われ、どうしていいのか正直、困ってしまっていた。
私は、あの子の為に何かしたかと言うと何もしていない。私が出来る事、普段している事をそのままあの子にもしただけ。
心が落ち着くように、心が安らかになれるようにと願いながら、休憩中の彼の代わりに少しずつ覚えた淹れ方でお茶を淹れて提供しただけなのだから。
何時か、先ほどの女の子が心安らかに過ごせる日々が来ますようにと祈りながら、あの子から返してもらったハンカチを眺めている。
この世界には色々な人がいる。時には毒にしかならない人もいる。けど、そういう人は何時かきっと痛い目をみる。そうなっても、反省せずに毒をまき散らす人は、きっとあの者達に取り込まれるか取り込まれているのかも知れない。
私の大切な彼はあの者達には取り込まれて欲しくない・・・その為にも私は彼との時間を大切にしたい・・・そう切に願うのであった。
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お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 8 話 Purple Verbena (5)」は2020/08/07 00:00頃公開します。