第 8 話 Purple Verbena (3)
私はその時目撃した事を礼香ちゃん本人には聞けずにいた。
聞いたら関係が壊れる。下手をすれば、あの学校にスマホを持ってきた時のようになるかも知れない。そう思ってしまい、二の足を踏んでしまっていた。
けれど、何時までも聞かずにいるわけにはいかなかった。何故かと言うと、両親の元から金品が無くなるスピードが前にも増して早くなったのと一度に無くなる金額が大きくなっていったからである。
ある晩、私は両親からこう聞かれた。
「明日花、悪いんだけどちょっといいかな。」
「なに?パパ、ママ。」
「実は、私達の部屋からお金や貴金属が無くなっていっているのだけれど、心当たりはないかい?」
「うぅん、私は知らないよ。何があったの?」
とっさに知っているとはいえずに、惚けてしまっていた。今思えば、この時に正直に話してればこの後は大きく違っていたのだと思う。
「それならいいんだ。変な事を聞いて悪かったな。」
「ううん、気にしないで。何があったかは分からないけど。」
私はそう言って、その場から離れ、部屋に戻ってずっと考え事をしてしまっていた。絶対に内から金品が無くなっているのはあの子が犯人だろうと。
翌日、学校で誰も居ない時間帯を見計らって、礼香ちゃんを問い詰めた。
「礼香ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど。」
「何?私、そんなに暇じゃないんだけど。」
「実はね、うちの両親の部屋から金品が無くなっているのだけど、どうしたらいいのかな?」
その言葉を聞いた彼女はいきなり機嫌が悪くなった。どうしたらいいのかと相談する風に聞いているのにも関わらずにだ。
「し、知らないわよ!私が犯人だとでも言いたいの?!」
「そんな事、言ってないよ。不思議な事でどうしたらいいのかって思って。」
彼女の機嫌を損なわないように誤魔化したつもりではいたのだけど、全くの無意味だった。だって、私の話を全く聞いていなくて、どんどんと不機嫌になってヒステリーを起こし始めていたのだから。
「そうやって人を疑うなんて、最低!!そうやって人を疑って傷つけるのが楽しいのでしょ!」
「違うんだけど。なんでそうなるの?」
「いい訳なんて見苦しい!そうやって人の気持ちを土足で踏みにじってさぞかし気持ちがいいんでしょ!貴女になんて私の気持ちなんてわかるわけないんだから!」
ここまで言われ続けると、本気でどうでもいいって気持ちになった。
この日以降、礼香ちゃんとはほとんど話さなくなった。話せば話すほど、私が馬鹿を見る事になりそうだったし、これ以上、友情関係を壊したくないと思ってしまったから。
ただ、その考えは甘かったと後になって痛感させられた。
見た目だけは可愛い礼香ちゃんだけあって、私と疎遠になったと思った途端、彼女は、私の悪口を周囲に言いふらし始めた。
しかも、私が言っていない事をべらべらと私に聞こえるように陰口として話すのを聞いていて、悲しくなる一方でどうしたらいいのかわからなかった。
そこにトドメを刺すように、彼女の言い分を鵜呑みにして信じきる人達が表れたのが何よりも辛かった。同じクラスの人達はあの子の性格を理解している人達が多かったからいいものの、問題は他のクラスの人達。
学校の廊下ですれ違う度に嫌味を言われたりするほどだ。
一番辛かったのは、こんな話を私に聞こえるように言われた時だった。
「あ、礼香ちゃんが言ってたのってあの子でしょ。礼香ちゃんの家から現金とか盗んだって。」
何時の間にか、私が悪者になっていたのだから。何処をどうしたらそうなるのかは分からない。けれど、こんな話が学校中に広まっているのを知ってしまってからは、私は学校に行けなくなってしまっていた。
そして、この話は上級生達にも伝わっていたようで、至る所で噂をされるようになってしまったのだから。
見た目が可愛いという最大の武器を使って、ここまでの事をされるとは信じられなかった。私は友達としてやってはいけない事はして欲しくなかっただけなのに。
それ以来、私は両親が共働きで居ない事をいい事に、学校にも行けず、外に出る事さえも出来ずにいた。
時折、クラスメイトが心配して学校の帰りに家に来てくれてはいたのだけれど、あんな噂を流されているだけあって、あまりうちにに近寄らないようにとお願いをして、すぐに帰ってもらうようにしていたほど、私の心はズタズタになってしまった。
そんな私を心配したクラスメイトにこう言われたっけ。
「ホント、あの子、酷いよね。私もあそこまで酷いなんて思わなかった。例のスマホの件もそうだけど、明日花ちゃんの件だって。それ以外にも―――。」
その話をしてくれた子は、その後を言おうとしたけど、完全に吃ってしまい言葉にならずにいた。
一体、何があったのだろう。そう思ったりもしたのだけれど、結局聞けずのままだ。
私が学校に行けなくなって数週間が経ったある日、家の電話が突然鳴り響いた。
親が仕事から帰ってくる前の時間帯で、家には私しかいない。そのまま無視し続けていればそのうち切れるだろうと思って放置していたのだけれど、ずっとずっと鳴りっぱなしのまま。
ここまで鳴らし続けるのだから何か重要な電話かも知れないと思って出てしまったのが大失敗だった。
「なんで何時まででないのよ!!電話無視続けるなんていい根性してるわね!!」
その声は、言うまでもない。あの子・・・礼香ちゃんだ。
「無言のままいるなんて、相変わらずいい根性ね。答えなさいよ!」
私は声を出す事が出来ずにいた。まさか、電話がかかってくるなんて思ってもいなかっただけに。
「あんたのせいで私が担任に何故怒られなきゃいけないの!明日花が学校に来なくなったのは貴女が一方的に悪いだけでしょう!」
もう、こんな事言われる為に電話に出たわけじゃない。電話を切りたい。いいや、切っちゃえ。そのまま、「切」のボタンを押し、子機を充電器に戻そうとした瞬間、また呼び出し音が鳴り響く。
出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない、出たくない。
けれども、電話は鳴りやまない。親が帰ってきてからもこんな事が続くようなら、私が学校に行っていない事がバレてしまう。
親にだけは心配をかけさせたくない。私は仕方なく電話にでる。
「・・・も、もしもし・・・。」
「明日花、電話に出るならきちんと出なさいよ。せっかく、私が電話してあげているのに。」
私から電話して欲しいなんて一言も言っていないのに、彼女の態度はどんどん傲慢になってきている。多分、これが本来の彼女なのだろう。本気でそう思うと怖くて仕方がなかった。
「あのさ、いい加減、学校に来なさいよ。あんたが来ないと、私が何かやったんだと疑われるだけなんだけど。それって友達がしていい事なの?あんたは私じゃないんだから。」
「ご、ごめんなさい。」
「ごめんなさいじゃないんだけど。そうやって自分と人を重ね合わせてふざけた態度をとるのは気に食わないんだけど!それと、私の家から持ち出したお金返しなさいよ!!」
何故、ここまで言われなければならないのだろう。第一、お金なんて持ち出してない。持ち出したのはこの女だ。この女、クソ過ぎる。最低だ。今すぐ消えて欲しい。今すぐ死んで欲しい。そう思ってしまった。
けど、こんな事を言ったら余計に大変な事になる。私はなにも言えず、ただただ、相槌的に単語を発するのがやっとだった。
「はい・・・。」
「はいじゃない。いい加減、学校にこい。ふざけんな、このブス!」
そう怒鳴り散らした彼女は一方的に電話を切ったのであった。
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続きの「第 8 話 Purple Verbena (4)」は2020/08/05 00:00頃公開します。