第 7 話 Spring starflower (6)
そして、残された私と祖父母にとってはとても辛い現実が待っていた。そう、言うまでもなく、この国特有の事件を起こした家族に対しての冷ややかな周囲の目である。中には観光目的だろうか県外から事件現場として見物に来る人達もいたほどだ。そういう人達の影響もあってか、周辺に住む人達からの偏見に満ちた視線がとても辛くのしかかり、この場所には住めない―――そう感じざるおえなかった。
祖父母も同じように感じていたようで、周囲や面白半分に来る人達への苦慮からか、心身共に衰弱しきっていた。
そんなある日の事、警察から連絡がきた。その内容は、私と祖父母にとって悲しいモノであり、この地にいる必要がなくなる内容だった。
その内容は、弟が持病を悪化させ今朝方亡くなったというもの。
警察に連行される弟が私に自分の命はそう長くないと言っていたのは、弟なりに死期を悟っていたのかも知れない。そう思うと、私は何の為に今いるのだろうと思えて仕方がなかった。
弟の葬儀は、父の時よりもより質素に行う事となった。逮捕された事で、高校は退学処分となっていただけに、クラスメイト達が来る事もなければ、知らされる事もなかったようだし、下手に来てマスコミに質問攻めにされるのもどうかと考えたのだと思う。
葬儀を終えた私と祖父母は、言うまでもなくその足で、今住んでいる場所を離れ、遠い遠い場所へ引越した。
まさか、こんな結末になるとは思っていなかった―――。
もう手遅れかも知れないけれど、全てを私は失ってしまった。何処かで私は道を誤った。もう後戻りは出来ない。
環境が少し違えば、もっと違う結末になっていたのかも知れない。私があの時、あの選択をしていなければ、別の道に進んだのかも知れない。
そして、これから私は、私の中にいる新しい命の灯を消す。誰にも望まれずに生まれてくる事の許されない命。
この命が彼との子だったら、私は受け入れられただろうけど、違うのは目に見えている。
きっと生まれてきたら、この子は、私と同じ運命を辿る事になるだろう。
何処の命令かは知らないけれど、性的暴行を受けて妊娠してしまった人に加害者の堕胎の同意を医療機関から求められるケースが多い中、運が良かったのか、それともそういう被害に遭った人達の立場を理解してくれる先生にあたったのかは分からないけれど、私は加害者である亡くなった父親の同意を求められる事もなく、これから手術を受ける事になる。
数日前から、その準備を受けて、今日はその執刀日だ。
もし、加害者の同意を求められるような事になっていたら、私は自らの命を絶つしか選択肢はなかったと思う。
きっと彼がいたなら、「責任は僕が被るから」と言って、書類へのサインをしてくれたとは思うけれど、そんな事は私には出来ない。彼なりの優しさなのはわかるけれど、それは私の良心が拒否をする。
大好きな人だから、愛した人だからこそ、これ以上、傷つけたくはないし、壊したくはない。
私からしたら、彼は、純真無垢―――白く綺麗な羽をもち続け飛び続ける天使・・・いや神様のような存在。
そんな存在を私のような薄穢れた者が血に塗れた世界へと突き落としたくなかった。
きっと彼なら、一人でも生きていける。きっと彼なら、本当にふさわしい人を見つけて、その人と幸せになれる。そう信じて、離れたのだから。
私がこのような手術を受けるなんて事は誰も知らない。
親しい友人すらにも言っていない。もっともその友人達からもあの事件で離れてしまった。
全てを失った私にとってはこのような末路になるのは仕方がない事だ。
もうすぐ手術室に入り、全身麻酔を受けて寝ている間に全ては終わる。
これから行われる手術がどういうものか説明を受けた上で、同意し、行われるのだから。何かあれば、私の身体にも影響があるのも覚悟の上だ。
何件も同じような事例を扱ってきた先生が執刀をしてくれるので、そこは大船に乗った気持ちで任せよう。きっと何も起こらない。
目が覚めれば、何時もの日常に戻るだけ。
全てを失った私が、新しくやり直す為の道が始まると思うようにして、前を向いて一歩一歩踏みしめていかなければ。
失ったモノは2度と取り戻せない。覆水盆に返らずというように、一度ひっくり返ってしまってこぼした水は元には戻らない。
きっとどこかで私は彼との思い出を忘れずに生き続ける事になるかも知れないけれど、戻れない道ならば、新しく築いていくしかない。
そう自分自身に言い聞かせて、全身麻酔で意識が遠のく中、私は彼へと心の中で呟いた。
「ごめんなさい・・・ありがとう・・・。」と。
これ以上、悲しみを増やさないため、憎しみを増やさないため、私が決めた事なのだから―――。
お読みいただきありがとうございます。
かなり重い話になってしまい、申し訳ございませんでした。
この話はモデルあるの?と聞かれると答えたくないのが本音です。それぐらいこの話を書いていて心をえぐられ続けてました。
(じゃ書くなと言われそうですが、世の中には人知れずにこういう思いを経験している人達もいるという事で・・・)
次話は 2020/07/30 0:00頃 公開します。