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recollection  作者: 朝霧雪華
第 7 話 Spring starflower
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第 7 話 Spring starflower (4)

 私は何時の間にか深い眠りについていたようで、目が覚めると、隣で彼がウトウトとしながら私が目覚めるのを待っていた。

多分、疲れが残っていたのだと思う。私に会う為と、何時も何時も大量の仕事を片付けて、週末は残業も殆どせずに会いに来てくれるような人だから。

時には週末にワザと出張をぶつけるようにして、直行直帰という形で仕事を終わらせては私の元に駆けつけてくれたりもしていた。なにせ、その年齢でその役職なの?!という肩書を持っていたのは知っている。それだけ周囲からは期待をされていたし、評価もされているような人。本人から言わせれば、『肩書なんて大したものじゃないよ。僕なんて何時までも新人と変わらないのだから』と言っていたけど。

毎週末、私に会いに来るたびに、少なくても毎回4~5万は使っているのだから、どれだけ負担をかけてしまっていたのかは分からない。

そのような事情も考えると、私は、彼との関係を切る覚悟を決めた。もう、私の為に彼をこれ以上、傷つけたくないから。この決断が、彼を傷つける事だと分かっていても。

彼が目を覚ます間、テーブルに何時の間にか用意されていたお茶とお菓子を頂く事にした。

お茶は時間が経っていても冷めないようにと、可愛いデザインの保温ポットにいられていて、心遣いを感じられるものだった。

用意されていたカップにお茶を注いで、少しずつ口にする。優しいけど、ほろ苦い味のするお茶は、私の今の心に深く染み渡る。このお茶の種類はなんなんだろう?と思いつつも、聞ける人がいないから分からない。

けれど、今の私にはこれからの事に対しての決意を揺るがないものにするのにはちょうど良かった。

「目覚められたようで良かった。」

背後から声がした。そこには、私をこの部屋に案内してくれた若い女性が、乾いた洗濯物を抱えて部屋の中に入ってきたという感じで立っていた。

「すいません、色々とありがとうございました。」

「いえいえ、お気になさらず。お加減はどうですか?」

「お陰様で楽になりました。」

「それなら良かった。あまり無理はしないようにしてくださいね。」

そう言い残すと女性は洗濯物を抱えたまま、部屋を出て行った。あの洗濯物の量を考えると、きっとマスターと呼ばれる若い男性とあの女性の二人暮らしなのだと思う。

私にはあの二人のように一緒に住むなんて夢はきっと叶えられない。少しだけど、あの二人が羨ましく感じる。そんな風に考えていると、隣でウトウトしていた彼が目を覚ました。

「おはよう。疲れてたみたいだね。大丈夫?」

「あ、僕も何時の間にか眠ってしまっていたのか。って大丈夫って聞きたいのは僕の方だよ。」

「心配かけさせちゃってごめんね。私はもう大丈夫だから。」

彼に悟られないように私は作り笑顔をして、元気いっぱいのフリをした。

「それならよかった。そうだ、お店の人にお礼とかしないと。」

彼がそういって立ち上がろうとした時、マスターの男性と、店員の女性が二人揃って部屋へとやってきた。

「先ほど、彼女から聞きまして。目を覚まされたようですね。体調は大丈夫ですか?」

「色々とありがとうございます。お陰で良くなりました。」

「それならよかった。」

男性はほっと一安心した顔をすると、隣にいる女性に、そっと何やら耳打ちをしたようだ。それを聞いた女性も軽くうなずいていたようだから、私の事を心配して何か話をしていたのだと思う。

私が落ち着いたのもあって、彼がマスターの男性に声をかけた。

「本当に助かりました。それと、お礼とここのお茶とかのお支払いは―――。」

「いえいえ、気になさらなくて大丈夫ですよ。お代も要りません。困った時はお互い様ですから。」

「それでも、何かお礼を。」

「本当に大丈夫ですよ。まあ、お礼と言うならまたお店に来ていただければいいかなーと。」

そう言ってマスターの男性はにこやかに笑っていた。隣にいる女性も同様に。正直、ここまで親切にしてくれる人達にあったのは初めてかも知れない。見知らぬ私達にここまでしてくれる人が今もこの国に居るんだと思うと嬉しくなるぐらいに。

「わかりました。また、来させてもらいますね。」

彼はマスターにお礼を言い、頭を下げた。私も一緒に同じく頭を下げ、お借りしたソファーを綺麗にし、出していただいたお茶やお菓子を簡単に片付け、何度もお礼を言ってこの場を後にした。

これから、私にとって待ち構える最大の試練の始まりの合図とともに―――。


 ☆★☆★☆★☆★


 私達にお礼を言って、あの二人はお店を出て行った。私の隣で、二人を見送る祷夜さんも心配そうな顔で二人が遠ざかって行くのを何時までも眺めていた。

「ベル・・・あの二人・・・悲しい結末を迎えるんじゃないかって気がしてね・・・。」

「祷夜さん・・・私もそう思えて。あの二人の背中を見ていると何処か悲しく儚くて・・・。」

彼もここでお店を始めて色々な人達を見てきているからあの二人が発していた独特のオーラを酷く感じとってしまっていたようだった。私は、彼があの二人の発していたオーラにやられていない事を願わざるおえなかった。まだ、彼には私の正体を言っていないし、知られていない。知ってしまったら、彼はどう思うか、そう思うとあの二人の結末のようになってしまうのではないかと思えて、その勇気を持つ事が出来ずにいる。

少しずつだけど、この世界にいる事に慣れつつある私にとって、今のこの日常を失いたくないという気持ちが日々大きくなりつつあったから。

多分、彼は気がついていないだろうけど、私にとって彼は―――ううん、今はこれは言わないでおこう。言ってしまったら、あの二人のようになってしまいそうで怖い。

あと、あの二人には言わずにいたけれど、これから先、あの二人にとってとても悲しい、一生の傷になるようなモノが待ち構えている。それは、私にしか見えないのかも知れないのだけれど、その事実を私は受け止める事が辛く悲しいモノでしかない。

私はこの世界の人達の運命や宿命を変える事はしてならない、してしまったら、私は世界を滅ぼす事になるし、私自身も懲罰を受けて消えなければならない。

それはそれで悲しいモノしか残らないのだから―――。

そんな気持ちで溢れかえっていた私は、何時の間にか隣にいる彼に寄りかかってしまっていた。多分、私の中で抑えられない感情が一人で受け止めるのに限界を感じてしまい、人の温もりを感じたいと彼に求めてしまっていたのだと思う。


 ☆★☆★☆★☆★


 私はあの後、彼に別れを告げた。

「ごめんなさい・・・。もう私は貴方をこれ以上傷つけたくないから・・・。もう、貴方の傍には居られない・・・。」

突然の話で、彼は驚いていたけれど、こうするしかなかった。

彼と初めてのデートで来たこの湖の桟橋で、そう告げると私は何も言わずに彼の元を離れ、すぐに来たバスに乗り込むと、スマホを取り出して彼からの着信を全て拒否し、電源を切った。

ズルい女と言われるかもしれない。意味が分からないと言われるかもしれない。けれど、私にはこうするしか思い浮かばなかった。

彼からもらった思い出の品々は、バレないように今朝のうちに彼の家へと置いてきてある。

駅へと向かうバスの中、私は何度も何度も泣きそうになるのを堪えながら、彼が後から追ってきていないのを確認し続けていた。

これが私にとっての終焉の始まり。もう、後に戻る事は出来ない―――。

お読みいただきありがとうございます。

続きの「第 7 話 Spring starflower (5)」は2020/07/23 20:00頃公開します。

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