第 6 話 Lycoris (2)
駅前をふらつく。20分ぐらい経った時だった。友達の話していた話は本当であった。
一人の30代ぐらいの男の人に声をかけられた。
「君、ちょっといい?」
「私ですか?」
そう答えると『そうそう』というように男の人はうなずいた。
「そうそう、君だよ。君、ちょっとモデルとかアイドルとかに興味ある?」
正直言えば、モデルにもアイドルにも興味はなかったし、私のような子にそんな事ができるわけないと思っていた。普段の私なら絶対に興味を示さないだろうし、疑いの目をもっていたと思う。けど、この時は違った。
どうしても働いてお金を稼がなきゃという気持ちが強くて、疑いの目を持つ余裕すらなかった。
少しでも稼げるなら―――そんな甘い考えをしていた。
「それって、お金貰えるんですか??」
私はそんな事を唐突に聞いてしまった。そうすると、男の人はちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐに普通の顔に戻って質問に答え始めた。
「あはは、いきなりな質問されてビックリしたよ。モデルもお仕事だからね、もちろんお給料って事でもらえるよ。まあ、お金が欲しいって事はなにかあるのかなー?」
「えっと、実は妹の為にお金が必要で―――」
そう答えると、男の人は話を断つように話に割り込んできた。
「ちょっとまって、いろいろ事情がありそうだね。それなら、この近くにうちの事務所あるからそこで話を聞かせてもらえないかい?事務所に行けば社長もいるからいい方向に話ができるかもしれないよー?」
そう言われるがまま、後をついて行ってしまった。
男の人の後をついて行くと、駅からはそれほど離れていない場所にあるマンションに案内された。
「事務所はここの5階にあるから。ついてきて。」
この時、なんでマンションなのだろう?とも思ったけれど、ここに向かってくるまでの間に「うちはそんな大きな事務所じゃないから、こじんまりとしているよ。ビックリさせるかもしれないけど。」と言われていたので疑いもしなかった。
言われるがままにマンションに入りエレベータに乗って事務所と呼ばれている部屋の前まで行くと「ここだよ」と言われ、男の人はドアを開けて中に入るように勧める。
勧められるまま中に入ると野暮ったい感じのする20代の男の人がいた。
「おっ、新人候補見つけてきたんだね。」
そう言って私の事をじろじろと見ていた。
私が呆然と『何この人・・・』という顔をしていると、それに気がついたようで謝ってきた。
「ああ、ごめんごめん。ボクはこの事務所の社長をしている百田っていうんだ。君が竹山君が見つけてきた新人候補の子かい?」
私をここまで連れてきた30代ぐらいの男の人は竹山というらしい。そういえば名前を聞いてなかった事にその時になって気がついた。
「そうだ、ごめん、名乗ってなかったね。私は竹山ね。そうそう、社長、この子、どうも訳ありのようなんですけど一緒に話を聞いてもらっていいですか?」
「うぅーん、訳ありね。どんなのか聞いてみないと・・・。」
男の人二人はそんな会話をすると奥の応接室に案内してくれた。
そこで私はお金が必要になった理由と家庭の事情を話した。
「―――そっか。そういう理由だったのか。美希ちゃんは妹さん思いだね。」
百田さんにそう言われ、竹山さんからは
「それなら、うちで働いてみないかい?お給料払う都合もあるから本当なら保護者・・・この場合はお母さんの同意書などが必要になるけど、その様子だと難しそうだね。」
私は困ってしまった。母の同意が必要となるとあの母から同意が貰えるとは思えないし、そもそもあの母を説得する機会すらあるのかと思うと無理としか思えない。
困った顔でいると百田さんからこっそりと耳打ちされたのだった。
「本当ならダメなのだけど、別に方法はないわけじゃないんだ。ただ、誰にも言っちゃダメだけれど―――。」
その話を聞いた時に、何かおかしいと気がつけば良かったのだけれど、その時は気がつかずにいた。その後は色々と説明を受けたり宣材と言われて簡単なスナップ写真を撮ったりした。
所々で百田さんや竹山さんが芸能界と言われる世界の面白話や裏話を交えたりしながら。某関西の人気番組の××の放送作家は会議でドンッと面白話だけするのはいいのだけど作家としての仕事をしてくれなくてスタッフが大慌てになりながら毎回ネタを収録しているとか、某テレビ局の素人が集まって恋の話を、有名お笑い芸人の司会者に指名されながら話したりする番組に出ている子達って素人ではなくうちを含めた事務所に所属する子だったり番組プロデューサーとのコネがある素人とは言えないような子が決められた台本に沿って話を脚色して話しているとか。
そんな話を織り交ぜて説明されたから、私は信じてしまったのだと思う。
一通り説明を受け、時間も遅くなりつつあるからと家に帰る事になった。
「それじゃ、来週の土曜日にオーディションと手続きがあるからここにくるようにして。」
竹山さんにそう言われ、「はい」と答え、事務所のあるマンションを出た。
来週の土曜、ちょうど学校が夏休みに入った直後の土曜。そんな事を考えながら家に向かった。
約束の土曜まではあっという間だった。夏休み前の終業式も終え、友達とも夏休みの約束などをしてその日を迎えた。
この前案内された道順を思い出しながら、事務所のあるマンションへ向かう。
今日、私がこんな所にいるのは友達も親も知らない。誰にも言っちゃダメと口止めされていたからだ。
何度か道を間違えながらも約束の時間の前に事務所のあるマンションへ辿り着いた。
マンションのロビーでインターホンを鳴らし、オートロックを解除してもらって中に入り、事務所のある部屋まで向い、中へ入ると百田さんと竹山さんが出迎えてくれる。
「それじゃ、オーディションの時間までは時間があるからこっちの部屋で待ってて。」
この前来た時に案内された応接室とは別の部屋に案内されたのだけれど、その部屋に向かうまでに誰とも会わずに不審に思い思わず案内してくれている竹山さんに疑問をぶつける。
「オーディションって聞いてたんですけど、私以外に受ける人いないんですか?」
私がこう聞いてくるとは大方予想していたようで竹山さんはすんなりと答える。
「ああ、今日のオーディションは特殊なんでね。写真による審査は終わってて、あとは個々に時間をずらしてウェブ会議システムを使った方法でオーディションを受けてもらう事になっているんだ。」
ふーん、そんな感じもオーディションもあるんだと思いながら案内された部屋で呼ばれるのを待つ。
部屋に入ってそれほど時間は経ってなかったと思う。すぐに呼ばれて、案内された部屋の隣にある部屋に入った。
そこには、大型テレビとカメラが複数台設置されていて、指定された場所にたって質問を受けるような感じになっている。
言われるがまま、私は指定された場所にたった私は質問された事を答え、指示されたように動いていたと思う。今となってはどんな事を質問されたかとか指示されたとか覚えてはいない。その時は受け答えするのに一生懸命になっててそんな余裕はなかったし。
「お疲れ様。あの感じだといい結果になりそうだね。」
百田さんがそう言って私の頭を撫でる。そういえば、男の人に頭を撫でられるのってこの時が初めてだったかもしれない。初めて撫でられて褒められた気がした私は嬉しくなってしまっていて、気が舞い上がっていたのかもしれない。
そうこうしていると、竹山さんが書類を持ってきて私に話しかけてきた。
「お疲れ様、それじゃこの前の続きの話と手続きなんだけど、応接室の方で進めるから来てくれるかい―――。」
応接室に行き、言われたとおりに書類を書いたりした。初めての事ばかりで正直疲れが出てきていたのかもしれない。
書類を読んだりサインをしている間に、竹山さんが何時の間にか飲み物を持ってきてくれたようで、それを有り難く飲んだ。
その飲み物は青い色をしていて、ほんのりと甘く炭酸が効いていて、疲れた私の身体を癒してくれる感じがして、全身からまるで力が抜けるように感じた―――。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 6 話 Lycoris (3)」は2020/07/07 19:00頃公開します。




