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recollection  作者: 朝霧雪華
【閑話】Pieris japonica
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【閑話】Pieris japonica

 【ご注意】


作品の構成の都合上、一部の人にとってはトラウマを思い出させる事になるような描写があるかもしれません。

また、全てフィクションであり、登場人物、時代背景、起きた事件など全て実在するものではありません。


1話辺りの文書量が多い話につきましては分割して投稿していきます。

次話の投稿につきましては筆者のTwitter ( @SekkaAsagiri ) または、下部コメント欄でご案内します。

(案内忘れも発生するかもしれませんが、お許しください。)

【閑話】Pieris japonica


 彼女と一緒に過ごすようになってどれぐらいの月日が流れたのだろう。

僕は、未だに彼女が何者なのかを知らない―――。


 この地に引越してきた当初から、ずっと彼女に支えられてきた。何度もくじけそうになった時も。そして、少しずつではあるが、お互いの距離は少しずつ、縮まったような気はする。

店が少しずつ軌道に乗ってきた今は、毎日、せわしなく二人で働き続けているのもあって、日中は、以前よりもプライベートな事は話していないと思う。

流石に仕事中の私語は慎まなければならないのは仕方ない。接客業の宿命のようなものである。

以前の暇な頃と比べると、彼女との時間が限られてしまうようになったが、こればかりは致し方無い。


 そんなある日の夜だった。二人での夕食を終えた後、明日の準備を済ませてリビングに戻ると、彼女が一人、ベランダに出て、夜空を寂しそうに眺めていた。

何時もなら、僕が入ってくると気がついてお茶を淹れてくれたりするのだが、この日ばかりは違った。

彼女に気がつかれないように、そっと近寄ると、彼女の瞳には薄っすらと光るモノが溢れ、今にも零れ落ちそうになっている。

一体、何があったのだろうか?

思わず心配になった僕は、夏の夜とはいえ、標高の高いこの辺りは冷えるのもあり、声をかけた。

「ベル、どうしたの?大丈夫かい??」

「祷夜さん・・・。」

「夏の夜とはいえ、冷えるからね。それに先にお風呂入ってたようだし、風呂上がりに体を冷やすのは良くないよ?」

「すいません。ちょっともう会えないかも知れない人達の事を思い出してしまって。」

彼女の目から一粒の雫が零れ落ちた。持っていたハンカチで彼女の涙を拭うと、上着を脱いで彼女にそっとかける。

「やっぱり。冷えて冷たくなってるよ。僕がこんな事を言える立場じゃないけど、何時かきっとまた会えるかも知れないから、その時は、僕も手伝うからさ。」

「ありがとうございます。そうですよね・・・もう二度と会えないと決まったわけじゃないのですし。」

彼女に向かって頷くと、安心したのか彼女は何時もの優しい顔へと戻っていった。正直言えば、彼女には何時も優しい笑顔を絶やさないでいて欲しいと願っている。

その為なら、僕が出来る事は全て彼女の為にしたいと思うほどだ。何時の間にか、それだけ彼女の存在が大きくなっていた。今の段階では、決して言葉には出来ないのではあるが。

ふと、何故、夜空を寂しそうに眺めていたのか気になってしまい、尋ねてしまった。

「そういえば、ずっと夜空を眺めていたようだけど・・・。」

「えっと、夜空を眺めていたのは、この星空の何処かでもう会えないかも知れない人達が見守っていてくれたら・・・って思って。」

「そうだったのか・・・。そうだ、明日は店休日だし、ちょっとだけこれから出かけようか?」

彼女はえっ?という顔をしたのだが、ここは何処に行くか言わずに連れていった方がいいだろう。きっと驚くかもしれない。

「何処に行くのですか??」

「それは行ってからのお楽しみ。それと、これ以上身体を冷やさないで欲しいから、暖かい格好してきて。」

僕に言われるがまま、部屋に戻り暖かい格好へと着替えるのを待つ傍ら、自らも風邪をひかないよう暖かい格好へと着替える。流石に彼女が着替えている所に入るのは不味いので、リビングに置きっぱなしにしてあった物で済ませたのだが、夜だし、人と会う事はないだろう。それにそんなにおかしい格好ではないハズだ。

着替えを済ませて戻ってきた彼女に、今の僕の格好がおかしくないかを確認し、大丈夫と言う答えを貰うと、二人で車が停めてある店の裏側へと出た。

そこには仕事の時は使う事はないのだが、前の会社の頃から乗っているクーペのオープンカーのコペンが停めてある。今日はこの車で出かける事にした。

エンジンをかけ、アクティブトップのルーフをトランクへとしまうと、彼女に助手席に乗るように勧める。彼女が乗り終え、シートベルトをしたのを確認し、車をゆっくりと発進させた。

車は何時も目にしている湖畔沿いの道へとでると、ゆっくりと上り坂に向かって進んでいく。

この時間だと普段は走り屋が走り回っていて迷惑なのだが、この日はそんな事もなく、夜風を浴びながら安全な速度でゆっくりと走る事ができて良かったと思う。酷い時だと、走り屋連中に煽られたり、無茶な追い越しをかけられることがあるだけに、あまり夜は走りたくない。

隣に座る彼女は、目の前に広がる夜だけしか見られない、星空とこの辺り特有の湖畔と木々が織りなす不思議な光景を楽しんでいるようだ。そんな彼女をみているとこれから連れて行こうとする場所がその瞳にどのように映るのか楽しみでしかたがない。

今回の目的地は、言い伝えではこの国の神々が争いを起こし、この地の神が、隣の県の神を破ったという話があるような場所だけに、大きな湿原が広がっており、星空を眺めるには最高のロケーションだと思う。ましてや、住んでいる家から、車で行くのにはそう離れてない。十数分の距離だ。

昼間に来たら来たで、目的地に向かう間にあるこの地の三大名瀑と言われる有名な滝の一つがあり、滝の横を歩ける遊歩道が整備されていているのもあって散策するのにはちょうどいいような場所もある。その滝は、何時も僕達が見ている湖の全体を見渡せるような場所に滝の頂上があるのと、滝の頂上の所を今走っている道が横切っている上に、滝の頂上の横には無料駐車場もある。

ただ、今回は夜に来ているのもあって、滝の音を感じながらも立ち寄る事はせずに目的地まで車を進め続けた。

標高も徐々に上がっているのもあり、身体にあたる夜風も少しずつ冷たさが増しているように感じる。

「ベル、寒くない?大丈夫?」

「はい・・・大丈夫です。この辺りまで来た事がなかったので、道の先がこんな場所に続いているなんて知りませんでした。」

「そういえば、引越してきてからなんだかんだでバタバタしててこの辺りの散策とかしてなかったね。ごめん、本当は連れてきてあげれば良かったのに。これからの休みの日は、二人で出かけるようにしようか?」

考えてみれば、あれだけ彼女にお世話になっているのにも関わらず、この辺りがどのような観光地なのかを知ってもらう為にも案内してあげればよかったのにも関わらず連れてきてあげられていなかった。結局のところ、そこまで僕が気を回す事が出来ていなかったのだ。本当に申し訳ない事をしてしまった。

運転しながらも、申し訳なさそうな顔をしていた僕をみていた彼女は、そんな気遣いが嬉しかったのか、クスッと笑う。

「いえ、この地に二人で来て、お店を始めるなんて思っても居ませんでしたし。それだけでも楽しかったですし、今も楽しいので、その気持ちだけでも凄く嬉しくて。」

「・・・良かった。けど、これからあそこに住み続けるのなら、この辺りの事をきちんと知らないとね。流石に明日からって訳にはいかないけれど、二人で決めて行くようにしよう。」

「はい・・・二人で行けばきっと・・・。」

顔を赤らめながら、嬉しそうな笑顔を絶やさない人が隣にいてくれる事がこんなに嬉しい事なのかという事を心から感じる。

のんびりと走らせてきた車は目的地の近くまで近づいてきていた。今まではなだらかとは言えない坂道をずっと登ってきたのが、この辺りからはなだらかに登る道に変わったからだ。

ここまで来ればもうすぐ。木々に囲まれた場所が一気に開けた場所に変わると、目の前には美しい満天の星空が今にも手に届きそうに見える湿原が広がっている。

後続に車が居ない事を確認し、速度をゆっくりと落とし、車の前方にも左右にも広がる星空を眺めながら、目的の駐車場へと向かった。

「・・・祷夜さん、連れてきたかった場所って・・・。」

「うん、ここだよ。もう少し行けば駐車場があるから、そこに車を停めて、展望台から眺めようかと思ってね。」

「そうだったのですね。こんなに星空が今にも手に届きそうなとこがあるなんて。」

瞳を輝かせながら、車窓から星空を眺める彼女は、まるで、会えないと思っていた人に今にでも会えるのではないかというような嬉しそうな表情をしている。

正直言うと、彼女にそれだけ想われている相手に少しだけヤキモチを焼きそうになってしまったのだが、それは彼女には内緒にしておこう。

ちょうど湿原の中間地点辺りまで辿り着き、目的の三本松駐車場に車を停めると、道路の反対側にある展望台へ向う。夜だけに、足元が見え辛いのもあり、僕は彼女の手をとり、スマホのライトを使って慎重にだ。

展望台に着くと、この時間なのもあって誰も居ない。鹿ぐらいいるかもとも思ったが、それすらも居ない。

そして、満天の星空はまるで僕達を歓迎してくれるかのように、美しい光を放っていた。その美しさは言葉で表すのは難しい。

山の中で、周囲には民家や工場などの街の灯りがないのもあって、360度何処からも星空が見守っていてくれるような世界だ。

「綺麗・・・。」

「きっとここなら、ベルが会いたいと思う人達と同じ星空が見えると思ってね。だから、急だったけど連れてこようかなって思って。」

連れてきたいと思った正直な気持ちを話すと、彼女の瞳がうるんでいるように見えた。

「ありがとうございます・・・。きっとあの人達も同じ星空を見ているかもと思えたら、嬉しくなってしまって。ここに連れてきてくれた事が一番嬉しくて・・・。」

気がつくと、僕の肩に彼女の頭が寄りかかっていた。車も完全にオープンにしたまま来たのもあるし、夏とはいえ、平均最低気温が14℃というような場所だ。彼女の身体も少し冷えてきてしまっているのかもしれない。

「寒くない?大丈夫??」

「大丈夫ですよ。けど、もう少しこうさせていて欲しいかも・・・。」

「わかった。」

気が済むまで好きにさせてあげた方がいいと思い、そのまま二人寄り添いずっとずっと星空を見ていた。

そのせいかは分からないが、何時の間にか、僕の心のどこかにあった彼女が何者なのかという疑問は消え去っていた。

彼女が何者であろうといいじゃないか―――一緒に居られる事が幸せなのかもしれないとそう感じてしまっていたからかもしれないが。


何時の日にか、彼女について知る事になるかも知れないが、その時は僕が全てを受け入れればいいだけの事。

その覚悟をこの時から持つようになったのは言うまでもない―――。

お読みいただきありがとうございます。

この次に投稿予定の話が「第 5 話 vergissmeinnicht」と同じように重い話になってしまったので、こんな形でバランス調整を行ってしまいました。(すいません。)


次話は 2020/07/05 19:00頃 公開します。

※ 今回の話が思ったよりも短かくなってしまいましたので、予定より早目にしてみました。

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