【閑話】Gypsophila - after story 1 (5)
「ここじゃ」
長老はそういうと「ちと待っておれ」と言い残し、先に中へ入っていった。
数分後、中から長老が顔を出し「覚悟はできておるか?」と聞いてきた。
もちろん、覚悟はできている。何があっても絢に会えるのならと。
私は頷くと中に案内された。
部屋の中にはもがき苦しみながら布団に横になっている絢の姿があった。
まるでその様子は、何者かに真綿で首を絞められて逝くに逝けない者のような姿であった。
「すまぬな・・・儂の力では命を取り留める事は出来たのじゃがこれが限界じゃった・・・。」
そういうと長老は力を落としうなだれた。
絢の苦しむ姿をみて、私自身も何も出来ないかもしれない自分を呪うしかなかった。
あの苦しみを私が代われるのなら代わりたい。それで救われるなら―――そんな感情に襲われ続けていた。
あまりの自分のふがいなさに、握りしめた掌と唇には薄っすらと血が滲んでいた。
それほど悔しかった。
ふと私を見た長老は何かに気がついたのかはたまた感じたのかはわからないが、ポツリと漏らした。
「婿殿、絢を思う気持ちがあるのであれば、婿殿であれば救う事が出来るやもしれん。」
その言葉を聞き逃さなかった。
「本当ですか。出来る事があるなら何でもします!」
「まあ焦るではない。ちと考えさせてくれぬか。」
そう言うと、長老は全身全霊を集中させ何やら瞑想をはじめた。
長い長い沈黙が続く。
その間も苦しむ絢の姿を見守るしかなかった。
ただただ続く長い沈黙―――
何時の間にか瞑想を終えた長老に声をかけられた。
「・・・婿殿、少々いいか?あの漆黒の石を見つける前に立ち寄った処があったと言っていたの。そこで何か貰わぬかったか?」
突然言われて何の事やらわからなかった。
冷静にあの時の事を思い出す。
そういえば、会計の際に貰ったものがあった気がする。
持ってきたカバンの中をガサゴソと漁った。
ああ、思い出した、これだ。
『お店を始めてから、初めてのお客様ですのでよろしければ―――』マスターがそう言ってくれたモノ。
それは小分けされた茶葉。その茶葉は、銀色のフィルムパックに入れられしっかりと密閉された上に、お洒落な缶に入れられていた。
あのカフェは絢が行ったら気に入りそうと思っただけに、絢と再会できた暁に一緒に飲もうと持ち歩いていたものである。
「ええ、貰いました。これです。」
そう言ってお洒落な缶に入ったままの茶葉をカバンから取り出し長老に渡した。
「そうか・・・。婿殿、儂は茶器一式をとってくる。それでその茶葉を煎れ、絢に飲ませてやってはくれぬか?」
そういうと、老婆とは思えぬ足の速さで部屋を抜け出していった。
しばらくすると長老が従者を連れ、茶器一式をもって戻ってきた。
「すまぬが、これで正しい方法で煎れ飲ませてやってくれ。」
茶器一式を受け取ったのはいいものの、私は正しいお茶の煎れ方を知らない。
最悪は分かる人に聞いて煎れるしかないかと思いつつ、缶を開け、中の茶葉のパックを取り出すとその下に紙が1枚入っていた。
その紙を缶からとりだしてみると、正しい煎れ方が事細かく書かれていた。
書かれた手順に従い、丁寧に煎れる。抽出時間もスマートウォッチで計測しながら煎れた。
初めての経験であったので、うまく出来たかはわからない。
焦る気持ちと失敗したかもしれないという不安を感じながら、今ももがき苦しむ絢をそっと起こし、ゆっくりと飲ませた。
飲ませる際に何度か絢がむせ返えす事があったが、うつろな目をしながらも飲んでくれていたのでほっと胸をなでおろした。
飲ませ終わってから、数十分―――少しずつではあったが苦しむ様子が落ち着いてきた。
「やはりな。時の者の祝福を受けた茶葉であったか。」
長老は何かを悟ったようであった。
「これでまずは大丈夫じゃろう。後の事は婿殿、頼むぞ。」
そういって長老は部屋を出て行った。私と絢の二人だけを残して。
長老が出て行ってから1時間は経過しただろうか。
絢は苦しむ様子もなく、寝息をたて眠り続けている。
先ほどまであれほど苦しんでいたのが嘘のように。
その寝顔を見ていると安心してしまったのか、何時の間にか涙が目に溢れていた。
その溢れた涙は何時の間にか頬を伝い絢の顔にポツンと落ちたのであった。
―――ねえ、淳君起きて―――
誰かにそう優しく声をかけられたような気がした。
―――朝だよ、何時まで寝ているの?―――
どこかで聞いた事がある声。
―――このまま寝続けていると遅刻しちゃうよ?―――
ああ、この声は絢か。やっと会えたと思えば、コノザマな再会となって落ち込んでいた私の心がこんな夢を見させるのか。
―――何時までも起きないなら、悪戯するからね!えい!!―――
ヘクシュン!くしゃみと共に目が覚める。昔から居眠りをしているのを起こすのに変な悪戯を仕掛けてくるお茶目な面も彼女にはあったな。そんな事を思い出した。
―――やっと起きたんだ。本当は今はお昼だけどね。休みだからって何時までも寝てちゃダメだよ?―――
懐かしいな。この感じ。そんな夢なのか現実なのかわからないまどろみの中、目が覚めた。
「おはよう、淳君―――」
目の前には、布団から身を起こした絢がこっちをみて微笑んでいた。
どうやら何時の間にか寝てしまっていたらしい。
赤い目を擦りながら、これは夢じゃないかと思いつつ、自分の顔をひっぱたき確認する。
痛い―――これは夢じゃない。現実なんだ。
「―――淳君、目が赤いけど、どうしたの?」
心配そうな顔で絢が見つめる。
「いや、大丈夫。」
病み上がりとも言える絢に心配をさせない為にも、そっと微笑み返し、絢を見つめた。
「私ね、ずっと悪い夢をみていたような気がするんだ。どんな夢だったかは覚えてないけど。ただ、最後は淳君が助けに来てくれて、何時かきっと助けに来てくれるって信じてたから・・・とてもとても嬉しかった。そんな夢をみてた気がするの。」
とても絢には本当の事は言えない、言ってはならない。そう思った私はこう切り返す。
「それは、夢だよ。きっと夢だ。」
長い沈黙が続いた後に絢がポツリと漏らした。
「そうかな・・・。そうかも。」
二人だけにしかわからない時間、二人だけにしか感じられない言語では表せない雰囲気、それが二人を包んでいた。
絢が先ほどの夢の話の続きをしだす。
「そうだ、夢の中でね淳君が助けに来てくれてから、暫くして、一緒にお茶を飲んだんだけど、その時のお茶がとても美味しかったんだ。」
「そうなんだ。そんな夢をみるなんて、疲れた体が欲しているのかもね。」
ふと、絢の枕元をみると飲ませたお茶の残りがある。
お湯を沸かし、残った茶葉を茶器に入れ飲ませてあげたら喜ぶのかも知れない。
絢に「詳しい事は分からないけど、倒れてしまっていたのだからおとなしくしているように」と伝え、茶器一式を抱えて部屋を出た先にある台所へ向かう。
お湯を沸かし、古い茶葉を茶器から取り出し処分し、綺麗に洗いよく水気を切った。
奏功しているうちにお湯が沸いたのでポットにお湯を移し、茶器一式を抱えて部屋へ戻った。
絢に茶葉に入っていた紙を見ながら煎れているのを悟られないようにお茶を淹れて渡す。
「おいしい・・・。ねえ、これどうしたの?」
「ああ、ちょっとある所で見つけた絢が好きそうなカフェのマスターから貰ったんだよ。」
茶葉を貰った経緯は話す必要はないだろう。そう考え、余計な事は教えないようにした。
「そっか。いいな。行ってみたいな・・・。」
「体調が良くなったら一緒に行こうか。」
「うん、約束だよ。」
絢はそういうと空になったカップをそっと置くと周囲を見渡していた。
「そういえば、ここってどこなの?」
今頃になってその疑問かい!とノリツッコミをしたい気持ちもあったのだが(天然ボケなとこがある絢には昔からツッコミをいれた事があったからだ)今はそんなタイミングではないだろう。
「ここかい?ここは、絢のお母さんの実家だよ。」
「え?なんで??お母さん、実家の事とか今まで話してくれた事なかったのに。」
この反応は当然だろう。ここから先はどうやって誤魔化すか。
「一緒に出掛けた帰りに絢が突然倒れて、意識を失ったんだ。医者にも見せたけど判らず仕舞いだったんだけど、絢のお母さんがお婆様なら何か分かるかもとここに連れてきてくれたんだよ。」
嘘を伝えるのは心苦しいものもあったが、両親も長老様も本当の事を絢に伝える事に対して躊躇っていた。
4人で話した時に3人がこう言っていたほどである。『あの子には、人として生きて欲しい。半妖半人のハーフである事実を知る必要などない』と。
やはりまだ病み上がりのような状態の影響があるのか暫く二人で話していると絢は疲れたようでうとうととしだした。
「傍にいるから、ゆっくり休みな。」と言うと絢は眠りについた。
すやすやと寝息をたてはじめたのを確認すると、部屋を出て長老様と春太郎と千秋に絢が目覚めた事を伝えに行くのであった―――。
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続きの「【閑話】Gypsophila - after story 1 (6)」は2020/06/02 00:00頃公開します。