【閑話】Gypsophila - after story 1 (4)
急速充電も終わり、ここからの運転は春太郎がする事になる。
千秋が助手席に乗り、私は後部座席へ座り、これからの道のりを任せる事になった。
車はゆっくりと静かに走り出し、山道へと進む。
道幅は車がやっと1台通れるようなところもあった。
コンビニを出て1時間ぐらい経過しただろうか。
鬱蒼と茂る木々の中を抜けると、目の前には大きな大木があり、その前には老婆が一人立っていた。
春太郎は車を停め、千秋と一緒に車から降りた。
私も急いで二人に続いて車から降りる。
二人の後についていき、老婆の前まで歩み寄った。
「よくきたの。待ちかねていたぞ。」
老婆はそういうと、春太郎と千秋に微笑んだ。
「「おひさしぶりです、長老様」」
目の前にいるのが、春太郎と千秋が生まれ育った村の長老―――その姿は、優しく孫たちを見守るおばあちゃんそのもの。
「そこにいるのは、絢の婿殿か・・・よくきたのう。」
薄っすらと目を開け私をみていた。
「は、はじめまして。長老様。」
思いもしない相手との遭遇。ありきたりな挨拶しかできなかった。仕事の相手であればもう少しまともな挨拶が出来たのかもしれないが。
「ほほぉ・・・なるほどな。絢が惹かれるのもわかるな。まるで昔の春太郎と同じ匂いがするな。」
長老はそういうと薄っすらと開けていた目を閉じた。
「まあ、ここで立ち話もなんじゃ、それにここはまだ村の外じゃ。儂の使いが案内するから、それについてまいれ。」
そう言うと、大木が消え、周囲は靄に包まれる。靄に包まれた中にはぼんやりとした光がみえた。
その光は提灯をもった案内人がいるかのようにゆっくりと進んでいく。
車に乗り込み、その光を追いかける。
靄で周囲はそれほど見えないが、やっと車1台が通れる幅で灯篭が並んでいるようだ。
その中をカタンカタンという振動をさせながらゆっくりと車が走っていく。
まるでその光景は狐の嫁入りのようでもあった。
光に案内される事数十分。靄が突然晴れたと思うと、大きな屋敷の前にでていた。
車から降りると、狐耳と尻尾の生えた従者と思われる人が駆け寄ってきた。
「長老様が奥でお待ちです。ついてきてください。」
言われるがままについていく。
迷路のように広く、知らない人では目的地にはたどり着けないような広さの屋敷を進む。
ある部屋の前まで来ると、従者が立ち止まり、声をかけた。
「春太郎様、千秋様、淳様をお連れしました。」
「わかった。入ってくれ。」
ゆっくりと襖が開く。そこには長老が待っていた。
中に入ると従者は音を立てずに襖を閉め、その場から離れていった。
「ここには儂しか今はおらぬ。気を使う必要はないぞ。まあ、まずは適当に座ってくれ。」
テーブルを挟み、長老の前に千秋、千秋の左隣に春太郎、右隣に私が座る。
全員が座った事を長老は薄目を開けて確認すると、ゆっくりと話し出した。
「うむ・・・。何から話せばよいのじゃろうな・・・。」
長老は何かを知っている―――直感的にそう感じたが、下手に突っ込んでいいのかどうかと悩む。
難しい顔をしていると、何かを察してくれたのか話を続けだした。
「絢の婿殿、そんな顔をせんとも。絢は無事じゃて。儂がそれは保障する。ただな、解らぬ事が多いのじゃ。」
その言葉に3人は驚きと共に顔見合わせた。
「おばあちゃん、絢は無事って、何か知ってるの?」
千秋が長老に尋ねた。3人の中で長老に切り込んで聞くとしたら千秋が適任であろう。
「―――数日前の事じゃったのだが―――」
ゆっくりと落ち着いた口調のまま、起きた事を語りはじめた。
長老の話はこうだ。
―――数日前の夜、私達が到着した大木の前に人が倒れている気配に気がついた長老が行ってみると、そこに倒れていたのは人ではなく、耳と尻尾の生えた人の姿をした狐であった。
ここで行き倒れられてはと思い、信頼のおける従者を呼び誰にも悟られないように屋敷に連れ帰ってきた。
連れ帰ってきたのはいいものの、あまりにも倒れていた者が疲弊しきっていたので誰か分からずじまいであったが、出来る範囲の治療を施しているうちにふと何処かで見覚えのある顔になってきたとっていたら絢だったと。
絢と解ってからは何故こうなってしまったのか調べてみたのだが、何らかの術の被害を受けたぐらいまでしか分からずに困っていた―――と。
その話を聞き、絢の居なくなった神社で見つけたお守りと漆黒の石の事を思い出し、長老に見せる事にした。
千秋からも見せるべきでしょうという後押しをもらったのも大きい。
手荷物から取り出しテーブルの上に置く。
「実は、絢が急にいなくなった神社で後日見つけたものです。」
そう言って長老が見やすいように目の前に差し出した。
長老は砕け散りそうなほどにヒビの入ったペンダントを見ると大きくため息をつき、頭を抱え込む。
「ま、まさか・・・。創成神様からいただいた家宝のお守りがこのようになるとは・・・。」
その言葉に春太郎と千秋が絶句していた。
その顔には『絢が初めての外孫のような存在だからってなんて恐ろしい物をあげてるんだよ!!』と書かれていたのは言うまでもない。
流石に何時までもそんな顔をしているわけにも行かず、千秋が長老に聞く。
「おばあちゃん・・・創成神様からいただいた家宝って、そんなのを絢の誕生プレゼントとして送ってくださっていたのですか・・・。」
長老は当然じゃとも言いたそうな顔で答える。
「まあ細かい事は気にするではない。この村から出て人族となる者が産まれた時に渡すようにと受け継がれてきた石の一部じゃからな。1つしかないような家宝ではないから安心するがいい。但し使った石以外は儂が丹精込めて作った一品物じゃがな。ククク・・・。」
私は、創成神や家宝の存在について疑問符だらけになっていたが、このタイミングで聞けるようなものではなかった。
いや、それ以前に頭が理解できない状態にまで陥っていた。絢の母の千秋、そして目の前にいる長老―――一体何者なのだろうかという考えすらその時は起きなかったからだ。
「「おばあちゃん(長老様)!!」」
私がプチフリーズをしていると春太郎と千秋が先ほどの話にツッコミを入れまくっている。
「なんつー物を絢のお守りとしてくださったんですか!これ紛失して良くない者に渡っていたらとんでもない事になる代物ですよ!外の世界が大パニック起こすレベルの代物なんですよ!!」
「おばあちゃん、村の価値観と外の価値観はかけ離れ過ぎているですから、もう少し考えてから送ってくれればよかったのに!!」
「いや、初めての外孫のようなもんじゃよ?そりゃ村にいる者達よりも可愛いのは当然じゃろ。ましてや数百年生きてきての初めての人族の孫じゃ。儂の先代には普通にそういう者もおったようじゃが儂には特別なんじゃ!老婆の楽しみぐらい許してくれたっていいじゃろ!!ミスリルやら希少金属を多少使ったぐらいでそこまで怒られるおぼえはないのじゃ!村の掟のせいで簡単に会えない孫のような者にそれぐらいしたって―――。」
そのような討論?のような物が数分続いていたのだが、ハッと気がついたのかお守りではない方の石―――漆黒の石をみた長老は孫バカ化していたとは思えないような真剣な顔になったのだった。
「婿殿、まさかとは思うが、これを素手で触ってはないだろうな。いや、持ってきた時の様子を見る限りでは、素手でなくても危険な行為としか言えないのだが・・・。」
「すいません、実は見つけた時に素手で触ってしまいました・・・。」
「そうか・・・触って何もなかったか?」
「気持ち悪くなる程度で特にはありませんでした。」
そう答えると長老はうむ・・・という顔をし何かを考え込んでいる。ふと何かひっかかるものがあったようで、少し間を置いてから尋ねられた。
「婿殿、これを見つけた神社に行く前にどこかに行って誰かにあったりしておらぬか?」
何故か、その質問にはあの時見つけたカフェの事がすぐに思い浮かんだ。
「・・・はい、どうしていいのかと悩んでいた時に行った所で、絢が好きそうなカフェを見つけて入りました。誰かに会った記憶はないのですが。」
「なるほどな。ふむ・・・。時の―――。」
何かを続けて言おうとしたようだが、言いかけたところで長老は辞めてしまった。
正直気になったのは気になったのだが、それよりも絢の身の方が心配である。
「それで長老様、これが何かお分かりになりますでしょうか?」
「ああ、この漆黒の石は闇の者達の仕業じゃな。また厄介な連中が現れたものじゃ・・・。まあ、闇の者達が絡んでいると分かれば時間がかかるかもしれぬが対処方法はあるじゃろ。」
その言葉にほっとした。
時間はかかるかもしれないが対処方法はある。
今は藁にも縋る思いだ。可能性があるのならば、試さない方法はないのだから。
「よほど絢の事が心配のようじゃな。うむ・・・それなら婿殿だけついてまいれ。春太郎と千秋にはまだ話があるのじゃが、ここで待っておれ。」
長老はそういうと席をたち、裏の襖を開けついてくるように促す。
私は長老についていき、絢の居る離れへ向かう事になった。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「【閑話】Gypsophila - after story 1 (5)」は2020/06/05 00:00頃公開します。