【閑話】Gypsophila - after story 1 (2)
絢の両親―――春太郎さんと千秋さんは、ある村で生まれ、幼馴染として共に過ごしてきた。
何をするのも幼い頃から一緒。私と絢が同じだったように。
ただ、私と絢との違いは、春太郎さんが小学校の頃、千秋さんに対しての思いを伝えた時に断られた事。その後の中学の時にも。
『私には許嫁がいるみたいなんだ―――』そう断られても、春太郎さんは千秋さんとの関係を辞める事もなく、何時もと同じく、昔から変わらないかのように接し続けていた。
ただ、その関係が変わったのは、千秋さんが16になったある日の事だった。
突然降りだした雨から逃げるように、春太郎さんが村のバス停で雨宿りをしていた時、今の姿の千秋さんが突然現れたのだった。
「私が私じゃなくなる前に、春太郎に本当の想いを伝えたくて―――」
千秋さんはそう言うと自らの正体を話し出す。
一定の年齢になるまでは人として生き、人として暮らす―――一定の年齢が過ぎると魂の中にいる本来の狐の魂が本性を現し、人である魂を食らい狐として、妖狐としての本来の姿になってしまう―――そうなると、人として生きた記憶も全て失ってしまう―――。
にわかには信じられなかったが、目の前にいる千秋さんをみると嘘とは思えない。
真剣な顔で話す春太郎さんをみていても作り話とは思えなかった。
きっと私の知らない世界がこの世の中には存在しているのだろう。そう思い知らされた。
思いがけない千秋さんの本心を知った春太郎さんは、千秋さんの全てを受け入れ、千秋さんが千秋さんでいられるように頑張ったらしい。
どのように頑張ったのか、どのような事があったのかは、二人は言葉を濁して教えてくれなかったのだが。
その努力の甲斐があってか、千秋さんは人としての記憶と想いを持ち続けたまま狐の魂と同化したとの事だった。
ただ、二人いわくその後がとても大変であった。
ある日の夜、二人そろって村のあるお屋敷に呼ばれ、そこで千秋さんの一族の会議が行われた。
その席で言われたのは、 「本来であれば、春太郎の事は殺さねばならない。ただ、春太郎を殺すと一族の中で最強ともいえる力を秘めた千秋が暴走し、一族を皆殺しにしかねない。」という恐ろしい話であった。
一族をたった一人の想いで滅亡されては困る。一部の血族原理主義を守ろうとする若い者達からは、血族の掟を守れとの声もあがっていたのだが、長老の最終決断で二人の処分が決断されたのであった。
二人に下された処分は「秘密裏に村から追放する。村では二人は死んだ事とする。名を変え、新天地で二人で生きるがよい―――」。
その決断が下された夜、二人は村から離れる事になる。
離れる際に、周囲に一族の者も村の者もいない事を確認した長老がそっと二人にこう言った。
「―――何があろうともお前達なら乗り越えられるであろう。向こうには儂の協力者がいる。その者を頼り、二人で生きるのじゃ。」
その言葉を聞いた千秋さんは涙がとまらなかった。
「・・・おばあちゃん・・・」
「・・・何時か時期が来れば、また会えるじゃろう。二人の新しい門出なんじゃ。そう泣くんでない。」
そう言って長老は姿を消した。
淡く青白く光る三日月が西の空に消える夜の事―――。
この事を絢の両親が話さないでいたのは、絢には人として、自分らしく生きて欲しかったからだった。
こんなバケモノの血が入っていると知ったら、絢はどうなっていただろうかと思った両親なりのやさしさであった。
「そうでしたか・・・。」
私はそういうと、絢の両親を見つめるしかなかった。
「淳君、私の正体、絢の血筋を知ってしまった今でも、あの子の事を好きでいられる?」
千秋がそう聞いてきた。
「はい、もちろんです。絢は絢なのですから。私にとっては、彼女以外は考えられない。」
素直に思った気持ちをはっきりと伝えた。
その言葉に両親は安心したようでぼそりと呟いた。
「あの子は、本当に愛してもらえる人を何時の間にか見つけていたのね。子供の成長は親の知らない間に進んでいるものね。」
「あぁ、そうだな・・・。」
絢の両親はしんみりと感傷に浸りつつ一息ついた。
「淳君、それで君はこれからどうするんだい?何かわかったのかね?」
「実は、絢が消えた神社を調べていたらこれが落ちていました。」
絢が小さい頃から身に着けていたお守りのペンダントを取り出し、両親に見せた。
ヒビの入った石に目が行くと千秋の顔色がどんどんと悪くなっていく。
「そ、そんな。こんな事が起きるなんて。おばあちゃんが絢の為に作ってくれたものが・・・。」
その表情は重苦しく険しい。その顔を横で見ていた春太郎はそっと千秋の肩を抱きしめていた。
「それと、これがペンダントの傍に落ちてました。」
ハンカチに包んだ漆黒の色をした石も見せた。
その石をみた春太郎も千秋と同じく顔色が悪くなっていく。
「・・・まさか、それは・・・いや、そんなはずはないと思いたい。千秋、漆黒の石って村の昔話にあったあの石じゃないよな。」
「・・・あなた、そのまさかかもしれません。昔のおとぎ話だとばかり思っていたのに。あなた、一度村に行っておばあちゃん―――いえ、長老様に見て貰った方が・・・。」
二人とも思いつめた表情をし、言葉に詰まっていた。
それからどれぐらいの時間が経ったのだろう。重苦しい空気が続いた。
「淳君、私達夫婦は絢の手掛かりを探るために村に行こうと思っている。淳君次第ではあるが、私達についてくるかい。」
春太郎が私が絢の事を心底心配しているのを察してか聞いてきた。
「はい、絢に会えるのなら、何か分かるのなら同行させてください。お願いします。」
「わかった。出発は3日後の7時に。淳君も仕事など済ませないとならない事があるだろうから、急ではあるけど準備をしてくれ。」
「わかりました。」
「それとだが、村では特定の携帯電話会社しか全域では繋がらない。今使っている携帯電話会社はどこかだけ教えて欲しい。」
「d mobileです。」
「それなら大丈夫だな。a mobile、S mobile、R mobileは村の中心部のみぐらいだから、何かあった時は電話で。」
そんな確認をされた後、絢の両親に挨拶をし、家をでた。
出発までの2日間にやるべき事は多々ある。上司や同僚への電話やメール、LINEを入れながら帰路についた。
出発までの2日間は地獄のような状態に陥いったがこればかりはしかたない。
前もって電話で上司には相談しておいた事もあり、事情を察してか溜まりに溜まった有給休暇の1ヶ月分を消費するというかたちで休みを貰える事になった。
休みに関しては上司の計らいで総務部長も社長も納得してくれていたようで、「婚約者の看病、しっかり頑張ってこい!」と送り出してくれた。
ただ、大変な事になったのは私の代わりに一時的に業務を代行する同僚や後輩への対応であった。
私が対応しているお客さん達は正直言えば一癖も二癖もあるような人達が多い。そんな人達の元へ一時的とはいえ担当してもらう人と一緒に足を運んだ。
お客さんは当たり障りない事情を話すとそれならば仕方ないと納得してくれたようであったが、色々と無理難題を押し付けてくる事で有名になっていた事もあって一緒にきた同僚や後輩の顔色はよろしくなかった。
相手にばれないようにと本人達は取り繕っているようではあるが、見慣れたこちらとしてはあからさまに不味いだろうというひきつった笑顔をしていたからだ。
同僚や後輩に聞こえないようにお客さんと話をする。
「すいません、私が戻り次第、対応できなかった部分などがあれば対応します。ですので、お手柔らかにお願いします。」
そういうと先方もにやりと笑いながら
「わかったよ。そんなに長くはならないんだろ?なら大丈夫だ。多分な。」と含み笑いをされてしまった。行く先々どこででも。
正直、こういう顔をされる時は何かあると思っていた方がいい。そう思って付き合わないとならない人達だったからだ。
これは無事に帰ってきてから業務を代行してくれた同僚や後輩から、うちの会社特有の嬉し恥ずかしな嫌がらせのような仕返しをされるのだろう。下手をすれば、社長や関連会社までも巻き込んだ盛大な仕返しが。
まぁその時は仕方ないと覚悟を決め、会社に戻ってからは必要な書類を作成し、帰宅後は村へ行ってから必要になるものの準備を整えた。
もう、後戻りはできない、いやしたくない、立ち止まる事もできない。それならば今出来る事を、今やるべき事をするのみだ。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「【閑話】Gypsophila - after story 1 (3)」は2020/06/03 00:00頃公開します。