第 1 話 Beginnig (2)
ふと何かを思い出したように永岡部長に聞かれた。
「そういえば、例のアレ、どうなっているんだ?さっき、社長から聞かれたんだが。」
宮田部長が答えるのかと思い宮田部長の方をみると、直接答えていいよという顔をしていたので僕が答えた。
「えぇと、正直言うととっくに作業は終わっていて、経費の調整の為の一人デスマーチ中です。あんなもんにあの予算はおかしいので。既存ベースの製品使いまわしてUIだけ作って処理すれば全て済むわけですし。求められている仕様も元々そういう仕様でしたから。」
永岡部長は『あぁやっぱりか』という顔をしていた。
「あと、これは労基に関わる事だから確認しておくけど、きちんと家に帰ってるか?」
「すいません、帰ってないです。今日で泊まり込み2週間目に突入しました・・・正直疲れてます・・・」
永岡部長と宮田部長が顔を見あわせ、お互いに困ったような表情をし、大きくため息をついた。
あからさまに三六協定にひっかかるし、僕の健康面を考えた上でも非常に不味いと思ったのだろう。
二人が口を揃え、僕に言い放った。
「「ここは我々が何とかしておくから、家帰って休め。あの馬鹿(ドラ息子)は文句を言うだろうが幸い暫くアイツはこっちには来ない。社長には現状伝えておくから何も言われん。逆に『家帰れ』と怒られるだけだ。」」
この時の二人の事は本当に有り難かった。このまま続けていたら精神的に参って倒れるのではないかと内心思っていたからだ。
「二人からそう言ってもらえると助かります。それじゃお言葉に甘えて・・・。」
お礼を言い、休憩室から出て帰りの支度をしようと思った矢先、宮田部長に帰る前にこれだけはしておいて欲しいという頼まれ事をされた。
「悪いんだが、ドラ息子の息のかかった経理部の連中が五月蠅いからいるように偽装だけしていってくれ」と。
「分かりました」と答えると、二人は「「無理はするな。ゆっくり休んでこい」」と言って見送ってくれた。
僕が部屋から出ると二人は何やら深刻そうな話をし始めたようだ。
「実は、社長の事なんだが、不味い事になるかも知れない―――」
どのような事を話していたのかは知らなかった。
この時に話していた事が何だったのかが分かったのはかなり先である。
今回のプロジェクトの為に与えられた部屋に戻り、荷物をまとめ、帰り支度をした。
まさか、こんなに日が高い時間に家に帰れるとは思ってもいなかった。
その安堵感からか、どっと疲れが出始めていた。
宮田部長から頼まれたとうりにアリバイ工作をし、部屋の鍵をかけた。
現状では僕以外は誰も使用していないだけの部屋なので、鍵さえかけておけば誰も立ち入らないという利点を今回は利用させてもらう。
足音をたてないように歩き、会社のあるフロアの共有部分まで誰にも会わずに出る事に成功した。
あとはエレベーターでこのビジネス棟から抜け出し、低層階の商業施設が集まるフロアまで行ってしまえば問題はない。
お昼休み前の時間だった事も幸いし、ビジネス棟内を通るエレベーター内でも誰にも会わずに済んだ。
もうここまでくれば地下街を抜け、大型雑貨店の入るビルの横の地上通路からメイン通りにでて駅に向かえば、ゆっくり休める天国が見えてくる。
浮足立つ心と言う事をきいてくれない身体のアンバランスな状態に戸惑いながらも駅を目指した。
駅前に着くと謎の人だかりが出来ていた。
何事かと思い、人々が見上げる先をみると駅に隣接した商業ビルの屋上に人影がみえた。
聞こえてくる会話の内容だと、一人の高校生ぐらいの女の子が飛び降り自殺を図ろうとしているらしく、女の子の裏から説得している人達がいる。
そして、この人だかりはその様子を見ている見物人の集団だった。
まだ、警察は来ていないようで辺りは騒然としていた。騒然としているといっても、駅前の地上から見物している人達はスマートフォン片手に写真を撮ったり動画を撮ってSNSで実況をしているようである。
SNSが発達してからというもの、こういう人達が増え、何か事件や事故があると人だかりは出来るけど、誰も助けようとしないという状況が生まれる事が多くなっている。
正直、この野次馬集団の中を通り抜けないと駅には行けなかったので、何とか人混みを掻き分け前に進んだ。
もうすぐ最前線まで辿り着いて、通り抜けできる―――そう思った矢先、ふと空を見上げると何かが落ちてきたのがみえた。
まさか、あの自殺しようとしてた女の子が飛び降りたのか?!と頭の中をよぎる。
もしそうなら、何か出来る事は無いだろうかとも思ったが、あの高さからの飛び降りでは、助ける事は無理だろう。下手すれば自分も巻き込まれる。
そんな事がよぎる中、落ちてくる物体が近づいてきて、それが人らしいと分かった時には、無駄な行動だとはわかっていたが手が伸びていた。受け取れるのなら受け取らねばという無駄な努力かもしれないと思いながらも。
◇◆◇◆◇◆◇◆
気がつくと、何故か、病院の個室にいた。
あの後、何があったのかはわからないのだが、病院の個室にいるという事は倒れたか下敷きになったのかしたのだろう。
ふと自分の状況がどんなか気になったので見てみると、左腕には点滴が繋がれ、身体には色々なセンサが取り付けられているようだった。横を見ると心電図やら脈拍数やら事細かなデータが表示された機器が置かれていていて、その機器から延びたコード類が身体に向かっていたからだ。
思わずこの状況をみてため息をつく。
正直、何がどうなっているのか理解できていない。
そんな事を考えていると、あの時に落ちてきた人がどうなったのか気になった。助かったならばいいのだけれどと心の底から思う。
何時の間にか僕の目線は何時の間にか窓の方に向いていた。なんとなくだけど、何かの気配を感じたから。
視線が窓の近くにあるお見舞いの人が来た時用のソファーがある付近に差し掛かった時、僕の目に彼女の姿が映し出された。
その姿は、どことなく儚く、そして可憐な一人の少女とも言えず、成人とも言えない感じのする女性。
それが僕と彼女とのはじまり―――。
お読みいただきありがとうございます。
次話は 2020/05/16 03:00頃 公開します。