第 4 話 Gypsophila (2)
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ふと気がつくと私は、消えた彼女に対して自分が彼女が好きだという気持ちに気がついた日と同じ情景の中にいた。
「ねぇ、淳君は今が楽しい?」
「も、もちろんだよ!絢と二人でこうやってみんなから抜け出していられるなんて」
「そっか、私も準君といるととても楽しいよ―――きっときっとこれからも」
そう彼女―絢は答えると、桟橋に靴を脱いで腰を下ろし、湖の水と戯れる。
この日は集団行動ではなく、グループ単位での行動が許された日で、そんな中、みんながお土産屋さん巡りを楽しんでいる中を抜け出してここにきたのだった。
絢とは家も近く、生まれた誕生日も近かった事もあり、幼い頃からよく一緒にいた仲だった。
絢自身が話してもくれなかったし、絢の両親に関しても仕事が忙しいのか普段から家にはいない人達であったので私は詳しい事はわからないのだが、絢はその容姿が原因でよくクラスメイトからいじめられていた。
白金色に輝く髪、美しく透き通り吸い込まれそうな眼、綺麗な白い肌、守ってあげたいと思う華麗さ―――それがクラスの一部の女子にはとても納得できなかったのだろう。
最初のうちはそれほどでもなかったようだが、その嫉妬は日に日に大きくなり、一部の男子まで巻き込んだ大規模なものになっていた。
絢が学校に登校すると机の上には一厘差しの花が添えられ、まるで亡くなった生徒をとともらうような嫌がらせは序の口で、持ち物には「死ね」や「消えろ」「地獄に落ちろ」などの罵詈雑言を書かれ、一部の男子がいじめに加わるようになってからは動物の血でカバンなどに書かれる事もあった。
時には机の引き出しの中に、小動物の死骸や惨殺された金魚の死骸が入れられていた事や、下駄箱の中に入っている上履きが画鋲で刺されていた事や体育の時間に着替えた服がごみ箱に捨てられていた事もあった。
そんないじめを続けられても、絢は休まずに学校に通い続けていた。
そんな姿を何時もそばで見守り、時には絢を守るためにいじめの実行犯とやりあう事もあった。
それが実行犯達には面白くなかったのだろう。
「お前、絢のこと好きなんだろ!キモイ!!」などと罵詈雑言を浴びる事もあった。
その頃の私は自分の気持ちに素直でもなかったのか、それとも気がつきたくなかったのか、私は「うっせぇ!てめぇらのその気持ち悪い態度が嫌いなんだよ!ふざけんな!」 と格好をつけて先手必勝とばかりに殴りにかかっていたと思う。
今思えば、痛い処を突かれたのを隠すためでもあったのかもしれない。
絢はその光景を見るたびに、泣きそうな顔で「ごめんね・・・私が悪いのに・・・」と言っていた。
決して絢が悪いわけではない、悪いのは勝手に絢を恨み憎んでいる連中なのだから。
そんな思いに耽りながら、桟橋で水と戯れる絢を見つめていた。
「淳君、ぼーっとしちゃってどうしたのー?」
無邪気な笑顔でこちらを見つめている。
その笑顔に私は自分自身の本当の気持ちを子供心に気がついた瞬間でもあったのだ。
絢は、私にとって辛い事や悲しい事があっても、何時も傍にいてくれて、その笑顔で傷ついた私の心をまるで見抜いているかのように癒していてくれていた。
出来のいい弟といつも比較され、両親に叱られる毎日。
珍しく頑張ってテストで100点をとっても、弟よりも先に宿題を終わらせていても、まぐれといってもいい事で作文コンクールや美術コンクールで表彰される事があっても、「お前はそれが出来て当然だ」と言い放ち、それ以上の結果を出せないのはお前悪いとばかり責め立てられ続けた。
外から見る分には、大手金融機関の支店長を務めるような父、何時も小綺麗に身を固め夫を支える献身的な母、出来のいい弟がいる裕福そうな家族にしかみえなかっただろう。
ただ、実態は全く異なっていた。正直言って、私は家には居場所もなかった。
そんな事もあり、両親が居ない事が多かった絢とはとても仲が良かった。
何時も何をするにも一緒。おやつを食べるのも、昼寝をするのも、遊ぶのも常に一緒。
一緒に泣き笑い、子供ながらに乗り越えてきた日々―――。
彼女がいるのが当たり前になっていたから、気がつかなかった、いや気がついてしまったら関係が崩れるのではないかと思っていた。
だからこそ、正直になれなかったのかもしれない。
けど、もう、この気持ちを誤魔化す事も隠す事もできない。
ただ、今は、もう少しこの関係を続けていたい―――。
修学旅行の一件から月日は流れ、絢と同じ中学に入り、2年の春、絢に気持ちを伝えた。
その時の答えはこうだった―――
「返事は今は待って―――。」
YesでもなければNoでもない。彼女らしくない回答ではあったが受け入れるしかなかった。
二人の時間を重ねれば重ねるほど、何時までも一緒にいたいという気持ちが強くなっていた。
2年の夏になり、進学先を決めなければならない。
当時の私には絢と同じ高校を目指す事は無理な学力であった。
彼女は学年きっての秀才でもあったから。
出来る事なら幼稚園、小学校、中学校と同じだっただけに出来る事なら同じ高校、大学に進みたいという気持ちがあった。
そんな中、絢から思わぬ提案を受けたのだった。
「私ね、淳君と同じ高校に行きたいんだ。けど、私のうちの経済状況だと公立のあの高校しか選べなくて・・・。私の我儘かもしれないけど、一緒に勉強して同じ高校目指そう。私・・・淳君と一緒なら頑張れるから・・・。今までもそうだったように、これからも・・・。」
その言葉がとても嬉しかった。
それからという毎日、必死に勉強を頑張り、担任や親から「お前の成績じゃ無理」と言われ続けていた高校への進学への道筋が見えるほどになった。
勉強を頑張り始めてから半年、両親が何かにつけて私と比較し特別扱いし、可愛がり、甘やかし続けた弟が中学受験に失敗し、両親は絶望の淵に落ちていた。
私には中学受験はさせずに、同級生達と同じ公立中学への進学をさせたあの両親にとって『絶対に合格する』と信じていた弟のこの失敗は相当効いたのであろう。
弟の受験失敗の後は両親が私に対しとやかく言う事がなくなった。
言わなくなってくれたお陰で絢と同じ高校に進むという夢がまた一つ近づいたのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
続きの「第 4 話 Gypsophila (3)」は2020/05/16 21:00頃公開します。




