①-33
「 」
空海の声は聞こえていた。何を知っているのかも分かっていた。それでも、そんなことは気にしないでいた。
だって、父さんだから。僕の父さんだから、きっと最後はいつもみたいに笑って、それで終わると思っていた。
「AHAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
ソレは何かを叫んでいた。
マシンの崩れたところからドロドロにただれた人の肉が零れ落ちていた。
「1発食らわせてから距離を取れ!マーチヘアはそろそろ終わる!」
「空海!何!?あれはどうなってるの!?」
「聞け!まず距離を取れ!」
「僕の話も聞いてよ!アレはなに!?父さんが、父さ―――
「ahaAaaaaaaaaaaaaaaaa」
先ほどよりも動きが早くなった男はジャック・ラビットに近づくとただ乱暴に腕を振るった。
それにはさっきまでのように考えられた動きではなく、ただ腕を振り回しているだけの動きだった。
だが、マシンの体格差、そして、明らかに人ではい何かの力でジャック・ラビットは軽々と吹っ飛ばされる。
すると、ソレはジャック・ラビットを気にもしていないような素振りできょろきょろと辺りを見渡し始めた。まるでここはどこかを確認するように。そして、確認を終えたのか、どこかの方向をじっと見つめ、
「―――――――――――――――――!!!」
何かの声を発し、その方向へ、歩き始めた。
「おい、起きろ!ジャック・ラビット!」
耳鳴りが酷い。
まるで頭の中で響いて反響し続けているみたいだ。
「―――――――」
声が聞こえる。
空海の声だ。
なんて言っているのだろうか。
「―――――――――――――――――――!!!」
もう一度声が聞こえた。
父さんの声だ。
なんて言ったの父さん?
耳鳴りが酷くて聞こえないよ。
耳鳴りと、父さんの声が頭の中で響いて、何を言っていたの?
「すまなかった、湊」
「父さん!」
数十秒、気を失っていた湊はそう叫びながら起き上った。
「ジャック・ラビット!聞こえてるか!?」
「ああ、大丈夫。今度は聞こえているよ」
「今度はってなんだよ。まあいい。気を失ってたみたいだが、状況は分かっているか?」
「……父さんが人のいる方へ向かっているんだね」
「ああ、そうだ」
遠くの方で大きな音が聞こえる。ここから町までは距離があるとはいえ、それまでの間に誰とも会わないなんて事は無いだろう。
「急がなきゃ。モードマーチ―――」
「ダメだ!」
空海が途中で止めにかかる。
「さっきも使っただろ?ダメだ。スーツへの負担もあるが何よりもお前が耐えられない。いくらお前でもこんな短い間に使うのは危険すぎる」
「でも、急がなきゃ。頼むよ」
ジャック・ラビットは話しながら飛び跳ね、音が鳴る方へと向かう。
「父さんを助けなきゃ!お願いだ!」
「……1分だけだ」
「ありがとう」
ただ闇雲にまっすぐ進んでいるせいだろう。男は進んでいく道にあるものを壊しながら進んでいたため、思うように町までは近づけずにいた。
そのお陰なのだろうか、すぐに追い付くことができた。
だが、運悪くその前を走っていた車を左手でつかみ動きを止めさせ、運転席に座っている男を車ごとつぶそうと右手を大きく上げていた。
「モード、マーチヘア!」
『モード変更承認』
スーツが1回目の時と違い、大きくいびつな音立てながら変形していく。
「父さん!助けに来たよ!」
「ジャック・ラビット、まずは車を掴んでいる腕を狙え。救助を優先しろよ」
「分かってるよ!」
男はその声に振り向き、その時に湊は気が付いた。自分の父親はもう人間の姿を保っていないことに。
ここに来るまでの間に好きに暴れたからだろう。父親の乗ったマシンはあちこち崩れていた。そして、顔にあたる部分も崩れてその顔が、あらわになる。
そこにはもう父親の面影はなく、醜く膨らんだ肉の塊の様だった。
湊はそれを見て、ほんの少しひるんでしまう。
だが、相手はそれを見逃すことはなく、車をつかんでいる手を離し、ジャック・ラビットをその歪な顔で見つめた。
「っ!」
ジャック・ラビットはその姿にひるみながらも、相手に1発蹴りを食らわせる。そして、いつもの様に一度引こうとするが、それを分かっていたのか、蹴られたと同時に足を掴まれる。
「っ!」
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
そして、そのまま無造作に投げつけられる。
だが、その時に湊は変わり果てた父親の特異性を見つけた。見てしまった。
肉が歪に膨らみ、そして、一部が腐るように肉が落ちる。そして、肉が落ちた部分の肉体が再生をしていた。普通ではあり得ないスピードで。
まるで、自分が怪我をした時にすぐに治った時の様に。
その時にようやく気が付いた。
あのハッターが自分のこの能力を真似して何かクスリを作ったのだと。それが、父親に投与されたのだと。
それが、成功ではなく、失敗だったのだと。
地面にめり込みながらも、今の父親の姿の原因が自分だと気が付いてしまった。
「僕のせいだったんだ」
いや、初めから分かっていたことだ。
「僕が普通じゃないから」
もしも、普通に生まれていれば、今も普通に暮らしていただろう。




