①-30
―――???
「これは予想外だったよ……。ああ、本当に予想外だ……」
黒い帽子を被った男、ハッターは画面に映るヒーロー、ジャック・ラビットを見つめていた。
綺麗な表面の奥底に深い泥の様な濁った瞳でその戦いを見つめていた。
「先日、出来の悪いマシンを渡した街の若者との戦いですね。旦那様」
どこか人間離れしているように見える女性がハッターに声をかける。
ハッターは女性が言った事が面白かったからだろうか、大きくわざとらしく笑った。
「ハハハハハハ!出来の悪いだって?何を言うんだ愛しい人よ!」
「いえ、当然の事を思い、口にしたまでですが」
「ほう、ではどこを見て出来が悪いと思ったんだね?」
「まずは、あの男の専用機ほどではないにせよ、前回のテストを兼ねた取引相手に渡したマシンの半分も性能がありませんでした」
「ハハ!確かにその通りだ。だが、出来が悪いわけではないよ」
「そうでしょうか」
「ああ、そうとも。私はとても真面目にアレを作ったのだからね。何回も面倒になったので、ところどころテキトーではあるが、その時の私の中では常に真面目に作っているよ!」
「つまりは、面倒な時はその程度の物が最高値という事でしょうか」
「まあ、その通りだ。だが、仕方のない事だろう?私は面倒なことはあまりしたくないのだよ」
先ほどから、このハッターと言う男は話し方に全くの協調性が無かった。いきなり大声を出したかに思えば、次の時には静かになる。
「だから、アレはあの生物は久しぶりに興味が沸いたよ。いつぶりだろうか、私が自分で作りたいと思ったのは!」
そうして、画面が切り替わり映ったのは1人の少年。
「湊くん、ああ、何てオモシロい生物なのか!」
そして、再び画面が変わり、違う少年が現れる。とある、天才がそこに映る。
「だが、それに比べて、お前はつまらん。あの程度の性能とは、予想外に悪すぎる。お前は要らない。死んでいいぞ」
ハッターはそう言い、画面をその辺りに置いてあった刃物で叩く様に割った。
=
「今日のパトロールも無事に終わったね」
ラボに戻り、シャワーを浴び終えた僕は毎日行っている空海との会議を始めた。
いや、会議って程堅苦しいモノでもないんだけどさ。ただ、今の現状の確認とこれからの事を少し話し合うくらい。
「ああ、そうだな。今日も無事にジャック・ラビットは仕事を終えた。これから何も無けりゃあな」
「いつもソレを言うよね」
「テレビに映っている作り物のヒーローに休みはあるか?」
「無いけどさ。でも、」
『お手紙が届きました』
アビスが今手紙が来たことを告げる。それのおかげ、と言うべきか、2人のくだらない言い合いの様な物は終わりとなった。
空海が部屋の隅に置いてある箱の引き出しを開け、今来た手紙を手に取った。
「それにしても、玄関まで行かなくても部屋まで手紙が届くのは便利でいいよね」
「まあ、オレは便利さじゃなくて、こんなボロいトコに学生が住んでるってバレないようにってこれを作ったんだけどな」
空海が愚痴を言いつつも丁寧に封筒を開けていた。
どうやら、封筒の中にさらに封筒が入っていた様子で、空海は不思議そうな顔でそれを取りだす。
「誰からだ?……っ!」
「どうしたの?」
「どうしたっつーか、どうすりゃあ良いんだろうな。こんな時のリアクションはよぉ」
そう言い、空海は中の封筒を湊へ見せた。
「それって……」
「ああ、こいつは挑戦状か?」
その封筒の表にはこう書かれていた。
【親愛なる町のヒーロー、ジャック・ラビット】
「正体を知っている相手って事は」
「ああ、きっとあのふざけた野郎だ。それくらいしか心当たりがない」
空海は先ほどまでとは打って変わり、乱暴に封筒を破るように開ける。
「なになに?」
《この度は私のマシンの最高傑作と新たな人類を作る秘薬エピオンの試作が完成したことをここに報告しよう。さて、そのついでにそれの実戦での成果を見て見たくてね。君たちにぜひとも相手になってもらいたい。いや、別に嫌ならっ断って貰ってもいい。私は別にどうでもいい。ただ、ちょうどいい相手に浮かんだのが君たちだ。では、一応場所と時間を記しておこう》
「場所は街のはずれにある今は使われていない港……」
空海は、深くため息を吐いた。
「時間は23時、日にちは3日後だ」
手紙を読み終えた空海はイライラをぶつける様にその手紙をくしゃくしゃにし、その辺りの床へ投げ捨てた。
湊は空海の肩に手を置き、
「どうする?って聞くまでもないよね」
「ああ、当たり前だ。お前だってそうだろう?」
「まあね、父さんを止めないと」
「ああ、それに一番気になるのがこの秘薬ってやつだ。お前の親父さんと組んでいる理由はお前の事しかありえないだろうな」
「てことは、この秘薬っていうのは……」
「十中八九、お前のその体に関することだろうよ」
「でも、今まで僕の体に何かされた記憶何て無いよ!」
「一緒に暮らしてんだ。お前にバレないように何かするなんて事、簡単に出来るだろうよ」
湊がそんなことはありえないと言いたいような顔をしている。
「まあ、悩んでも考えても、この秘薬の正体なんて分からん。今は出来ることをするしかない」
そう言い切ると、ジャック・ラビットのスーツへ近づいていく。
「オレに出来るのはこれだけだ。こいつの力を十分に、十二分に出せる様に」
「なら、僕は自分を鍛えておかなきゃ」
湊はそう言い、外へ行こうとした。だが、
「なら、これを着ていけ」
壁の一部が両開きの扉の様に開き、そこに置いてあった、予備のスーツを湊は受け取った。
「いつの間にもう一着作ってたの?」
「いつの間にかだ。そもそも常に戦闘しているんだぞ?2着あっても足りねーよ」
まあ確かに、と湊は呟いたが、空海はそんな事を気にする前に、と一言置き、
「気合入れてくぞ」
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「さて、これを飲んでもらおうか」
ハッターが中身の入った、綺麗な赤い色をした液体が入った、ワイングラスを湊の父親に差し出す。
「なんだこれは。戦いの前の酒って訳でもねえだろ?」
「ああ、モチロン!まあ、ちょっとしたドーピングドラッグだよ」
「それじゃあ、いただこうか」
男はハッターから渡された飲み物を喉へと流し込む。
「それでこれを飲めばどうなんだ?」
「今はどうもしないさ。ただ、時が来ればソレはきちんと君の役に立つさ。ああ、もしかして少し苦しいかも知れないが、それも最初だけだ。安心してくれたまえ」
「役に立つのならソレで良い。後は、金さえもらえりゃあ、文句はねえ」
「フフフ……」
ハッターが気味の悪い笑い声をあげると、マリアンヌが銀色のアタッシュケースを持ってくる。そして、それを開き、男に確認をさせる様に中身を見せた。
「こちらが前払い分です。残りは終わった後にお渡しします」
「ああ、分かっている。いつも通りだな」
男が触る様子もなく、ただ見ただけの確認で終わる。2人はそれだけの信頼関係があるのか、マリアンヌはそのままケースを閉じた。
「ああ、そうだそうだ。聞きたいことがあるんだ」
「なんだ、ハッター?」
「そんな大金一体何に使うんだい?」
「あ?んな事決まって……ッ!。うるせえ!俺の勝手だろうが!」
男は話をしている途中で一瞬苦痛で顔をゆがませた。だが、それをごまかす様に大声で怒鳴る。
「おお、怖い怖い。確かにその通りだ。どう使うか何てことは君次第だ」
ハッターはからかうような口調でそう言うと、それじゃあ、またあとで。と言い残し、マリアンヌを連れて男から離れていった。
「クソッ、頭がイテえ。一体なんで、別に金なんざいくらあったところで……」




